瀾(三)

 「冥界」との「出入口」を生み出し、それを使って瞬間移動を行なう。死神ヤマのような「冥界」に関する「神」の加護を受けた者にしか使えない能力。無論、「出入口」の向こうにある「冥界」で生命を維持出来るのは「冥界の神」に選ばれた者だけだ。

 しかし、この大技も、直前で佐伯に気付かれてしまった。

「残念ね」

 死神ヤマは狙撃銃の銃床で佐伯を殴り付けようとしたが、当たらなかった。直前で死神ヤマが体のバランスを崩したのだ。いや、死神ヤマだけでは無い。

「地震だと? どうなってる?」

 桜さんが、そう叫んだ。

「治水‼ ヤツの力を打ち消してくれ‼」

「……わ……わかった、やってみる‼」

「何が起きてるんだよ?」

「地下水です……。ここは九州最大の川のすぐ近く。大量の地下水が有る。ヤツは、その地下水を操って、地震を起している」

「どう云う事だ? 異能力者だとしても、そんな真似が出来るヤツが実在するのか?」

「ヤツ……佐伯が何者か知らないんですか?」

「危険なヤツだと云う事以外、具体的な能力は聞いてない。お前こそ、何で知ってる?」

「詳しい事は後で話します。ヤツは『水の神』の力を持つ者。そして、眞木一族も別の『水の神』の力を持つ者の家系なんです」

「ちょっと、瀾ちゃん、話していいの?」

「もう、私達家族の中で、誰が生き残るか判らない状況になった。私と治水が死んで、桜さんが『神』を受け継ぐ可能性も考慮しないといけない」

「待て……おい、まさか……いや、どうなってる?」

 桜さんは混乱している。しかし、それどころでは無い状況になっていた。足下の路面から嫌な音がする。

「とりあえず、何とかしてみる……うわあああ‼」

 治水が叫ぶと同時に、あちらこちらから泥水が吹き出した。いや、私達の足も踝の辺りまで泥水に漬かっている。地面の液状化現状だ。

 そして、泥水の柱の内、3つが竜の姿になった。青い輝きに包まれた、全長一〇mを超える二本の角を持つ3体の竜。

「へぇ……」

 佐伯が、そう言った途端、今度は佐伯の背後に、同じ位の大きさの4匹の竜が出現した。赤い輝きに包まれた、一本角の竜だ。

「いや……私は、打ち消してくれ、って……」

「ごめん……まだ……巧く出来ないみたい。こっちの方が何とかなりそう」

 計7体の水竜が私達の頭上でドツキ合いを始めた為に、私達の頭上に泥混りの水が降り注ぐ。それも、足が水につかっているせいで、動きが制限されている状態で。

 その上、治水が作り出した竜の方が数が少ない分、劣勢だ。

「お……おい……高木……どうなってるんだ、これ?」

 呆然とした顔で望月が、そう言った。

「長い付き合いだろ。気付いてなかったのか? 私の家、訳有りだって」

「い……いや、ここまでとは……」

 たしかに、望月が得られたであろう情報では、私の母方の家訳有りだと推測するのは困難だろう。

『おい、チビ助。すまんが、俺が今からやる事は、お前の伯父貴……あのハゲのデカブツには黙っててくれ。バレたら色々と面倒な事になるんでな』

 声と共に眼鏡型端末に髑髏の仮面チティパティのアイコンが表示される。しかも、個別通信。……つまり、私のみに送信しており、他の仲間には聞かれていない。

 それに、どう云う事なんだ?「他チームのメンバーの個人情報は知ってはならない」がルールなのに、何故、死神ヤマは、私が羅刹天ラーヴァナの姪だと知っているんだ?

