第9話 .....大人の味だ
寒空の下、沢山の人で溢れかえる神社に、僕達は足を運んでいた。
辺りには、着物を着た人もちらほら見受けられ、屋台のいい香りが漂う。
今日は一月一日。新年、最初の日だ。
「あけましておめでとうございます、永遠くん!」
赤い着物に身を包んだ雪葉は、会って早々にそんな言葉を僕に贈る。
まさか、着物を着てくるとは思っていなかった僕は、雪葉の大人びた姿に動揺しながらも「あけましておめでとう。」と伝えた。
さまざまな色の花が咲き誇って、まさに新年に相応しい着物に着飾った雪葉は、僕の前を歩き出す。
着物だけではなく、髪型もこだわっているらしく、寒そうなうなじが見える。
この街の人達が一同に押し寄せた神社で、人混みに混じりつつ、お賽銭の順番を待つ。
「永遠くん、これ買っておいたよ。」
順番待ちをしていた僕に雪葉が差し出してきたのは、湯気が立つ紙コップだった。
中には牛乳のような白い液体が入っている。
元旦に飲む、白い液体といえば、容易に想像がついた。
「甘酒か? 」
確信を持ちながら、彼女に尋ねてみると、雪葉はコクリと一回頷いた。
冷めた手を甘酒の温度で温めながら、「一回飲んでみたかったの! 」と嬉しそうに話す。
かくいう僕も、飲んだことはなかったので雪葉と共に挑戦する事にした。
二人で一斉に口の中へと流し込む。
ごくん、と喉に流してから、雪葉はなんとも言えない顔で紙コップと睨めっこをする。
「……大人の味だ」
第一声の感想が思いの外子供じみていて、僕は声を出して笑ってしまう。
そんな僕の姿が、雪葉には不満だったらしく口を尖らせてムスッとしていた。
いじらしい彼女の姿に、不覚にも胸を打たれつつ「いつもの仕返しだ」と言ってやった。
雪葉を弄りながら、僕も甘酒を口の中に流していく。
確かに、美味しいとは言えない味だった。
大人の人達は、普段からこういう飲み物を口にしているのかと考えるだけで、大人という単語が遠く感じる。
僕もいつかはお酒を美味しいと思える日が来るのだろうか。
そんな事を考えている間に、僕達の番がやってきた。
一昨日の買い物で用意した五円玉を賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手をする。
そういえば、特に願い事を考えていなかった。
例年なら、無病息災を祈っていたけれど、何故だか今年は違う事を神に願う。
——春になっても、彼女に会えますように。
瞑っていた瞳をゆっくり開いて一礼。
初めて、きちんとした願い事をしたような気がする。
神様なんて、オカルトチックな事を信じている訳では無い。
寧ろ、信じていないからこそ、初詣で願う事は見つからなかった。
自分の手で叶えられる事を、どうしてここで願ったのか。
僕自身、自分の行動に驚いている。でも、どうしてだが、今それを祈らないといけない気がした。
「永遠くんは、何をお祈りしたの? 」
お参りが終わって、屋台を物色していると、雪葉がそんな事を聞いてくる。
「願いは口に出したら叶わなくなるらしいぞ」
彼女にそう言い放ち、僕はなんとかその場をやり過ごそうとした。
言えるはずない。彼女の問いに素直に答えれば、雪葉に何を言われるか分かったものじゃない。
雪葉は僕の口ぶりから、何かを察したらしく、ニヤリと悪巧みしていそうな笑みを浮かべる。
「へえ、そっかあ。言えないような事を祈ったってことかあー。永遠くんの変態さん。」
その言葉に思わず「なんでだよ」と即答した。
相変わらず訳の分からない思考回路の持ち主だ、と雪葉の事を分析しつつ、今度は僕から彼女に意地悪をしてみた。
「雪葉が答えたら教えてやるよ。」
雪葉は僕の言動に一つも動じること無く、「いいよ」と答える。
その時点で雪葉が何か企んでいるな、と直感した。
少し身構えていると、雪葉はすぅっと息を吸った。
「——いつか、永遠くんと二人で桜が見られますように。」
僕は思わず目を見開いた。
その願いが、僕が考えていたよりもずっと普通の願いだったから。
そして、それを口にした雪葉の表情が悲しい程に笑顔だった。
心が、ピンと張り詰めるような雪葉の笑顔。
「ほら、行こう!もう少し屋台とか見てから帰ろっか!」
その儚げな顔を見て、僕は思い出す。
あと一週間足らずで、僕と雪葉は別れてしまうのだと。
彼女の元気ハツラツな笑顔も、もう見れなくなるのだ。
けれど、彼女の笑顔の意味が、それだけでは無い事は知っている。
笑顔の裏に、何か重たい物を隠しているのは明白なのに、僕は雪葉に追求出来ない。
「ああ。そうだな。」
雪葉の瞳の奥にある影が、その闇を一層濃くしていき、僕の心ごと飲み込んでいきそうになる。
——彼女は一体、何を隠しているのだろう。
雪葉が自ら作り出した大きくで分厚い壁を、僕はまだ壊せない。
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