第0章 BlueFlame Encounter
第121話
村が、燃えている。
昨日までは普通に過ごしていたはずの、自分が生まれ育ち、今度は自分が教え子たちを導き、育てていこうと誓った村が。
真っ赤な炎に包まれ、あちこちから悲鳴が聞こえる。
ハッと我に返って、倒壊した建物の一つを、目が捉えた。そこが自分の職場であり、多くはない村の子供たちが集まる学び舎だったのだと、気づくのに時間はかからなかった。
急いで駆け寄れば、下半身が下敷きになった子供が。
「せんせい……?」
「アリス! 今助けてやるからな!」
アリス、と呼ばれた女の子は、彼の教え子だ。小さな学校で、少ない生徒の中で、色んな子から好かれていた。頼れるみんなのリーダー。
「ごめんね……みんなを逃してたら、失敗しちゃった……」
「いいんだ……偉いなアリスは……みんなは無事だから! だから、アリスもすぐに、先生が助けてやるからな!」
アリスの上に重なった木に手をかけるが、あまりにも熱い。まだ火は消えていないのだから当たり前だ。それでも手を離すことなく、力を込めて。
「ダメだよ……先生も、逃げないと……」
「ダメなわけあるか!」
「違う……違うの……だって、この火は……」
ハッとアリスの体を見ると。
指先が、燃えていた。いや、ただ燃えているだけならおかしなことはない。この火事だ。体にも火は燃え移ってしまうだろう。
でも、違う。アリスの指が燃えているというより、この少女自身が炎と化しているような。
「だから、ね……? わたしは、もうダメだから……先生は……先生にしかできないことがあるんだから……」
仮にそんなものがあるのだとしても。ここで教え子一人救えないで、なにが先生だ。
「わたしに、わたしたちにしてくれたみたいに、色んな人を導いてあげて……? わたしみたいに、先生しか頼れない人が、いるかもしれないから……そんな人たちの力になって、助けてあげて欲しいの……」
「ああ、分かった……そうするよ……でも、その前に君を助けて……!」
「わたしは天国で、見守ってるから。これがわたしの先生なんだって、自慢してるから。だから……」
ドンッ、と衝撃。なにかに突き飛ばされた。それがなにかはわからない。ただ、少女が炎と化した指をこちらに向けたことは、理解できた。
立ち上がって再びそちらを見た時。
少女はもうそこにおらず。炎は、更に勢いを増していた。
◆
目が覚めると、全身にビッショリと汗を掻いていた。
また、あの夢。この体が転生者となってから何度も見る、一番最初の最期。
髪を両手でかきあげ、精神を落ち着かせるために長い息を吐く。最近どうしてか、あの頃の夢を見ることが多くなった。なにかの予兆かと毎日身構えているけど、平穏な日々が続いている。
「蒼ー、そろそろ起きなさいよー」
部屋の外から、母親の声が聞こえてきた。父親は仕事だろうし、二歳になる妹はまだ寝ている。
ベッドから起き上がって、取り敢えず服を着替えた。魔術学院なんて名前の施設に通っているし、おまけにそこらの学校と変わらない作りをしているけど。制服なんてものは存在しないから、適当なシャツにジーンズだ。家を出る時にはセーターとコートが必要だろう。
着替えを終えると、洗面所に向かい顔を洗った。
鏡の向こうにある二つの目と、視線がぶつかる。今の人生が始まってから十六年、この顔、この容姿が今の自分。
魔術師の家に生まれた長男、小鳥遊蒼。
それでいい。自分が転生者であることも、故に大きな力を持ってしまっていることも、今の家族には関係ないことだ。
ただの小鳥遊蒼として、どこにでもいる普通の魔術師として過ごそう。
最後にもう一度顔を洗い、蒼はリビングへ向かった。
◆
転生者。
大きな後悔を抱きながら死んでいった者が、『契約』を交わすことでなれる存在。
その後悔を果たすまで、何度死んでも生まれ変わる。後悔は炎として形になり、転生者に絶大な力を齎した。
それが、小鳥遊蒼の正体。今より何千年も前に、後悔を抱きながら死に、それから長い旅が始まった。
当然ながら、蒼だけが転生者ではない。
少なくとも、彼は二人の仲間を見つけていた。
「おはよう、龍。今日も眠たそうだね」
「おう、蒼か。ちょっと徹夜しててな」
蒼が通う魔術学院日本支部。その校門をくぐったところで、男にしては長い黒髪を後ろで一つに束ねたクラスメイト、剣崎龍に声をかけた。
彼も転生者の一人。かの有名なアーサー王を始めとして、数々の人生を送ってきた。おそらくだが、この時代を生きている転生者の中では、最も転生した回数が多いのではないだろうか。
