恋による変化物語

shiro

青春始めました

「お前、また補講?」

放課後、赤く染まる教室。部活を終えた少年が、呆れた表情で窓際の席に座る少女を見る。少女はシャーペンを机に転がしてげっ、と声を漏らした。

「なんでいんの、康平」

「忘れ物取りに。お前は?今日は何の教科?」

ん、と差し出されたテストに目を通す。康平は国語と書かれた横の数字を見てため息をついた。どうやったらこんな点数が取れるのか不思議である。

「ったく、しょーがねーから幼馴染のよしみで教えてやるよ」

少女の前の席の椅子を引き、康平は少女と向かい合わせになるように座る。康平とは反対に、少女は顔を輝かせた。

「さっすが康平!頼りになるぅ。じゃ、さっそく答えを……」

「答えは、教えないからな?」

笑顔を浮かべながらも冷たい目に少女は頬をふくらませる。その表情を見た康平は一瞬たじろぐも、笑顔は崩さない。長年の経験からか少女は早々に諦めると、頬をしぼめ、外に目を向ける。

「お前……」

「絢香」

「絢香さん。早くプリントを解いてください」

補講用にと用意されたプリントを康平はひらつかせる。それを煩わしそうに手で払い、絢香は窓の外を指差す。

「あの二人、いつになったらくっつくんだろうね」

目線の先にいるのは少し距離を取りながらも一緒に校門をくぐる、男女二人組。背の高い黒髪の少年と、きちんと手入れされた髪を揺らす子柄な少女。付き合ってそうで付き合ってない、もどかしいこの二人もまた、康平と絢香の幼馴染であった。絢香と同じく窓の外に目を向けた康平は、ああ、とつぶやく。

「あいつらは、時間がかかるだろうな」

微笑ましそうに二人を眺める横顔を盗み見て、絢香はほぅ、と息をついた。

「なぁ、康平はん。青春って何やろうね。」

「友達と部活したり、勉強したり、遊んだり。そういうことやないの、絢香はん」

「他には?」

窓の外から康平へと視線を移した絢香は、先を促すように目を細める。康平はぐっと言葉を飲み込み、ゆらゆらと目を揺らす。

「好きな人と、付き合ったり、とか……」

言いにくそうに口どもりながら出した答えに、絢香はケラケラと笑った。

「あんた、顔真っ赤!だっさいね」

「うっせぇ!もう教えねぇぞ」

「それは困る」

転がしたシャーペンを手に取り、絢香はプリントと向かい合う。しかし、それはすぐににらめっことなり、終いには席を立って窓枠に手をかけた。差し込んだ光が絢香だけを包み込む。

「第一問、最終問題。『I love you』を訳して。国語の、問題だよ」

机からプリントを取り、沈んでいく太陽に透かす。文字はかすれ、赤色だけが絢香の目に映った。

「月が、きれいですね」

かすかに聞こえた照れくさい一言。ちらりと後ろを盗み見ると、康平はそっぽを向いていた。その耳は明らかに赤い。たかが一言、されど一言。絢香はくるりと振り返ると、窓枠に腰掛けて照れくさそうに笑った。

「ずっと見ていたいです」

ばっ、と康平は振り返り、絢香の顔をまっすぐ見つめた。今まで見た中で一番美しい笑顔に、康平は息を呑んだ。

「まだ、死にたくはないしね」

してやったり、とでも言うようにニヒッと笑った絢香の手からプリントが滑り落ちる。そこには絢香の言う問題は書かれていない。

「……お前、言わせただろ」

「いつまでもあと一歩が踏み出せない康平くんの背中を押したまでだよ」

いつまでも勝ち誇った笑みを浮かべる絢香の手を引っ張り、自分の方へと引き寄せると、康平は絢香のおでこへと口づけをした。その顔はりんごのように赤いが、嬉しそうなのが十分に伝わってくる。絢香は小さい頃と比べて大きくなったその存在に抱きつくと、康平のシャツに顔を埋めた。

「ねぇ、康平。青春、してみよっか」

幼馴染から恋人へと変わった二人を、下校のチャイムが祝福した。

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恋による変化物語 shiro @hamichan

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