池のほとりで

百々面歌留多

第1話

「ちとせー? どこにいるのー?」

お母さんがわたしを呼んでいる。

同じ場所をぐるぐると右往左往とするのだが、ちっともわたしを見つけてくれない。

晴れ渡る空、白い雲は天上の小舟のごとく浮かんでいる。

公園の池ではボートが幾艘と並んでいる。時々恋人同士で乗りに来るのがいるものの、まばらで寂しい。

折角のいい天気だというのに。

桜がなければ人も寄り付かぬのは致し方ないことだが薄情ではないか。花見にかこつけて飲むわ食うわをするくせに、散れば見限るなんて。

季節外れにはいつもの人しか来ないのだ。ダックスフンドのおじさんやシーズーのおばさん、たまに近所の保育園の子も来る。

毎日のように散歩をする人もいるし、ベンチでうららかに過ごしている人もいる。

ただ彼らは誰も知らない。

わたしに見られているということを。

池の柵に体を預けて、1日に何人が遊歩道を通るのかを数えたりするくらい。さすがに両手の指よりも少ないってことはないけれど、飽きるほどの閑古鳥ではある。

「ちとせー、ちとせー」

お母さん、そっちじゃないよ。こっちだって。あなたは森の方ばかり向いているけれど、看板のそばには来てくれない。

古ぼけた看板の前だ。後ろには柵越しに茂みがあって池と隣接している。

ちゃんと覗き込んでほしいな。

そこへ池の端っこからバシャバシャと水音が響いてくる。向けば鯉たちの餌の取り合いだ。食パンの耳を袋いっぱいに詰めた帽子のおじさんで日課のように餌を上げにくる。

相変わらず汚い自転車だ。錆びついて、ガタガタで、両輪ともパンクしているの。前後のかごは一部が切れて、めくれてしまいそうな気配もある。

おじさんはちらとこちらを見る。

目を細めて、眉間に皺を寄せている。ちょうど何秒かの出来事であった。

「すみません」

お母さんがおじさんに話しかける。

「この子を見ませんでしたか?」

「さあ、知りませんなあ」

おじさんは首を横に振っただけだ。

「もし何か思い出したことがあれば、すみません、何でもいいんです。情報が欲しくって……」

母は携えていたチラシをおじさんに渡す。大きく写っているのはわたしだ。

おじさんは受け取るなり、チラシを2つ折りにした。立ち去る母に愛想のいい顔を浮かべてから、餌を丸ごとばらまいた。

よりいっそう水しぶきがとぶ中で、おじさんは自転車にまたがり、ギーコー、ギーコーと音を立てながらどっかに消えていった。

お母さん、今目の前に犯人がいたよ。

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池のほとりで 百々面歌留多 @nishituzura

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