第18話 追いかけっこ
珍しい場所で小宮山さんを見かけた。
授業のあと、友達の買い物に付き合って初めて降りた駅。30分ほどうろうろしたあと解散し(友達はバイトに向かった)、私はせっかくだからもう少し散策してみようかな、と思っていたところ。
小宮山さんがいた。
1匹見かけたら30匹はいそうだ。
いや、本当に小宮山さんは何十体も同時に存在しているのかもしれない。年齢別に……とか私は考えはじめて、即座に考えるのをやめた。
思考停止は悪ではない。時として心身を守る鎧となる。
小宮山さんは横断歩道の向こうにいた。こちらには気づいていない。今日は高校生ぐらいだろうか? 年下ではあるだろう。極端に大きなサイズのパーカーを身につけ、しっかりフードもかぶっている。
数年前の私が憧れに憧れ、結局まるで着こなせなかったスタイルだ。
なぜ私には憧れの服や髪型が似合わないのか?(新書)
まあ、それは別にいい。
小宮山さんが気づく前に、わっ、と軽くおどかして(「だーれだ」も悪くない)、一緒にご飯でも食べようかな。とか考えていたら、小宮山さんが急に自分の足もとを見て驚愕の表情を浮かべた。人混みにまぎれて状況がよくわからない。次の瞬間、小宮山さんはすごい勢いでUターンし、全力疾走をはじめた。
どんどん遠ざかっていく。
何なんだ……?
私に気づいたわけではないだろう。
というか、私から逃げたのならショックすぎる。
小宮山さんは角を曲がって見えなくなった。
信号が青になる。
私も小走りであとを追い、横断歩道を渡り、小宮山さんの消えた先を見る。
いた。
3メートルほど先で停止している。顔を上向きにしてきょろきょろしている。軒の低い建物が並んでいるばかりで、とくに変わったものはなさそうだが……。
とか思っていたら、また小宮山さんがダッシュ。つられて私もダッシュ。
そもそも走る小宮山さんを見たことがない。基本、スポーツが似合わない人だから。
でも今日の小宮山さんは何だか体力がありそうだ。
猛ダッシュして急ブレーキ、あたりをきょろきょろ、猛ダッシュして急ブレーキ、あたりをきょろきょろ、というのを繰り返している。透明人間たちとバスケでもしてるみたいだ。
なんか変なクスリとかやってないだろうな……。
声をかけるのはやめにして、もう少しあとをつけてみることにする。
私は小宮山さんのあとをつけがちだと思う。
ストーカー気質みたいなものがあるのか……?
いや、これは我が子の初登校をこっそり見守る親心みたいなものだろう。
自由気ままな小宮山さんを必死で追いかける私。
何か、暗示的なものを感じる。
遠目に見る小宮山さんは、生け垣を覗き込んだり、軽くジャンプしたり、反復横跳びみたいな動きをしたり、相変わらずダッシュと急停止を繰り返したり、せわしなくアクションを起こし続けている。スマブラに新キャラとして参戦しそうな勢いだ。
だんだん心配になってくる。
本当に幻覚を見てるんじゃ……。
私も距離を取りつつ、走ったり、止まったり、止まりきれずに生け垣にもろに突っ込んだり、転んだり、手をすりむいたり、膝を打ち付けたり、スマホにヒビが入って愕然としたり。傷を増やしながら進む。いったい何をやっているんだろう。だんだん自分が怖くなってきた。小宮山さんも怖い。この世は怖い。泣きたい。
小宮山さんが大きな公園に突入していくのが見えた。やばい。午後二時半。公園で遊ぶ子供たちの楽しげな姿が目に浮かぶ。居並ぶ親御さんたちに通報されてしまうかもしれない。
慌ててあとを追い、すごいスピードで公園に飛び込む私。
そして急停止。
入ってすぐのベンチに小宮山さんが座っていたのだ。
勢い余ってビターン! と転んでしまう。
「え? 吉野さん?」と小宮山さんの声がする。
顔を上げると水色のビッグパーカーのフードから、心配そうな表情が見えた。
「あら、小宮山さんじゃないですか。奇遇ですね。こんにちは」とか言いながら、私はなんとか半身を起こす。
「どうしたの? ずたぼろじゃん」
「ずたぼろですか」
「髪がゴミだらけだよ。わっ、その手! 血が出てる! あっ、膝! 膝膝! ストッキング破れてるよ!」
「あの!」と私はあえて大きな声で小宮山さんを黙らせた。すこやかな状態であることをアピールしなければならない。「ちょっとランニングしてただけだから! 最近2キロほど太ってしまいまして!」
「ランニング? コート着て? バッグ持って? こんな遠いとこで? ずたぼろになって? 本当に? 嘘くさ。本当に?」
今日の小宮山さんは喋るスピードが速い。
このままビートに乗ってライミングしそうで怖かった。
「あの、ランニングというのは嘘です。小宮山さんが公園に行くのを見かけて、一緒にご飯でも食べようと……あと、ちょっとびっくりさせようかな、とか思っただけ」と私はのろのろ言った。「で結局、何をしてたの?」
「私? 猫追いかけてた」
「猫?」
「あの子」と小宮山さんが指さした先には小さな遊具。その上に白い猫がいる。「私が落としたAirPodsくわえて逃げちゃったから。もう取り戻したけど」
小宮山さんの手に白いワイヤレスイヤホンが握られていた。
「イヤホンくわえたドラ猫……追いかけて?」
「ブーツでかけてく、陽気な小宮山さん。だよ」
小宮山さんがにっこり笑う。
私はその場にしゃがみ込む。
そんなサザエさんみたいなことある?
「とりあえず傷の手当てしようよ」小宮山さんがポケットから手を出して言った。「あそこに水道あるから、傷洗いな。私は薬局行ってくるからさ。立てる? ストッキングも買ってあげるよ。他に何か必要なものは? ほらほら、泣かないで」
「泣いてないし」
「ほぼ泣いてるよ」
「泣いてない」
「いい子いい子」
小宮山さんが私を立たせ、ハグをして、背中をさすり、もう片方の手で頭を撫でた。
だんだん悲しくなってきて……。少し泣いてしまった。
「小宮山さあん」
「よしよし」
「今日何歳なの?」
「17歳」
「お金持ってる?」
「少しは」
「じゃあ星乃珈琲おごって」
「仕方ないなあ」
ぽんぽん、と私の背中が優しく叩かれる。
走って、転んで、慰められて、泣いて、甘えるなんて。
今日の小宮山さんは17歳。
私は4歳といったところですね。なさけなー。
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