第31話 一番一緒にいたいひと

 まず最初に仕掛けたのは、シエルの方だった。シエルは小柄な体を更に前に屈め、果敢に足を狙ってレイピアを突き出す。


「ふっ!」


 けれどヒョウタは、最低限のステップでそれをかわす。そして逆に、攻撃の後の僅かな隙を突いてシエルの左肩に鋭い一撃を見舞った。


「くっ……!」


 ヒョウタの一撃をもろに受けたシエルの顔が、苦痛に歪む。それでも負けじと次の一撃を繰り出すシエルだったけど、それもヒョウタに軽くいなされてしまう。


 ……ハッキリ言って、決闘の展開は完全に一方的だった。


 どんなにシエルが積極的に攻め立てても、ヒョウタには全く通じない。更に攻撃の度にヒョウタから繰り出されるカウンターによって、シエルの体はどんどんボロボロになっていく。

 考えてみれば当たり前だ。ヒョウタは性格は弱気で臆病でも、受けてきた教育と身体能力は本来ゲームのディアスのものと同一なのだ。

 本来ゲームのディアスは見た目通りに身体能力も高く、作中一番の武闘派であるジェフリーと唯一互角に渡り合える実力の持ち主。対してシエルは今まで女として生きてきて、武術を習った事なんて多分一度もない。


 この勝負、始まる前から、結果なんて既に見えていたのだ。


「……降参しな。この勝負、お前に勝ち目はねえよ」


 ディアスになりきったヒョウタが、シエルにレイピアを突きつけ口を開く。それはまさしく、前世の記憶にあるディアスの姿そのものだった。

 ヒョウタの宣告に、けれど、シエルは小さく首を横に振った。


「降参は……しません。お姉様は、絶対に渡しません……!」

「解んねえな。アイツがいなくても、お前の周りにゃ大勢ダチ攻略対象がいるだろ」

「……本当に解りませんの?」


 シエルの瞳が、真っ直ぐにヒョウタを射貫く。瞬間、ヒョウタの表情が微かに強張ったように見えた。


「お姉様の代わりはどこにもいない。他に誰がいたとしても、わたくしが最も求めるのはただ一人、お姉様だけだからです」

「……!」

「貴方はどうなのです? そこまでの覚悟をもって、お姉様の側にいたいとお思いで?」

「っ……僕は……僕は……!」


 ヒョウタのレイピアを持つ手が、小さく震え出す。そこにシエルが、駄目押しの一言を吐いた。


「いくらお姉様の事がお好きでも、貴方のような中途半端な方に、お姉様は渡せません!」

「う……うぅ……! うああああああああああっ!!」


 叫びながら、ヒョウタがレイピアを大きく振りかぶる。それを見て、私は、座っていた椅子を蹴って駆け出していた。


 ――ザシュッ!


 鋭い灼熱が、左腕を走り抜ける。痛みに顔を歪める私を見て、目の前のヒョウタは驚愕に目を見開いた。


「……っ、痛……っ」

「え……カタ、リナ、さん?」

「お姉様!!」


 シエルが血の気の引いた顔で、私に縋り付く。予期しない私の乱入に、辺りはシンと静まり返った。


「……カ、カタリナ! 何をしてる! 神聖な決闘に、他者が割り込むなど……!」

「外野は黙ってなさい!」


 いち早く我に返り、抗議を口にするジェフリーを一喝する。そして私は、ヒョウタをキッと睨み付けた。


「これ以上シエルを傷付けるのは、私が許さないわ。引いて頂戴、ディアス」

「カタリナ……さん……」

「私は貴方のものにはならない。例えこのまま貴方が勝ったとしても、絶対に」

「……っ」


 ヒョウタの顔色が、みるみる白くなっていく。そんなヒョウタに、私は、決定的な一言を叩き付けた。


「私が一番一緒にいたいと思うのは、貴方じゃない」

「っ……!!」


 傷付いたように、ヒョウタが表情を歪ませる。罪悪感はあったけど、それでも私は態度を崩さなかった。

 だって、解ってしまったの。私が今一番、一緒にいたいのは――。


「……」


 ヒョウタは暫く、黙って私とシエルを見ていたけれど。やがてクルリと、私達に背を向けて。

 そして、俯いたまま、自らステージを降りたのだった。

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