第20話 正史(シナリオ)通りにいかない日常

「シエル! カタリナ! 飯食おうぜ!」

「おい何を抜け駆けしてる! お前だけを二人と仲良くさせるか!」


 今日も今日とて、テラスで昼食を摂る私、シエル、ミリアムの元にジェフリーとロイドが揃って押しかけてくる。その騒々しさにも、今ではすっかり慣れてしまった。


 シエルが我が家にやってきて三ヶ月。私は、本来の歴史シナリオから大きく外れた毎日を送っている。

 まず正史ゲームなら、今はまだ共通ルートの最中。攻略対象がこれだけ好感度マックスで迫ってくるなんて有り得ない。

 ミリアムがここでシエルと優雅にランチしているのも、有り得ない話だ。何故なら本来彼女がシエルと知り合うのはゲーム中盤、私の婚約破棄イベント直前。以降はとある隠しルートを除き、彼女の出番はない。

 そして何よりも正史と異なるのは……。


「お姉様、ハイ、あーん♪」


 ……これよね。シエルと私の関係性が、最も違う。

 もう最近じゃすっかり忘れがちだけど、私はシエルを周囲から孤立させていく役回りの悪役令嬢なのよ。まぁ、その本分を全うしようという気は最初からサラサラないんだけど。

 とにかく、そんな悪役令嬢に主人公ヒロインがべったりって……。言っておくと、この世界ゲームは女の子同士の友情エンドは存在しない、恋愛特化の乙女ゲーム。……の筈なのだ。

 なのに、この状況。……もしかして、私が前世の記憶を得てしまった事で、この世界自体に何かエラーでも生じちゃったのかしら……。


「あっ、カタリナズルいぞ、俺もシエルにあーんされたい!」

「何を言い出すんだお前は!」

「いや、ジェフリーだってシエルにされたいだろ? あーん」

「そ、れは……ってそういう問題じゃないだろう!」


 そんな事を思ってると、またジェフリーとロイドの口喧嘩が始まった。と言っても、フリーダム過ぎるロイドに意外と常識人なジェフリーがツッコミを入れると言った方が正しいけど。

 付き合いはそれなりに長いけど、こんなジェフリーの姿は前世の記憶のジェフリールートでも見た事がない。……或いはこれが、「傲慢な第二王子」という殻の中に隠れていたジェフリーの素顔なのかもしれない。

 ちなみにリオンの方は、あれから一度も学園に姿を見せていない。エリートほど挫折に弱いとは言うけど、リオンもそうだったのかしら?


「お姉様? 食べて下さらないのですか?」


 さて男達のやり取りなんてどこ吹く風、と言わんばかりの様子で、シエルは私に口を開けろとおねだりしてくる。最近では、この面子しかいない時は堂々と私をお姉様と呼んでくる。

 と言うか、シエル、貴方も男よね? 冷静になると男が男を取り合ってるっていう、地獄のような状況になるんだけど、これ。


「食事くらい、自力で摂れるわ」

「わたくしが食べさせた方が、絶対美味しいですよ?」

「その自信はどこから来るの?」

「シエル、なら俺に! あーん!」

「生憎、ロイド様に食べさせる分はありませんの」

「ガーン!」

「……フフッ」


 不意にミリアムが、騒ぐ私達を見て優しい笑みを浮かべる。それが不思議で、私はミリアムに問いかけた。


「どうしたの、ミリアム?」

「いえ、貴女が変わったなと思って」

「私が?」


 すると返ってきたのは予想もしなかった言葉で。戸惑う私に、ミリアムは更に言う。


「以前の貴女は、普通にしていてもいつだってどこか退屈そうだったわ。順風満帆すぎる人生に飽き飽きしてるみたいに」


 ……そういえば、そうだった気もする。総ての事が順調で、特別な何かに関心を持つ事もなかった。

 前世の記憶を得ただけで、他は何も変わってないと思ってたけど……。


「今の貴女は確かにいつも大変そうだけど、どこか楽しそうにも見える。貴女自身がどう思っているかは知らないけど、今の貴女の方が、私は好きよ」

「ミリアム……」

「もう、ミリアム様はずるいですわ。わたくしよりもずっと、お姉様との付き合いが長いのですもの」

「そうね、その地位だけは残念ながら譲ってあげられないわ」


 少しむくれたシエルの抗議も、ミリアムはスマートにかわす。その姿に、思わず頬が緩んだ。

 ――ミリアムが、私の友達で良かった。心から、私はそう思った。


「そうですわ! なら、お姉様がわたくしにあーんして下さいませ!」

「おっ、俺もカタリナでもいいぞ!」

「死んで下さいロイド様」

「ガーン!」

「どっちでもいいのかお前は……」


 再び、賑やかさを増す周囲。私はそんな光景を眺めながら、こんな日常も悪くはないと思った。


 ――日常を掻き乱す新たな嵐が、すぐそこに迫っているとも知らずに。

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