治水(3)

「2人とも無事みたいだな。……えっと、友達?」

「え……ええ。私の同級生です」

 明るい声でそう言ってる桜姉さんと、ポーカーフェイスに戻った瀾ちゃん。

「しかし、あの……ゾンビなのか、アレ? 誰かに操られてるのか?」

「さあ?」

 どうやら、あの2人がゾンビになった理由を知ってるようだけど、とぼける瀾ちゃん。

「よし、じゃあ、とりあえず避難所の方に向かってくれ。ところで、こいつは……」

 そう言って、「もう一人の巫女」の方を見る桜姉さん。

 「もう一人の巫女」は2体のゾンビに拘束されたまま、やれやれと言った顔をしている。

「イエロー‼ そいつから離れろ‼」

「いや、この子達は、私の……」

「その児童達じゃなくて、あの女だ‼ 顔認証が終ったが、そいつはかなり危険な奴だ」

 青い装甲服の人と、桜姉さんが噛み合わない会話を交す。

「佐伯漣だな。上空のヘリから狙撃手がお前を狙っている。大人しくしてもらおう」

 青い装甲服の人が、「もう一人の巫女」にそう告げた。

「上空のヘリって、あれの事?」

 道でも聞かれた時のような口調で、「もう一人の巫女」がそう言った瞬間、嫌な感じがした。

『あ、マズい。早く姉さんの力を打ち消して‼』

『何がマズいの? それに打ち消すって?』

『人間の体の大半は水。ウチらは、その水を自由に操れる。つまり……あ……もうアレに乗ってる人間は全員死んだ……』

『えっ?』

 次の瞬間、爆発音。そして……上空のヘリが消えていた。

『くそ、馬鹿姉は、満やあんたの母親が無意識の内に避けてきたような力の使い方を平気でやってる。人の命なんて何とも思ってない。……いや、ウチが馬鹿姉をとやかく言えた立場かは別にして……』

「そう云う事」

 「もう一人の巫女」が、そう言った途端に、さっきと同じ変な感じと共に、爆発音がした。

 ゾンビ達の手足がもげて、「もう一人の巫女」が自由になった。

「服が汚れるからやりたくなかったけど、まぁ、この死体を操ってた奴も、長く持たないのは承知でしょうから」

『な……何が起きたんだよ、一体全体⁇』

『あんたが昨日の晩にやったのと同じ事』

『えっ⁇』

『だから「人間の体の大半は水」って言ったでしょ。その水の全てを水蒸気に変えれば大爆発を起こせるし、一部だけを水蒸気に変えれば、人間の手足をもぎ落すぐらい簡単よ』

『じゃあ、その、あたし達が同じ事をやられたら……』

『あんたを含めて「神の加護を受けた者」は、他の「神」の力でも、純粋に霊的なものや、直接、体や心を操作するものは無効化出来る。ただし、物理的な攻撃は無効化出来るとは限らない』

『どう云う事?』

『例えば、さっきのヘリに「神の加護を受けた者」が乗っていれば、馬鹿姉は、そいつを水蒸気爆発させる事は出来ない。けど、そいつも、一緒にヘリに乗ってたヤツが水蒸気爆発した時の衝撃波を食らえば、あっさり死ぬし、仮に爆発の衝撃波を何とか出来たとしても、ヘリが粉々になったら、空を飛べる能力でも持って無い限りは、墜落してやっぱり死ぬ』

『じゃあ、あの人は、ここに居る私以外のみんなを……』

『そう、いつでも好きな時に一瞬で殺せる。ちなみに、水蒸気爆発なんて派手な真似じゃなくても、人間の体の「水」の状態をちょっと乱せば人間はあっさり死ぬし、人間の魔法や呪術の事も良く知らないけど、人間が使うその手の「神の力」もどきの技術では、本物の「神の力」を無効化するのは無理だった筈。まぁ、基本的にウチと馬鹿姉は「同じ神」だから、あんたがウチの力を使うのに慣れてきたら、あんたは馬鹿姉の力を無効化出来るようになる筈だけど、今の調子だと……もうちょっとかかりそうね』

『ちょっと待ってよ、そんな……それって……』

『早い話が、そう云う事。ここには、あんたとヤツともう1人と、少なくとも3人の「人間の姿をした大量破壊兵器」が居るってわけ。今、起きようとしてるのは、ちょっとした「怪獣大戦争」で、あんたは、その怪獣の内の1匹』

 何だよ、それ。冗談じゃないよ。

「……レッド……聞こえてますか? ヘリ応答して……」

「ブルー‼ 本部との通信リンクが切れました……」

「えっ? どう云う事だ?」

「我々と本部との通信はレッド達が乗っていたヘリが中継していました。……つまり、ヘリで何かが起きたか……それとも……ヘリそのものが消えたか……」

 レンジャー隊の人達も、ヘリで異変が起きた事を知ったようだ。

 次の瞬間、手足が千切れたゾンビの口から死霊達が次々と出て来た。そして、死霊達は「もう一人の巫女」を威嚇するように取り囲む。

「何のつもりだか……」

『そうだよ、いくら「神の力」で操ってるとは言え、死霊ではあいつを守ってる馬鹿姉の「神の力」を打ち破れない。だけど、あいつの方も、もう一人を守ってる「神の力」を簡単には打ち破れない』

『長期戦って事?』

『そう云う事』

 だけど、次の瞬間、「もう一人の巫女」が何かに思い当たったような表情になった。そして例の変な感じがする。

 すると、さっきまでゾンビだった死体が煙を立てながら干涸び出す。いや、それどころか、辺りで倒れてる人々の身にも同じ事が起きた。

 今度は、駅ビルの方から銃声。だけど……。

「えええええ⁈」

 空中に巨大な氷の塊が出現して、銃弾を防いでいた。

「『神の力』の使い手が……『ゴルゴ13』だったっけ? 昔のマンガの真似事とはね……」

 「もう一人の巫女」の巫女が、そう言った途端に氷の塊が消え、続いて駅ビルの一部が轟音と共に粉々になった。あっ……丁度、さっきまで居たうどん屋さんの辺りだ。

「なに……あれ?」

『さっきと似たような事。人間達から水分を奪って氷を作り、更に、それを水蒸気に変えてて、もう1人の「神の力」の使い手を狙い撃った』

 ところが、更に続いて、「もう一人の巫女」の背後に……何と言うか……「空間の穴」みたいなモノが空いて……。

「ええええ⁉」

「なんだありゃ⁉」

 レコンキスタの人達の内2人が、そう叫んだ。

 その叫びのせいで、「もう一人の巫女」が、私達を助けに来てくれたらしい「誰か」の存在に気付くのが、一瞬、早まったようだった。

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