(3)
「すまねぇな、若造、ちょうど俺も現場に行くつもりで、船や車を手配しててな……誰か、現場に行く奴が居たら、俺んとこに連絡が行くように手を回してたんだ」
九龍城地区と香港島を結ぶ港で落ち合ったグルリット中佐は、まず、そう言った。
「は……はぁ……」
「兄」は中佐の意図を測りかねて、どう反応してよいか判らないようだった。
「ところで、若造に新入り。アドラーが護送してた捕虜が2名だってのは聞いてるか?」
「えっ⁉」
「はぁ⁉」
「正体・前歴・能力一切不明の改造人間が1人。いや、ややこしい事に、どう云う改造をされたかは判ってるが、その改造の結果、どんな能力を得たのかは不明らしい。で、もう1人が、どこの何者かは判っているが……素性を表沙汰には出来ない特異獣人が1人だ。正確に言えば、能力は『獣人形態への変身』だが特異獣人と呼んでいいのかさえ不明だ」
約九〇年前の大戦中から急速に
そして、常人にない能力を先天的に持つ者達も、「
そして、我々「人造純血種」は「
「ちょっと待って下さい。私が聞いていない『もう1人』は、どこの何者かは判っているのに、『
「兄」は中佐に、そう聞いた。
「あ〜、ややこしいんだよ。何から話せばいいか……ともかく、その『特異獣人のようで特異獣人じゃない…かも知れないヤツ』のせいで、今回の事件の調査に動いているのは、禁軍の中だけでも『鋼の愛国者』以外にも色々と有るんだよ。で、その連中も、現場検証をやるつもりらしい」
「えっ⁉具体的にどこの部隊ですか?」
「俺が知ってる限りでは、お前らの背後に雁首そろえてる手品師どもと……あとは、対特異獣人旅団の残りのほぼ全てだ」
「えっ?」
「えっ?」
そう言って、私達は振り向いた。
そこに、中佐の言い方を借りれば「雁首そろえて」いたのは、禁軍の軍服、それもコート型の礼装に身を包んだ一団だった。
その一団の指揮官らしき人物は、グルリット中佐より少し齢上らしいが、階級章は同じく中佐。やや赤みを帯びた明るめの金髪が生えており、体格もやや大柄ではあるが目立つ大男とまでは言えない以外は、グルリット中佐に良く似た顔立ちだ。
「……魔導大隊?」
「兄」は、その一団を見て、そう言った。
「禁軍・枢密院直属 対特異獣人旅団 第1連隊 第2魔導大隊の大隊長ヨハン・グルリット中佐だ。そこで阿呆面を晒している若禿の大男の兄でもある」
「そして、アドラーが護送していた謎の捕虜の片割れの兄でもある。獣化能力持ちの方のな」
「おい、おしゃべりが過ぎるぞ」
「嫌でも、その内判る事だろ。ヤツのツラは俺達とそっくりなんでな」
「忌々しい事に、髪の禿具合は、ヤツが一番マシなようだがな」
「そうだっけ?あの野郎、最近、俺に会ってくれね〜んで、よく知らなくてな」
「お互い、忙しいので仕方あるまい」
「あと、その服、暑くねぇのか、兄貴?」
「防御魔法が施してある」
「俺達の『弟』が現われた時に、お得意の手品が役に立てばいいけどな」
「ヤツと、その相棒の改造人間を捕えたのは我々の部隊だぞ。それをお前達が後から……」
魔導大隊のグルリット中佐が、そう言っているのを、我々の部隊のグルリット中佐はニヤニヤしながら聞いている。
「わかったよ。全て罠で、あの2人はわざと捕えられた、と言いたいのだろう。だが、その罠に引っ掛かって見事に
魔導大隊のグルリット中佐は、こっちのグルリット中佐のニヤニヤ顔に気付いて、愚痴るようにそう言った。
「ま……待って下さい。『人造純血種』なのに『特異獣人』?どう云う事ですか?」
ようやく話を理解したらしい「兄」は慌てたように、そう言った。
「中佐、こんな質問をする事そのものが処罰の対象になるかも知れませんが……」
「言いたい事は判るぞ、新入り。俺達『人造純血種』を作った
「は……はぁ……その通りです」
「困った事に、血縁上も弟なんだよな。親父もお袋も同じだ。ただ、ヤツだけ、人工受精の際に何かの実験的な処置が施されたらしい」
「とは言っても、ほんのわずかな処置のようだ。だが、その、ほんのわずかな処置で『人造純血種』として生まれる筈の者が『特異獣人』と化してしまった」
2人の「グルリット中佐」は、そう説明した。
何が起きているかは、ぼんやりとしか判らないが、かなりマズい事態に巻き込まれてしまったのは確かなようだ。
「どう云う事ですか? 何をすれば、人造純血種が特異獣人と化すのですか?」
「回復能力、負傷した際の高速治癒、常人以上の身体能力。我々『人造純血種』の持つ能力の多くは、獣化能力者の特性でもある。そして、獣化能力者の大半は、それらの能力を獣人化した時ほどでは無いにせよ、人間形態でも行使出来る。ならば、我々は人工的に生み出された『より純粋な
「で……でも……それが本当なら、
「兄」のその質問は、魔導大隊のグルリット中佐の呆れたような声で遮られた。
「
「そう言われますが、流石に、この件に関しては『通説』の方が正しいのでは?どう考えても、我々『人造純血種』が穢らわしい獣人の変異体に過ぎないなど、バカバカしい限りです……」
「日本の原涼太郎と云う学者が書いた日本の王家の起源に関する論文を呼んだ事が有るか?
「か……仮に、中佐が言われている事が本当だとしても、こ……この事は、私や少尉の権限で知っても良い情報なのですか?」
「知るか」
「お前らが、この件に関わった以上、いずれ知る羽目になる事を、先に教えてやっただけだ」
1つ言える事が有る。この2人の「グルリット中佐」は、間違いなく兄弟だ。
「……あと、兄貴、原涼太郎って学者の論文は、大半が佐官以上じゃないと読めないんじゃなかったか?」
「えっ?そうだっけ?」
「『T』の存在を独力で見付けた2人の学者の片割れじゃなかったか?」
「何者なんですか、その日本人学者は?それに『T』とは一体?」
「知りたけりゃ、佐官になるまで生き延びろ……」
何かがおかしい。私は、その日本人学者の名前に聞き覚えが有った。
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