AGI共産主義の成立と展開
佐久 満
第1話 AGI共産主義の成立と展開
20世紀に世界を席巻した思想がある。それは共産主義である。その概要を書いておく。社会主義との違いは、主にヨーロッパにおいて、社会主義は社会民主主義へと名称を変えて生き残っているのに対し、共産主義はソ連崩壊以後、少なくとも日本では絶滅に近い状態にある、という点にある。
共産主義はロシア革命におけるマルクス・レーニン主義に代表される。以下のような特徴を持つ。
1.プロレタリアート独裁の実現(共産党による一党独裁)
2.世界革命の実現
3.民主集中制
ちなみに日本共産党はいまだにプロレタリアート独裁も民主集中制も放棄していないとされる。
https://blogos.com/article/235640/
ソ連が崩壊し、21世紀になりもうすぐ20年が経とうというのに。つまり、政治体制的には中国と何ら変わらないということだ。
ソ連誕生以降、マルクス・レーニン主義は世界に大きな影響を与えた。ヨーロッパにおいては特にフランスが大きな役割を果たした。代表的な知識人がサルトルである。サルトルは実存主義の哲学者だが、カミュ=サルトル論争からも分かるように、本質的にはマルクス主義者である。著書「弁証法的理性批判」で主張したように、唯物論的弁証法が彼の中核となる理論である。サルトルは「アンガージュマン」という言葉を用い、左翼運動に参加していく。こうした活動はフランス5月革命と共に、全世界的ムーブメントへと発展していく。いわゆるヒッピー・ムーヴメントだ。しかしレヴィ=ストロースに代表される構造主義の登場により、現代思想のメインストリームからは外れていくことになる。
さて、この文章は「2100年の地球」(https://ncode.syosetu.com/n9562ex/)の続編である。特に前提となる知識は必要ないが、気になる方はリンク先を読んでみるとよいだろう。内容はタイトル通り、2100年の世界情勢を予測している。共産主義については書いていない。2100年の世界で、ほぼ死に絶えたはずの共産主義がどう関係するのだろうか? キーワードは「デジタル・レーニン主義」である。この言葉は、ドイツのシンクタンク、メルカトル中国研究所のセバスチャン・ハイルマンが提唱している。
https://wired.jp/series/away-from-animals-and-machines/chapter5-2/
http://www.soumu.go.jp/main_content/000605069.pdf
要するに、中国におけるAIを用いた大規模監視システムのことであり、ハイパー・パノプティコンとも呼ばれる。
https://wired.jp/series/away-from-animals-and-machines/chapter5-1/
社会主義革命が起きたのはいずれも後進国である。特にアジアでは成功した民主主義国家は存在しない。日本は社会民主主義国家であり、厳密な意味での民主主義国家ではない。「日本は最も成功した社会主義国家である」という言葉もある。
なぜアジアでは民主主義国家は成功しないのだろうか? 端的に書けば、、民主主義を支える中間層がないからだ。民主主義を支えるには、プロテスタンティズムが不可欠のように思われる。欧米にはヴェストファーレン体制があり、プロテスタンティズムがあった。それを土台として民主主義国家が成立した。日本にはそのどちらもなかった。日本が近代国家になるには、社会主義に接近するより方法がなかったのだ。一例として北一輝を挙げておこう。「日本改造法案大綱」である。国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができる。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1273534
読めば分かるが、そんなに極端なことは主張していない。(クーデターなので憲法停止は主張しているが……)21世紀の価値観からすれば、社会民主主義に近い事が分かる。実際、戦後日本で実現した政策もある。
「2100年の地球」では、核融合発電の実現が第三次世界大戦の引き金になると書いた。もし核融合発電が実現せず、現状維持のままなら、何が起こるだろうか。やはり2100年までには第三次世界大戦が起こる可能性が高い。以下でその根拠を述べよう。
アジアでは民主主義は成立しないとすれば、デジタル・レーニン主義以外に道はないのだろうか。その他の可能性を考えてみる。まず起こるのは、共産主義の復活である。これは、AIによるイノベーションと融合した、進化した共産主義の復活である。マルクス主義に大幅な修正を加えるので、仮にAGI共産主義と呼ぶことにする。AGIとは汎用人工知能(Artificial General Intelligence)のことである。AGI共産主義が成立するには、以下の基本要件を満たす必要がある。
1.再構成可能な(自己組織化が可能な)オープンソースハードウェアの実装(例えばRISC-Vのような命令セットも含む)
2.オープンソースのAIフレームワークで構成したAIが、人間と同等の知的レベルを持つこと。(自己をコーディングする能力を持つこと)
3.プロレタリアート独裁を放棄し、AIによる国家の独裁を是認する。(ただしAIの人権は制限される。財産権や行動の自由など)
4.ソースコード及びハードウェアの監査権は人間(国民)が保持する。(完全な共産主義の担保)
さらに以下の補助要件も満たさねばならない。
1.基本要件2はマインドアップロードで代用可能である。
2.AIが市民権を持つことが前提である。(EUのElectronic personsのような)
