第5話 ダッシュ乙女

※浴衣、花火、スイカのお題で作ったショートショートです。


 夏休みのある日の夕方、うちはとても焦ってた。

 広島からこっちへ引っ越してきて、やっとできた彼との待ち合わせの時間に間に合わない感じ。花火大会が始まっちゃったらどうしよう!でも、彼の希望通りの大きな花柄の浴衣を着てあげたんだから、文句ないでしょ!

 うちは1人でブツブツいいながら、慣れない下駄で小走りに駅へ向かった。


 8月に入ると、それまで鳴いていたクマゼミの声は小さくなり、代わりにアブラゼミが大きな声で合唱を始めていたけど、時間ばかりが気になって、そんな小さな風景の変化も目に入らなかった。


 スマホで時間を見る。いよいよヤバいよ!

駅の階段を浴衣に下駄でダッシュしてる乙女なんて、みっともないのはわかってるけど、今はそんなこと言ってる時間もない。


 改札の向こうのホームには、うちが乗るはずの電車が入ってくるのが見えた。焦りマックス!

 うちは走りながらバッグに右手を入れてパスケースを探ぐり、その勢いで改札の機械にパスケースをポンと当てながら通り抜けようとした。


 がつん!


 無情にも改札の扉はうちをせき止めた。

 …あっ、Suicaの残高!

 電車が静かにホームを離れて行った、悲しい夏の夕方のお話。

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