(2)
「なあ、ブリテンの昔の推理小説で、こう云うのが有ったが、読んだ事は有るか?『たった1人の部下を殺害した事を隠す為に、わざと負け戦をやって死体の山を築いた将軍』の話だ」
香港警察公安部から提供された資料と記録媒体の山を下士官が車に積み込むのを見ながら、「兄」はそう言った。
「アドラー大尉を殺害した者達は、捜査を妨害する為に、香港各地で同時多発テロを起したと?私も考えましたが、いくら何でも非効率です」
「とりあえず、帰りは、アドラー大尉が同行した捕虜の移送経路を逆に辿ってみるか。何か判るかも知れん」
そう言うと「兄」は車に乗り込んだ。
「えっ……、それでしたら、出掛ける前に言ってもらわないと……」
「兄」の部下である下士官が困ったような顔をして言った。下士官と言っても、多分、三〇代後半。おそらくは一兵卒からの叩き上げで、苦労や経験は、私や「兄」より遥かに上だろう。
「何か問題でも?」
「移送経路が判りません」
「何故、調べてない?」
「どこの何者かさえ秘密にする必要が有り、その護送に『鋼の愛国者』が参加せねばならぬような捕虜に関する情報など、私の権限では閲覧出来ません。士官以上、可能であれば佐官クラスの方の承認が有れば別ですが」
下士官の言っている事が正論だが、「兄」は苦い顔をした。多分、この下士官は「兄」の覚えが目出度く無くなった事だろう。そう言えば、この下士官、以前に会った「兄」附きの下士官とは違う人物のような気がするが……深く考えない方が良いのかも知れない。
何はともあれ、あまり良い気分にはならない見世物を図らずも見る羽目になったのは確かだ。
「大尉、この軍曹に襲撃場所を教えても問題は無いでしょうか?」
「あ……そうだな。襲撃場所だけなら問題は無いだろう」
「では、軍曹。私が今から言う場所に寄って下さい」
私は下士官に襲撃が起きた場所を教える。移送中の捕虜が何者なのかは、私の権限でも知る事は出来ないが、軍事空港も兼ねている啓徳空港からどこかの収容所に移送される予定だったようだ。
「了解しまし……あ、ちょっと待って下さい……その場所、九龍城ですよね?」
「それがどうか……あっ……」
「香港島と九龍城地区を繋ぐ橋も、まだ、交通制限がかかってる筈です。交通手段が無いか、確認してみます」
下士官は車載の携帯電話でどこかに連絡している。
「私の部下だぞ。命令権が無い相手に指図するのは感心出来んな」
「それは、そうですが……」
「あの、大尉……グルリット中佐が大尉に代ってくれと……」
「待て、何で中佐が?」
「……いえ、現場への交通手段を聞いた途端に、中佐に電話が繋ったので……。詳しい事は大尉に直接話すと」
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