第3話 不良美少女の秘密
今日もいつもと変わらず良い天気である。日差しがとても心地良く、眠りへと誘うメロディーを奏でているようだ。
だが、いつもと違うのは僕の生活だ。僕のルーティーンは、
授業が終わり、放課後になると、誰よりも早く家に帰る。というが定石なのだが……。
今は図書室の休憩スペースに来ている。
ここも、屋上と同じであまり人が来ないので、屋上の次に良く使う、僕のぼっちスポットでもある。だが、今日は違う目的で来ていた。
そう、神崎さんに勉強を教える為にだ。
「ここはどうやんの?」
「ここはこの公式を使うと簡単に解けますよ」
「あーなるほど……やっぱ賢いねあんた」
「い、いえ、神崎さんも成績が悪いとか言ってましたけど、全然飲み込みが早いと思います」
そう。神崎さんは、とても勉強熱心だった。
一度、教えたことは、スッと頭に入っている様子が見てとれた。
「あー、てか今更だけど悪いことしたね、
あんたの放課後、奪うことになっちゃって」
「いえ、これくらいなら別に……」
それに、今まで気づかなかったのだが、
勉強を教えている方も、復習にもなって自分にとってはそれなりに都合が良い。
また、わからないところは神崎さんに
教えてもらうこともある。
それに……。
勉強を教えることで、金を取られる、警察に突き出されることを回避できるのなら有難い話である。そういえば、神崎さんに見つかった後、クラスに戻ると、クラスメイト達が、奇跡の生還者だの、舎弟だのと言っていたのが聞こえたが、一体、誰のことを言っていたのだろうか。
「あたしさ、時間なくて勉強する暇がないんだよね」
「時間……ですか?」
「うん……ってやば! もうこんな時間。今日はこんくらいで。 今日は助かった! 恩に着る! じゃあまた明日!」
「は、はい、さようなら……」
ダダダダダダッ。
猛スピードで神崎さんは、図書館を出て行った。何か急ぎの用事みたいだったけど。
何かあるのかな?
♢♢♢
「人に勉強を教えるのも復習になるし、わりと良いもんだなぁ」
あれから、しばらく自習を行った後、疲れ切った肩をぐいっと回しながら、
テクテクと歩く。向かっているのは駅である。僕の家は、学校から少し離れた場所にある。一本目の電車で15分移動した後、乗り換えて、また、30分乗っていなければいけない。
それにしても、今日は勉強をしたせいか
お腹が空いた。
(電車で降りた先で、何か買うとするかぁ……)
ガタンゴトン。
帰宅時間はいつも満員。電車に揺られながら僕は思う。どうして人はこんな箱詰めにされながら移動しなければならないのだろう。
願わくば、もっと、優雅に!!
そして、ぼっちに優しい移動法を誰か発見してくれ!!
──勿論、そんな願いは叶うはずもなく、
目的地へと着いた。
「確か、この辺にドーナツ屋があったはずなんだけど……」
辺りをキョロキョロと見回す。
すると、少し年季の入った古めの建物を
発見した。
「あ、ここかなぁ……」
とりあえず、店内に入ってみよう。
「いらっしゃいませー」
──シックな感じがとても良い。
この駅の周辺には、勿論、有名なドーナツ屋のチェーン店も数多くあるが、僕はあまり好きではない。どちらかといえばやはり、こういった古風な個人でやっているお店が好きだ。
たまに、今まで食べたことのない美味しい
ものが発見できる時もある。
ここは、雰囲気も良いし、味にも期待
である。
「えーと……、どうしようかな」
とりあえず、チョコがたっぷりとついた見るだけで癒されそうなドーナツを一つ、トングで掴み取る。次に、今度は、ちょっと渋めの抹茶がかかったドーナツを掴んで、トレイに載せる。
「なんか全部美味しそうだけど、とりあえずこんくらいでいいかな」
レジに向かい、トレイを店員さんに差し出す。
「では、お会計が820円にな……」
店員さんの声が途中で止まる。
ん? 何か変な事でもしただろうか。
顔を上げて、店員さんの方を見ると、そこには、何故か、先に帰宅したはずの
神崎さんがいた。
「ええ!?」
あまりの驚きに思わず、手に持っていた小銭が
こぼれ落ちそうになる。