 だが、そんな事を気にするどころの騷ぎでは無くなっていた。

 次の瞬間……上空の雲が割れた……。そして……。

 周囲に次々と熱線が降り注ぎ、地面に溢れている泥水や、私達の頭上の水竜が蒸発していく。

「何だ、これは⁉ どうなってる⁉」

「瀾ちゃん……何だよ、これ⁉」

 桜さんと治水の叫び。

「……判らない……まさか……そんな……これは……」

「へぇ……ようやく本気を出す気になったようね……」

「うるせぇ‼ くたばれ‼」

 空から特大の熱線が佐伯の頭上に降り注ぐが、ほぼ同時に出現した氷の塊で阻まれた。

 まさか……まさか……本当に実在したのか? 単なる『神の力の使い手』ではない『複数の神の力を使える者』が……。

 しかし、太陽と冥界の力……どう云う事だ? これは……「護国軍鬼」の動力源である「幽明核」の動作原理そのものだ……。

「も……もう、何が起きても驚かねぇぞ……」

 いや、多分、もっと無茶苦茶な事態になる可能性は大いに有るが、そんな事に望月や桜さんを巻き込んだりしたら、伯父さんが雷を落すだろう。おそらく、さっきの熱線が生易しく思えるレベルの特大級の雷を。……比喩的な意味でだが。

「治水、水を引かせる事が出来るか?」

「や……やってみる。でも、その後は?」

「この隙に逃げる」

「えっ⁉ あの人は?」

「慣れてる筈だ……こう云う状況には……」

「ちょっと待って、どう云う……」

「今の私達じゃ、どうにも成らない……。逃げるしか無い」

「わ……判った……」

「どう成ってんだよ……おい、まさか……」

「詳しい事は、後で話します」

 その時、今度は、眼鏡型の携帯端末に「風天」を現わす梵字のアイコンが表示された。

「おい、どうなってんだ? お前も死神ヤマも無事なのか? とりあえず、映像を送って……お……おい、待て……そんな……馬鹿な……」

 残念ながら、おっちゃんの表の商売であるうどん屋「玄洋」は、当分、休業するしか無さそうだ。異能力者災害向けの保険がおりると良いんだが、この状況では、保険会社もエラい事になりそうだ……。

 その時、銃声がした。

 撃ったのは十二歳ぐらいの女の子。撃たれたのは、通常型グリーンの強化服のレンジャー隊員の1名。かなり強力な銃だったようで、胸部装甲が変形している。どうやら、普通の子供だと思って保護しようとした所を撃たれたようだ。

 その子供は……佐伯の連れの1人だ。……だが……もう1人は……もう1人の少年兵はどこに居る?

「もし、私がマズい事になってると思ったら、私に向かって、こう言ってくれ……『冬は必ず春になる』」

 私は、治水にそう言った。

「えっ⁉」

「そうすれば、私が今からかける自己暗示は解ける」

「ちょっと待って、何を言ってんだよ⁉」

「出づるいきは入るいきを待つ事なし。風の前の露、なお譬にあらず」

 次の瞬間、私のの爪先は、近付いて来た、もう1人の「少年兵」の腹に叩き込まれていた。

「て……てめぇ……」

 少年兵に見える男は、麻酔薬か何かが入っているであろう注射器を手にしたまま、崩れ落ちる。

「おい、待て……相手は子供……いや、お前も子供だけど……」

「ヤツの声が聞こえましたか?」

「えっ?」

「外見は子供でも大人の声でした」

「そ……そう言や……」

「多分、子供の頃から成長抑制剤を投与して作られた……人間兵器です」

「えええええ⁇ おい、おい、おい、どうなってる⁇」

「大人に銃口を向ける事が出来る者でも、子供が相手なら躊躇うなど良く有る事です。常人より少々上程度の戦闘能力しか無くても、姿が子供なら、使い道はいくらでも有ります。あんな風にね」

 そう言って、私は、隠し持っていた銃の内、口径が大きい方を取り出し、何歩か歩いて、もう1人の「少年兵」に銃口を向けた。銃は両手で構え、わざと「少年兵」と正面から向き合う構えを取る。

「おい、お前、それ何だ?」

「お姉ちゃんさあ、本当にあたしを撃てるの?」

 子供の声だ。だが、本当の「少年兵」だろうと関係無い。そして、相手も私に銃を向けていた。通常の拳銃じゃない。散弾銃用の弾を発射出来る特殊拳銃だ。

 だが、次の瞬間、その少年兵の顔に苦悶の表情が浮いたかと思うと……急に倒れた……どう云う事だ……まさか……。

 なんて事だ……。

 治水に取り憑いてるような神を名乗る化物どもじゃない、人間が空想してきたような「神」が仮に本当に居たなら……フザケた真似をしてくれたようだ……。

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