そんな龍は寝ぼけ眼での登校だ。首元のマフラーを手繰り寄せて、心底めんどくさそうに歩いている。
季節は冬。十二月に入ったばかりの寒さは、いくら百戦錬磨の転生者といえど堪える。
そんな龍に苦笑していると、背中に衝撃が。振り返れば、身長140センチほどの小柄な金髪ポニテの少女が、蒼と龍の背中に突撃していた。
「おはよう二人ともー!」
「おはようルーク」
「おはようさん。びっくりするからそれやめろ」
本名ルージュ・クラウン。生家となにやら折り合いが悪いらしく、彼女自身はルークと呼んでくれと周りに言っている。ファミリーネームを呼ぶやつも中にはいるが、そう呼んだやつは例外なく再起不能、あるいは命すら落としてしまっているのだから、おっかない話だ。
そんな彼女も転生者の一人。ケルトの太陽神ルーや、オリュンポス十二神の一柱であるアテナなど、小さな体に文字通り規格外の力を秘めている。
「びっくりさせるためにやってるんだから、やめるわけないじゃん」
「なら言い方を変える。俺が徹夜明けの時はやめろ」
「毎日徹夜明けでしょ。まだ異能の制御できてないの? 龍ってそんなに鈍臭かったっけ」
「色々混じってややこしいことになってんだよ。お前ら神様連中と一緒にするな」
仏頂面の龍と、笑顔で詰るルーク。いつものメンバーだが、あと一人足りない。
この二人の他にも、いや、二人以上に仲のいい友人が、蒼にはいるのだ。
親友、なんて言い方をしてもいいかもしれない男が。
「おっ」
龍とルークの漫才を眺めていると、前方に件の男が。黒いロングコートと黒いズボン。全身真っ黒コーデの、蒼の親友。
「アダム」
名前を呼べば、ゆっくりと振り返る。怜悧な視線が向けられ、彼のことを知らない人間なら睨まれていると勘違いするだろう。
だが、彼はただ目つきが悪いだけで、別に睨んでいるわけじゃない。それを知っているから、蒼も気安く声をかけ、親友の元へ歩み寄る。
「おはよう。今日は早いね」
「なんだ馬鹿か。お前は随分遅いな、ぐっすり寝てきたのか?」
「残念ながら、今日は夢見が悪くてね。お陰で体調がすこぶる悪い」
肩を竦めて返せば、興味ないとばかりに前を向いてしまった。素っ気ない態度だが、これがいつも通り。一つ前の生で知り合った時から、なにも変わらない。
蒼の親友、アダム・グレイスは、ただの人間じゃない。見た目一六、七歳のまま、少なくとも五十年は生きている。
蒼が小鳥遊蒼として生まれるよりも前からの友人だが、親友の事情を尋ねたことはない。誰にも、触れられたくない過去はあるだろうから。蒼を始めとした転生者のように。
今年の春は、まさかかつての友が学院に入学しているなんて思いもよらなかったけど。半年以上経った今となっては、アダムと以前のような付き合いが続いている。
まだ漫才を続けていたらしい龍とルークも合流して、漸く四人が揃った。
すなわち、魔術学院日本支部最強の四人だ。
転生者は、前世の記憶だけでなく、力と経験も全て持ち越し生まれてくる。身体能力は今世の体に依存してしまうが、魔力や術式、異能まで例外なく持ち越す。転生した回数がそのまま強さに直結するのだ。
そんな三人に、謎が多くも強大な魔力を持っているアダムの四人が、日本支部の誇る最高戦力。
「今更だが、お前ら転生者は学院に通う意味があるのか?」
「取り敢えず入ってれば、この時代の魔術師と交流して、横の繋がりが出来るじゃないか」
「学院に断りなく、ってのはやり難いからな。いつどこで目をつけられるか分かったもんじゃない。俺も蒼も、合理的判断ってやつだよ」
「ボクは暇つぶしだけどねー」
かく言うアダムこそ、なにを目的として魔術学院に籍を置いているのか。聞くところによれば、本部には百八十年近く生きている魔女とやらがいるらしいし、学院は年寄りに好かれるのだろうか。
その魔女に昔鎮圧されたというのがうちの学院長だったりするのだから、年寄りの考えることはよく分からない。
まあ、通算の年齢で言えば蒼たち転生者の方が上なのだけど。
他愛のない話をしながら校舎に向かう。部活なんてものも特にないから、校庭には朝練してる野球部とかサッカー部もいない。
それでも周囲を歩く生徒たちは、楽しそうに級友とお喋りしながら登校している。蒼たち四人だってその例に漏れない。魔術師と言えど、日本支部の生徒は普通の高校生と変わらない年齢だ。やはりみんな、それぞれの青春とやらを謳歌したい年頃。
