(3)

「すまねぇな、若造、ちょうど俺も現場に行くつもりで、船や車を手配しててな……誰か、現場に行く奴が居たら、俺んとこに連絡が行くように手を回してたんだ」

 九龍城地区と香港島を結ぶ港で落ち合ったグルリット中佐は、まず、そう言った。

「は……はぁ……」

 「兄」は中佐の意図を測りかねて、どう反応してよいか判らないようだった。

「ところで、若造に新入り。アドラーが護送してた捕虜が2名だってのは聞いてるか?」

「えっ⁉」

「はぁ⁉」

「正体・前歴・能力一切不明の改造人間が1人。いや、ややこしい事に、どう云う改造をされたかは判ってるが、その改造の結果、どんな能力を得たのかは不明らしい。で、もう1人が、どこの何者かは判っているが……素性を表沙汰には出来ない特異獣人が1人だ。正確に言えば、能力は『獣人形態への変身』だが特異獣人と呼んでいいのかさえ不明だ」

 約九〇年前の大戦中から急速に神秘科学シアンス・ゾキュルトが発展し、その一分野である「霊的進化論」においては、従来「人類」と呼ばれた種族は大きく2つに分けられる事になった。「正統な人類進化」の系譜に属する「真性人類アーリア」と、過去に「人でない人より劣った何か」の血が混ってしまった為に「正統な人類進化」の流れから外れた「劣等擬似人類チャンダーラ」とに。例えば、ヨーロッパ系・アジア系と云う分類は雑なモノでしかなく、ヨーロッパ系・アジア系それぞれに「真性人類アーリア」に分類される民族と、「劣等擬似人類チャンダーラ」に分類される民族が存在し、後者の中でも、「真性人類アーリア」に近い民族も入れば、遠く離れた民族も居る。

 そして、常人にない能力を先天的に持つ者達も、「真性人類アーリア」出身であれば「先行第5副人種」、つまり人類進化の次の段階に、たまたま早く達した者に分類され、「劣等擬似人類チャンダーラ」出身であれば、人でない存在、つまり「獣」の血が濃く発現した者「特異獣人」である、とされている。一般には、「先行第5副人種」には形態変異、俗に云う「変身」なしに「能力」を発動させる事が出来る者が多く、「特異獣人」は「変身」能力者、特に獣人化が多いとされている。とは言え、どちらの「先天的異能力」も、あまりに多種多様なので、「概ね、そう云う傾向が見られる」程度の違いでしか無いようだが。そもそも、最初に確認された「先行第5副人種」である「蒼き雷霆」こそ、この「経験則」の最初の例外でも有るのだから。

 そして、我々「人造純血種」は「真性人類アーリア」のより純粋な血を持つ者を人工的に作り出す研究から生まれた存在であり、常人より高い知能・身体能力・怪我や疲労からの回復力を持っている。ただ、原因は不明だが、癌などの一部の病気になった際に、常人よりも大幅に進行が早くなる傾向が有り、結果として、病死や老衰の場合の寿命の統計を取ると、平均は常人と大して変らないが、分散ばらつきは大きくなると言われている。もっとも、私達の場合、「鋼の愛国者」に配属された時点で長生きは望めないが。

「ちょっと待って下さい。私が聞いていない『もう1人』は、どこの何者かは判っているのに、『真性人類アーリア』出身か『劣等擬似人類チャンダーラ』か不明と云う事ですか?」

 「兄」は中佐に、そう聞いた。

「あ〜、ややこしいんだよ。何から話せばいいか……ともかく、その『特異獣人のようで特異獣人じゃない…かも知れないヤツ』のせいで、今回の事件の調査に動いているのは、禁軍の中だけでも『鋼の愛国者』以外にも色々と有るんだよ。で、その連中も、現場検証をやるつもりらしい」

「えっ⁉具体的にどこの部隊ですか?」

「俺が知ってる限りでは、お前らの背後に雁首そろえてる手品師どもと……あとは、対特異獣人旅団の残りのほぼ全てだ」

「えっ?」

「えっ?」

 そう言って、私達は振り向いた。

 そこに、中佐の言い方を借りれば「雁首そろえて」いたのは、禁軍の軍服、それもコート型の礼装に身を包んだ一団だった。

 その一団の指揮官らしき人物は、グルリット中佐より少し齢上らしいが、階級章は同じく中佐。やや赤みを帯びた明るめの金髪が生えており、体格もやや大柄ではあるが目立つ大男とまでは言えない以外は、グルリット中佐に良く似た顔立ちだ。

