第130話 金貨と冒険者
セージ・ニコラーエフが準騎士の称号を得たと、アンデルス・ヴァシューズの耳に入ったのはセージがエッソス城から帰宅した翌日の事だった。
「寝耳に水か・・・」
アンデルスに事を報告したギルド職員の男性が退出して、ギルド5階に、最上階に設られた彼の執務室で立派なデスクの前に牛革の張られた一人用ソファに深々と腰掛けて背もたれに思い切り寄りかかり天井を仰ぐ。
「セージめ。敗残兵などと嘯いて本心は貴族の仲間入りを果たしたいと言うことか。飛んだ野心家だな」
コンコンと、樫の扉がノックされる。
視線だけ落として向けて、アンデルスはやや不機嫌そうに言った。
「誰か」
『ボルゼンに御座います。宮廷魔法使い閣下』
ボルゼン・ガーク。アンデルスに長く使える忠実な弟子。
アンデルスはすぐに別の報告があるのだと悟り入室を許可した。
「入りなさい」
『は』樫の扉が開かれ、畏まったお辞儀をして一歩入り丁寧に扉を閉めて向き直る「失礼いたします、アンデルス様」
「構わぬ。で、何か」
「は」深々とお辞儀して姿勢をそのままに「アンデルス様のご指示通り調査を進めましたご報告を」
「聞こう」
「はい。盗賊ギルド首領、ダーゼム・ケファルトスですが、正妻の他に妾が5人おりました。好色な人物なようです」
「男ならその程度の不心得者はいよう。そんな事はどうでも良い」
「はい、申し訳御座いません」
「で?」
やや気分を害してソファに座り直すアンデルスを見て、顔だけあげて真剣な顔で報告を続けるボルゼン。
「正妻も妾にも肌の色が黒に近い、あるいは西方の砂漠の先の王国出身の者はおりませんでした。何より、子宝には恵まれておらず、正妻も妾も出産したと言う話は御座いません」
「そうか」満足げに深く頷き、デスクに両肘を付いてにこやかに笑う「それは朗報だ」
「はぁ・・・?」
ボルゼンはどこが朗報なのか分からず、これには首を傾げたが、アンデルスはそんな彼に詮索する糸間は与えまいと退出を促す。
「もう良い。下がりなさい」
「はぁ。それで、コレは一体、何の調査だったのでしょうか?」
「良いと言った」
魔法使いの弟子にとって、師匠の言葉は絶対だ。
詮索するなと暗に言われた事を理解して、ボルゼンは深々と頭を下げて退出する。
満足そうに笑いながら息を吐いてアンデルスはリラックスして目を閉じた。
「時期を考察すれば容易く想像も出来ようが。まだまだ情報は足りんか。だが、十中八九そうであろう。・・・しかしセージめ何も知らずに結婚したか・・・?」
別の可能性が頭を過ぎり、やや怒りを感じて天井を仰ぐ。
「ならば、ノアキア・エッソスにこそ、叛逆の意図あり・・・か?」すうっと目を閉じて「貴族としては最下級の爵位にありながら、領地を拝領もすれば勘違いもしようが。落ちたるとはいえ北部の英雄を担ぎ上げる以上何かしらの意図はあるという事。返答如何によっては、ただでは済まぬぞ。男爵」
一方、ファーレン・ベイルン伯爵領居城、謁見の間。
長方形の部屋の奥に5段高く設られた壇上に玉座に見立てたクッション付きの豪奢な椅子に腰掛けて横長のテーブルに右肘をついて頬杖をする精悍な美男が床に平伏する冒険者の一行をつまらなそうに見下ろしていた。
「戦績は悪くないようだが。
一行の中央に跪くリーダーのロイドが初めて聞く単語に顔を上げて首を傾げる。
「チョールナ・・・なんです?」
「北はロレンシア帝国の兵士だ。個々人が一騎当千の猛者だと聞く」
冒険者達はロレンシア帝国の兵士と聞いて顔を見合わせると鼻で笑った。
「ロレンシア帝国がどんな場所かは存じませんが、年がら年中戦争をしているような野蛮人の集まりでしょう。そんなところの兵隊がどうだって言うんです?」
カラカラと笑うロイドを見下すようにじっと見つめるファーレン。
背後に控える執事が耳元に腰を折って囁いた。
「閣下。北の正確な話を伝え聞く者はトーナ王国には少うございます。彼等では1分と持たぬでしょうが、陽動には使えましょう」
「うむ。そうだな」
左手を上げて執事を半歩下がらせる。
ファーレンはジロリと冒険者達を睨み下ろして氷のように冷めた声色で告げた。
「金髪褐色肌の娘を連れて来い。コラキアの街にいる」
「連れて来いって? 金髪褐色肌って何人いるんです」
トーナ王国人の肌は白、あるいは桃色だ。色黒の人種など聞いた事もないし、西方の砂漠の王国にはそのような肌の者もいると聞くが髪の色は黒か焦茶だ。金髪に褐色の肌など創作上の人種でしかありえない。
ファーレン・ベイルンは冒険者達の無礼な態度に憤る事もなくただただ冷たく言い放った。
「無事に連れ帰れば成功報酬として5ガルダ与えてやろう」
「「「「「5ガルダ!?」」」」」
1ガルダ。金貨1枚。銀貨に換算すれば5000セリグ、5000枚だ。
冒険者程度の生活水準で考えても3年は遊んで暮らせる。
リーダーのロイドは紅一点の神官娘リゼを一瞥するとにこやかに返答した。
「やらせていただきます! なに、そんな目立つ人物ならあっという間ですよ。すぐに連れて帰ります!」
法外な報酬に目が眩んだ冒険者達の顔を順番に眺めながら、ファーレンは汚い物を見るように吐き捨てた。
「コラキアまでの案内に兵を数人つけよう。良い結果を待っている」
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