「なんでここに神崎さんが!?」
「あー、ここなら見つからないと思ってたんだけどな……」
神崎さんは、少し苦い顔を浮かべ、
何か悩んでいる様子だった。
「あら花ちゃん、どうしたの?」
お店の奥から、何かあったのかと、
いかにも優しそうな、
お婆ちゃんの店員さんが出てきた。
「あ、店長。さーせん。ちょっとハプニングが」
「ハプニング……? 何か訳ありなのかしら。 花ちゃん、もうすぐで休憩だし、話してきていいわよ。後は私がやっとくから」
「店長は相変わらず優しいっすね。助かります。宮本、ドーナッツ持って、ちょっとそこの空いてる席で待っててくれるか?」
「は、はい」
♢♢♢
「で……本題なんだが」
「は、はい」
すぅーっと息を吸い込んで神崎さんは、
なにやら考えている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……頼む、あたしがバイトしてること、
黙っててくれないか」
神崎さんが頭を下げる。神崎さんが、僕にこうやって頼むのは、一つの理由が関係しているのだと思う。
ーーそれは……うちの学校ではバイトが禁止されているからだ。
バレてしまえば、怒られるだけでは済まないかもしれない。だからこそ、
頼んでいるのだろう。
「もし無理なら、私のあげるから……」
「え?」
あげる? なにを? えっまさか。
いやいやいや。もしかしてそういういやらしいことですか!?
「いやいやいや! そ、そんなことされなくても大丈夫ですよ! 誰にも言いませんから!!」
両手も大きく使いながら必死に答える僕。
「そうか!! 良かった……。いつも帰りに売れ残りのドーナッツを貰うから、あげようとしたんだけどな」
あ、そういうことですよねー。
わかってましたよ。変なことなんて一切、考えておりません。勿論。
「でも、どうしてアルバイトを?」
「あー、あたしん家、母子家庭なんだ」
「母子家庭……」
「うん。親に迷惑かけたくなくってさ、少し学校から離れたここでバイトさせてもらってるって感じ」
「なるほど……あれ……ってことは、
もしかして時間がないっていってたのも」
「うん。学校以外は、ほとんどバイトに当ててる。まぁそれはあたしが決めたことだし、言い訳なんだけどね」
「いえ、全然、言い訳じゃないと思いますけど……むしろ、立派だと思います」
元々、うちの校則は、バイトでお金を稼ぐことに集中すると、遊んでしまう学生がいるのではないかということで設定されているものだ。
確かに、学校のルールは破っているかもしれないが、神崎さんのように、しっかりとした人にはルールなんて不要なのかもしれない。
素直にそう思った。
「そう? あんたやっぱ優しいよね。
ちょっとビクビクして頼りなさそうだけど」
神崎さんは、笑みを浮かべながら、少し
意地悪そうに、言う。
「返す言葉もございません」
「良かったよ、バレたのがあんたで。最初は焦ったけど……。ねぇ、本当に言わないよね?」
今度は、少し不安そうな顔で、身体を机に乗り出し、顔を近づけながら、聞いてくる。
柔軟剤なのか、わからないが、女の子特有のふわっとした良い匂いが僕の周りに漂う。
ちょっ……そんな顔を近づけられたら、僕の身が持たなくなるって! この人距離感というものを忘れてないか!? なんか抜けてるというか……。
「い、いや言いませんから! 大丈夫ですよ」
目線を逸らしながらも、少し上擦った声で
なんとか言葉を返す。
「そうか、あー、じゃああたしはそろそろバイトに戻らないといけないから……また明日ね、ゆっくりしていって」
神崎さんは、僕に軽く、手のひらをパタパタと振って、合図を出した後、お店のカウンターの方に戻っていった。
(神崎さんって、ただの怖い人だと思ってたけど……)
思ったより、悪い人じゃないのかも。
まだ出会ったばかりだけど、そんな気がする。
「あ、話に夢中で食べるの忘れてた」
パクッ。
なんだこれ……美味しい……!!
僕のぼっちスポットがまた
増えたのであった。
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