「……魔導大隊?」

 「兄」は、その一団を見て、そう言った。

「禁軍・枢密院直属 対特異獣人旅団 第1連隊 第2魔導大隊の大隊長ヨハン・グルリット中佐だ。そこで阿呆面を晒している若禿の大男の兄でもある」

「そして、アドラーが護送していた謎の捕虜の片割れの兄でもある。獣化能力持ちの方のな」

「おい、おしゃべりが過ぎるぞ」

「嫌でも、その内判る事だろ。ヤツのツラは俺達とそっくりなんでな」

「忌々しい事に、髪の禿具合は、ヤツが一番マシなようだがな」

「そうだっけ?あの野郎、最近、俺に会ってくれね〜んで、よく知らなくてな」

「お互い、忙しいので仕方あるまい」

「あと、その服、暑くねぇのか、兄貴?」

「防御魔法が施してある」

「俺達の『弟』が現われた時に、お得意の手品が役に立てばいいけどな」

「ヤツと、その相棒の改造人間を捕えたのは我々の部隊だぞ。それをお前達が後から……」

 魔導大隊のグルリット中佐が、そう言っているのを、我々の部隊のグルリット中佐はニヤニヤしながら聞いている。

「わかったよ。全て罠で、あの2人はわざと捕えられた、と言いたいのだろう。だが、その罠に引っ掛かって見事にられたのは、お前の部隊の若いのだろ」

 魔導大隊のグルリット中佐は、こっちのグルリット中佐のニヤニヤ顔に気付いて、愚痴るようにそう言った。

「ま……待って下さい。『人造純血種』なのに『特異獣人』?どう云う事ですか?」

 ようやく話を理解したらしい「兄」は慌てたように、そう言った。

「中佐、こんな質問をする事そのものが処罰の対象になるかも知れませんが……」

「言いたい事は判るぞ、新入り。俺達『人造純血種』を作った研究所レーベンスボルンで『特異獣人』を人工的に作る研究もやってたんじゃねぇ〜のか?って言いたいんだろ。そして、俺と兄貴が『弟』って呼んでるのは、俺達の『本当の弟』じゃなくて、そこで生まれた『特異獣人』の成れの果てじゃないか、って思ってんだろ?」

「は……はぁ……その通りです」

「困った事に、血縁上も弟なんだよな。親父もお袋も同じだ。ただ、ヤツだけ、人工受精の際に何かの実験的な処置が施されたらしい」

「とは言っても、ほんのわずかな処置のようだ。だが、その、ほんのわずかな処置で『人造純血種』として生まれる筈の者が『特異獣人』と化してしまった」

 2人の「グルリット中佐」は、そう説明した。

 何が起きているかは、ぼんやりとしか判らないが、かなりマズい事態に巻き込まれてしまったのは確かなようだ。

「どう云う事ですか? 何をすれば、人造純血種が特異獣人と化すのですか?」

「回復能力、負傷した際の高速治癒、常人以上の身体能力。我々『人造純血種』の持つ能力の多くは、獣化能力者の特性でもある。そして、獣化能力者の大半は、それらの能力を獣人化した時ほどでは無いにせよ、人間形態でも行使出来る。ならば、我々は人工的に生み出された『より純粋な真性人類アーリア』などではなく、単に『人工的に作られた獣化能力者の成り損ない』に過ぎないんじゃねぇのか?なら、『ほんのちょっとした処置』が引き起した『ほんのちょっとした予想外の何か』で本来の姿に戻る事も有り得る」

「で……でも……それが本当なら、神秘科学シアンス・ゾキュルトの通説とされている事は……」

 「兄」のその質問は、魔導大隊のグルリット中佐の呆れたような声で遮られた。

神秘科学シアンス・ゾキュルトの通説だぁ?神秘科学シアンス・ゾキュルトの徒として言わせてもらうが、その『通説』とやらの内、真実が1割以上有る事を証明出来るんなら、俺は、世界首都のド真ん中で白昼堂々と公衆の面前で裸踊りをしてやるよ。せめて2割が真実なら、ウチの若い連中の訓練の効率はもっと上がって、実戦で使える魔導士を一〇師団分用意するのも夢じゃねぇよ。もし、3割が真実なら、お前らが、上霊ルシファーどもと、もっと楽に戦える方法を見付けているだろうな」

「そう言われますが、流石に、この件に関しては『通説』の方が正しいのでは?どう考えても、我々『人造純血種』が穢らわしい獣人の変異体に過ぎないなど、バカバカしい限りです……」

「日本の原涼太郎と云う学者が書いた日本の王家の起源に関する論文を呼んだ事が有るか?真性人類アーリアの一支族とされている日本の王家の先祖と、獣化能力者である可能性が高いとされている古代日本において王族の護衛だった隼人族が、日本の神話では同じ起源を持つとされている事についての考察だ」

「か……仮に、中佐が言われている事が本当だとしても、こ……この事は、私や少尉の権限で知っても良い情報なのですか?」

「知るか」

「お前らが、この件に関わった以上、いずれ知る羽目になる事を、先に教えてやっただけだ」

 1つ言える事が有る。この2人の「グルリット中佐」は、間違いなく兄弟だ。

「……あと、兄貴、原涼太郎って学者の論文は、大半が佐官以上じゃないと読めないんじゃなかったか?」

「えっ?そうだっけ?」

「『T』の存在を独力で見付けた2人の学者の片割れじゃなかったか?」

「何者なんですか、その日本人学者は?それに『T』とは一体?」

「知りたけりゃ、佐官になるまで生き延びろ……」

 何かがおかしい。私は、その日本人学者の名前に聞き覚えが有った。

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