いい時代になったものだな、と思う。蒼がこれまで生きてきた人生の中で、魔術師がこんな風に平和な学校生活を送れるなんて考えられなかった。
ある時は迫害され、ある時は戦争の道具に、またある時は魔術師同士で敵も味方もない殺し合い。
それに比べれば、ここ二百年ほどは非常に平和だ。大きな事件と言えば、それこそ二百年前に賢者の石が盗まれた時くらいか。あの時の蒼はまた別の場所で死地にいたけれど、全世界の魔術師に話が広がるほどの事件だった。なにせそのお陰で、魔女などという規格外が生まれたのだから。
今の自分と魔女、果たしてどちらが強いか。平和なのをいいことに、そんな無駄なことを考えている時だった。
「おい馬鹿」
「ん、なんだいアダム。僕は今思考実験に忙しいんだけど?」
「いいから、空を見ろ」
言われて、学院の外に広がる樹海の上空を見上げる。
ヒビ割れていた。
空が歪み、パキッと音を立てて、亀裂が走っていた。
現象としては珍しくない。なにせ、ルークが異能で似たようなことをするのだから。
おかしいのは、亀裂の向こう側。
空間と空間が繋がっているわけでもなく、ただただ虚無が広がっている。
なにもない。真っ暗な闇。そこに吸い込まれると、存在ごと消失してしまいそうな。
「なにか落ちてきてないか?」
周りの生徒たちも亀裂に視線を集める中、誰かがそんなことを言った。
目を凝らしてよく見てみれば、たしかになにか落ちてきている。ここからではよく判別できないが、あれは……
「女、か?」
傍の龍が呟きを漏らしたのを聞いて、蒼は考えるよりも先に体が動いていた。
「おい、待て馬鹿!」
転移の魔法陣を展開し、上空へ移動。地面へ真っ逆さまへ落ちていく少女を、空中で抱きとめた。
気を失っている少女は、綺麗な白い長髪と豪華なドレスが特徴的だ。まるでお伽話に出てくるお姫様のような、という形容がしっくりくる。
少女の顔をマジマジと見つめていると、不意に上から魔力の反応を感じた。ハッとして見上げれば、亀裂から黒いドラゴンが姿を現していた。
「なんだ、こいつ……」
超高濃度の魔力。まるで、この世界にあってはいけないような。禁忌に触れていると錯覚するほどの。
転生者として数多くの生を歩んできたが、こんなドラゴンを見るのは初めてだ。
「■■■■■■■ーーーーー!!!」
「……っ! ルーク!」
「はいよ!」
少女を抱えている限り、こんな馬鹿みたいな力を放つやつの相手はしていられない。
離れた位置にいる仲間を呼べば、その直後ドラゴンとの間に金髪ポニテの少女が躍り出た。
「こいつはまた、随分な大物だね! 胸が躍るよ!」
「待てって言ってるだろ馬鹿ども! 得体も知れないのに無闇に突っ込むな!」
遅れて転移してきたアダムが忠告を飛ばすが、ルークは聞く耳持たずにドラゴンへ突っ込んだ。
ちなみに、龍もアダムと一緒に来たのだが、諦めたようにため息を吐くだけだ。
「■■■■■■■■!!」
「うおっ⁉︎」
咆哮が轟く。肉薄していたルークはそれ一つで吹き飛ばされ、黒龍はその体と同じ色の光を全身に纏った。
これはまずい。
直感して大きく下がり、代わりに紅い炎が前面に展開される。
剣崎龍が持つ転生者の力。後悔が炎という形を持ったもの。その効果は、絶対防御と完全治癒。
視界が紅炎で埋め尽くされたのと同時。
黒い波動が、空に迸った。
蒼たちが絶対の信頼を置いている炎と黒い波動がぶつかる。衝撃の余波が暴風を呼び、樹海の木々を大きく揺らした。
「えげつねえな……」
「龍の炎でこれってことは、直撃したら即死だね。どうする?」
「次を撃たせる前に仕留めればいいだけだろう。俺の異能なら、跡形もなく破壊できる」
「なら任せた。僕はこの子を──」
言葉が最後まで紡がれなかったのは、黒龍に異変が見られたから。滾る魔力は衰え始め、唸り声を上げるだけで次の攻撃がこない。
あれだけ圧倒的な力を見せつけたドラゴンは、アダムを一瞥した後に姿を消した。
空に開いた亀裂も、見る見るうちに塞がっていく。
「消えた……?」
「亀裂も塞がったな」
「なんだったんだよ……」
三者三様、疲労を隠しもせずため息を吐いて、アダムと龍はどこかに吹き飛ばされたルークを探しに向かい、蒼は少女を学院の医務室に運んだ。
◆
「なんだなんだ、久しぶりに母校を訪ねてみれば、随分ヤバイことになってんな。こいつは探偵の出番か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます