風が廻る街

文月(ふづき)詩織

プロローグ

プロローグ 輝きの道

 水面から注ぐ日の光の筋が、風を含んだカーテンのように揺らいでいた。


 湖の底へと突き進む体に、水の重みがまといつく。


 衣服からはがれた細かな泡が輝きながらゆっくりと水面に昇ってゆくのを、フリージアはぼんやりと眺めていた。


「綺麗……」


 言葉と共に空気が口から零れ落ち、他の泡に混ざって群れを成す。


 輝く水面へと上昇する泡の群れは天から伸ばされたきざはしのようだった。


 光射す天から両手を広げた御使いが舞い降り、死者を迎え入れる……。


 薄れかけた意識が結ぶ青く澄んだ湖面が、突如として大きく波打ち、泡立った。


 光を弾く粒子から、少女が一人生れ落ちる。


 しなやかな両手で水をかき、長く伸びた両足で水を蹴り、光の尾を引いて降りてくる。綺麗だなあ、とフリージアは呟く。


 これが天からの迎えだと言うのなら、死も悪くない。


 少女は不思議な容貌をしていた。柔らかく水に踊る髪は確かに黒いのに、うなじのあたりからは白銀色の髪が生えていて、翼のように大きく広がっている。


 御使いが背に翼をもつ姿で描かれることが多いのは、これが理由だろうか。だが、御使いにしては服装が世俗的だ。なによりも、必死の表情は御使いに相応しくない。


 長い睫毛まつげの奥の目が、何かをフリージアに訴えかけてくる。彼女の双眼は赤とも紫とも青ともとれる、微妙な色をしていた。次々と色を変えるその目が、怒涛のような感情を押しつけて来る。


 彼女が動かした口から、大きな泡が溢れ出た。彼女はフリージアに何かを伝えようとしていた。


 その必死さに充てられたのか、不意にフリージアは恐怖を覚えた。


 深く冷たい水の底。光の届かない未知の世界。その不気味な闇に沈んでいくことが、怖くなった。


 穏やかに消え去る意識がさらに先に進むことが、とても恐ろしいことだと気が付いた。


 差し伸べられた手に、フリージアは必死になって手を伸ばした。


 指先と指先とが触れた瞬間、温かなものが流れ込んできたような気がした。

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