1.ほぼ∞回目+1回目

 目の前に天使様が現われた。

「貴方は死にました。産まれて死ぬまで、十一年と一六四日と言った所ですね。不当に殺された事を考慮し、貴方が誰かを殺したいのであれば、殺して差し上げましょう」

 あたしが、あいつに襲われた時、恐怖で頭が一杯だった。あんな恐い想いをまたする事が有ったら……と考えただけで心臓がバクバクする。もし、一つだけ良い事が有るとすれば、その恐怖のおかげで、死ぬまでに、どんな酷い事をされ、どんな苦しい想いをしたか、ほとんど覚えていない事だ。

 でも、今は怒りがこみあげる。生きている内は一度も感じた事が無いほどの激しい怒り。このメラメラと燃える想いを誰かにぶつけたくて仕方ない。

 成りたかった大人の自分になるチャンスを奪われた。

 友達に会える事さえ無くなった。

 憧れていた男子に告白する事も出来なくなった。

 沢山の事を諦めねばならない。

「あたしを殺したヤツを殺して‼」

「ですが、人一人殺すのは重大な事です。例え、貴方を殺した相手であっても。彼のこれまでの人生を見てから決めるのはどうでしょうか?」

 その時、あたしは、まるで、ず〜っと昔の記憶を思い出すように、あたしを殺したヤツの人生を体験した。

 TVを見る事さえ母親に制限された。

 大きくなってもスマホやパソコンやゲーム機やマンガを買ってもらえなかった。

 学校の成績が下がると、何日か食事抜きだった。

 友達が出来ても、母親に引き離された。

 あたしぐらいの齢になる頃には、母親に逆らうという事さえ考えられなくなっていた。

 中学生になる頃には、人生の楽しみなどなくなっていた。

 けれど、本当に幸運にも彼女が出来た。……でも、母親に知れると、小学校の時の友達と同じく引き離された。

 そして、希望していた高校に行けず……人生が狂い、自分の心が歪んでいくのが、自分でわかっているのに、どうする事も出来なかった。

 気付いた時には、まともな仕事にも就けないまま、おじさんと呼べる年齢になっていた。

 成りたかった大人の自分になるチャンスを奪われた。……母親に。

 友達も奪われた。……母親に。

 やっと出来た彼女も奪われた。……母親に。

 自分の人生を変える気力さえ奪われた。……母親に。

 沢山の事を諦めてきた。……母親のせいで。

「あたしを殺した人の母親を殺して下さい‼」

「確認しますが、本当に良いんですね?貴方が人一人殺す事になるんですよ?」

「かまいません‼あいつの母親は殺されるだけの事をやりました‼」

「最後の最後の確認です。ここで『殺せ』と言ったら、貴方は、人の命を奪う事の重大性を認識した上で、人の命を奪った事になりますが、良いのですね?」

「だから、殺してッ‼あの、ババアをッ‼」

「やれやれ。不合格」

「えっ⁈」

「正解は『誰かを殺してあげる、と云う申し出を断る』です。次に母親の方の人生を追体験させる手筈だったので、それが終ってから決めても遅くなかったんですけどね。もう、貴方を殺した者の母親は死にましたので、貴方が、彼女を殺した罪を背負う事になります」

「ちょ……ちょっと待って、いくら何でもズルいよ‼」

「すいませんね。次の人が待ってますので異議は認めません。次の方……って、あれ?何で、こんな順番になったんだろ?あ〜もしもし、了解しました。そう云う事ですか。では順番通りにします」

 なぜか天使はスマホを取り出して、誰かと電話し始めた。

「ともかく、5分以内に貴方の転生を開始します。貴方の来世は、それまでに教えます。一応、人間ですが、貴方にとっては地獄の方がマシかも知れません。覚悟しておいて下さい」

「待って、待って、待って、待ってよ。あたしは、殺してと願っただけで、実際に殺したのは……え〜っと、誰になるの?あなたとか?」

「いや、実は私は……人間の世界の言葉で言うなら……そうですねAIみたいなモノで、罪を犯す事も、罪を背負う事も出来ないんですよ。そして、ここの仕事に、『魂』のある者、つまり罪を犯したり、罪を背負ったりする事の出来る者が関わるのは、よほどの異常事態が起きた時だけなんですよ。結局、犯人の母親の死に関わった者の中で、罪を犯したり、背負ったりする事が出来るのは貴方一人だけ」

「そ……そんなぁ‼あなた、どう見ても天使でしょ。それでもAIみたいなモノだって言うの?」

「いえ、貴方が勝手に、そう言う姿だと認識してるだけで、私は天使じゃありません。この姿も見る者によって違って見える筈です。で、貴方の来世ですが、『カエルを殺した者はカエルに生まれ変わって殺される』の原則からして……」

 ふと、振り向くと、来世のあたしが、そこに居た。

 あたしの心は、あいつに殺された時以上の恐怖に満たされた。

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