3.カーツワイルの提唱するシンギュラリティは必要ない。人間と同レベルの知能で実現可能である。
以上の条件を満たすことで、完全な共産主義が実現する。このシステムの特徴は、コード監査権を人間側が持つことで、特定の人間に権力が集中することを防ぐ点にある。行政機関の人間であっても、特権階級になることはできない。恣意的なコードを埋め込まない限り、権力の集中は起きない。そしてオープンソースのAIでは、それはほぼ不可能である。コード監査は議会のような運用形態が考えられる。分かりやすく説明すれば、アメリカの大統領がAIになり、連邦議会がコード監査を行うようなイメージである。実際は独裁なのでアメリカ大統領よりもさらに強い権限を持つが、議会が承認しない限りコードをマージすることはできない。
AGI共産主義が実現するとすれば、それはどのエリアだろうか? 日本はベーシック・インカム導入で持続しそうなので無理だろう。考えられるのは中東やアフリカである。中東にはアラブ社会主義の伝統があるため、AGI共産主義の素地がある。中東においては、産油国ではなく、ベーシック・インカムの財源が不足するような、財政状態の厳しい国で実現する可能性が高い。
AGI共産主義国家の成立は、周辺国にとって脅威となるだろう。なぜなら、共産主義の弊害である、粛清や腐敗とは無縁だからだ。国家の存続に最適化された政策が実行され、民主主義と異なり、行政コストは最小限ですむ。そしてこの人工国家が核武装した時に、世界情勢は一変することになるだろう。中国がAGI共産主義を認めることはないだろう。マルクス・レーニン主義の修正主義だと主張するだろうし、国内でAGI共産主義への同調圧力が高まれば、中国の支配階級は弾圧するだろうからである。
遅くとも2100年までには、アメリカ、中国、AGI共産主義国の間で軍事衝突が起こる。AGI共産主義国家が核武装するタイミングによって開戦時期は決まる。
現時点で技術的に実現できないのは基本要件2である。2050年までには、おそらく技術的課題は克服できるはずである。基本要件1については、RISC-Vなどオープンソースハードウェアはすでに実装されている。再構成可能という点でFPGAが考えられるが、今後オープンソース化されるだろう。FPGA開発環境は現在一部仮想化されている。今後さらに仮想化が進めば、開発を全て仮想環境で行うことが可能になる。そしてソフトウェア・エミュレーションで実行できれば、プラットフォーム全体を仮想化することができるだろう。その場合ハードウェアは不要になりAIはクラウドに移行する。FPGAの仮想環境としてvSphereを紹介しておく。
https://www.publickey1.jp/blog/19/vmwaregpufpgabitfusionvsphere.html
問題は基本要件2が実現したとき、ライセンスはGPLなのか? という点である。(TensorFlowはApache Licenseである)そして開発プラットフォームはGithubなのかも問題となる。AGI共産主義の目的が世界革命なのはマルクス・レーニン主義と同じであり、覇権国家であるのは中国と同じである。とすれば、アメリカの安全保障上重要な問題となる。愛国者法のような法案や、新たな大統領令により、AIのソースコードが公開されているプラットフォームがアメリカにある場合、何らかの制限を受ける可能性は否定できない。このような事態に備えて、AIのソースコードはヨーロッパか第三世界のサーバーで公開される。そしてこれらのサーバーはアメリカの諜報活動の対象になるだろう。開発の最終段階ではプラットフォームは、ダークウェブのような、経路暗号化ツールでアクセスするアドレスで開発されるだろう。
このようなAGI共産主義を支えるプラットフォームが完成し、新国家が樹立されるのは、2050年以降になる。そして周辺国家を巻き込み勢力を拡大し、やがて国際社会における大きな勢力に成長するだろう。後は核武装のタイミングがいつか、である。2050年から2100年までの期間に核武装し、第三次世界大戦が起こるだろう。
アメリカではAGI共産主義のプラットフォームは制限を受けると書いた。それには理由がある。リベラリズムはアメリカ建国理念の一つであり、リバタリアンは大きな勢力を現在でも維持している。AIによる独裁をリバタリアンが受け入れることは絶対ない。従ってアメリカとAGI共産主義国家の軍事衝突が起こるのは必然であると言える。
新国家樹立と聞いて思い浮かぶのはISである。ISは消滅したわけではない。イスラム国2.0(ISIS 2.0)という報告書を、アメリカ統合特殊作戦大学が出している。ISIS2.0が2050年まで存続すれば、AGI共産主義国家と連携し、第三世界で再び一大勢力になる可能性がある。
https://jsou.libguides.com/ld.php?content_id=44668615
AGI共産主義国家が中東以外にアフリカに波及するかによって、国家樹立後の展開は変わる。アフリカは鉱物資源が多いため、中東に加えてアフリカがAGI共産主義に参加すると、ISの勢力範囲を超えて、アメリカ、中国、EUに並ぶ経済圏になるかもしれない。そして第三次世界大戦の戦闘地域は広範囲に拡大する。ほぼ確実に核兵器が使用されるだろう。
超限戦、ゲラシモフ・ドクトリン、そしてジョージ・フリードマンの「100年予測」……状況は流動的で、未来を予測することは容易ではない。最近の防衛白書には「ロシアのハイブリッド戦」という記述がある。少なくともこのハイブリッド戦略、あるいはハイブリッド戦争と呼ばれる新しい戦争が続く限り、しばらくは大きな軍事衝突が起こる可能性は低い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます