第94話

 ゲーセンで遊び尽くし、プリクラも撮ってから外に出た頃には、葵はにっこにこの笑顔だった。

 手には二人で撮ったプリクラが握られていて、隣を歩く蓮は照れ臭さを隠しきれておらず、頭の後ろをぽりぽり掻いていた。


「蓮くん蓮くん、これ、どこに貼ったらいいかな?」

「好きな場所でいいと思うよ」

「じゃあスマホカバーの裏とかかなぁ」


 えらくご機嫌に、プリクラをどこに貼ろうか考えてる葵。今は見えていないが、猫耳と尻尾は大層機嫌よくふりふり揺れている。

 手元のプリクラをもう一度見る。自分も蓮も、心底からの笑顔を浮かべていた。腕を絡めて距離はゼロ。ただの友人ではあり得ない距離感。これはもう付き合ってるといっても過言じゃないと思う。


 いや、それで満足したらダメなのだけど。

 未だちゃんとした言葉を伝えたわけでも、伝えられたわけでもないのだから。

 それでも多分、言うなら今日しかない。今日を逃せば、またズルズルと引きずったままになってしまう。


 せっかく愛美や朱音がお膳立てしてくれているのだから。このチャンスを無駄には出来ない。


 プリクラは後で貼る場所を決めるとして、カバンにしまう。手を繋いだ蓮の顔を見上げれば、見つめ返して来た蓮が小首を傾げた。

 そうして言葉を発しようとして。


 突然。

 蓮の前に、黄金の聖剣が姿を現した。


「エクスカリバー……?」

「どうしてこれが……」


 聖剣エクスカリバー。普段はアヴァロンにある、と本来の持ち主が言っていた。必要な時になれば勝手に現れる、とも。

 つまり、今がその時だと。脅威が、敵が迫っている証拠だということだ。


「まさか……葵、結界を視てくれ!」

「う、うん」


 言われるがままに異能をオンにしたが、見るまでもなかった。

 愛美と朱音が張ったであろう強力な結界。それが唐突に割れたのだから。


「嘘、愛美さんたちの結界が……?」

「破られた……街の外になにかいるんだ」


 賢者の石を持つ二人が作った結界だ。並みの魔術師はおろか、灰色の吸血鬼ですら骨が折れるだろう結界が、いともたやすく破られた。

 そもそも、敵を中に入れないためのものだ。だったら外から誰かが干渉したのだろう。


 二人が戸惑っている間にも、状況は動いている。どこからか悲鳴が聞こえたと思えば、その方向からなだれ込むように人々がなにかから逃げてくる。


「行かないと!」


 聖剣を手に取った蓮が、一歩踏み出した。

 けれど、二歩目は続かない。手を繋いだままだった葵が引き止めたから。


「……ごめん、蓮くん。私たちも早く向かわないとだよね」


 それはわかってる。わかってるけど、この時間を終わらせたくなかった。ほんの少しの心残りが、蓮を引き止めてしまった。


 こういう時、真っ先に動ける。葵との時間をフイにしてでも、蓮は見知らぬ誰かを助け、守ろうと動けてしまう。

 そんな彼は、紛れもなくヒーローで。

 だからこそ、なんだ。


 そんな蓮だからこそ、葵は。


「私は、蓮くんのことが、好き……」


 顔がとても熱くなる。心臓はバクバクと大きな音を立てていて、それでも目だけは逸らさない。強い眼差しで見つめる先には、一瞬だけ困惑と驚愕が浮かんでいたけど。

 すぐに柔らかな笑みに変わった。葵の好きな、包み込んでくれるような優しい笑顔に。


「俺も、葵が好きだよ。ずっと一緒にいたい。一緒にいて欲しい」


 その声から流れ込んでくる愛情に、胸を満たされる。蓮の手を自分の両手でギュッと握って、葵は力強く頷いた。


「うん、私もだよ。だから、戦おう。私たちの今を守るために」


 繋いでいた手を離す。

 逃げ惑う人の流れ、その反対側を睨む。その先に、倒すべき敵がいる。葵たちの今を脅かす敵が。


 そして二人は、人の流れに逆らいながら、戦場へと向かった。



 ◆



 膨大な力の塊。

 そうとしか言えないものが徐々に形を持ち、やがて魔物の姿を取る。


 織とカゲロウが目撃した光景だ。

 悲鳴をあげながら逃げ惑う人たちの中、そうやって現れたのは全長一メートル半ほどのドラゴンのような魔物。半透明に近い体は地上に近い場所を滞空しており、腕の代わりに伸びた両翼を見る限りは飛龍ワイバーンと呼ばれるタイプか。


「くそッ、なんなんだよこいつ!」

「カゲロウ、離れてろ!」


 白い翼を広げて白銀の大剣を手にしたカゲロウが果敢に斬り込むが、ドラゴンの鱗には傷ひとつない。僅かに怯んだのみ。その隙を突いて放たれる織の魔力砲撃に、ようやくドラゴンは倒れた。

 元の、魔力のような膨大な力の塊へと戻り、霧散していく。


 今の砲撃は、織も全力に近かった。それでようやく倒せる硬さ。しかし異能の力が絡んでいるようにも見えないし、実際カゲロウの目にも、そのような情報は映されていなかった。


「織さん、カゲロウ!」

「すいません、お待たせしました」


 二人が困惑する中、葵と蓮が駆け付けた。それとほぼ同時に、全く同じドラゴンが何体も現れる。


「悪いな二人とも、せっかくのデートだったのに」

「仕方ないですよ」

「委員長と朱音は?」

「別で動いてる。愛美の方は、出灰翠って子も一緒らしいぞ」

「翠ちゃんが?」


 葵の瞳が、困惑に揺れる。だが詳しいことに拘泥してる暇はないと判断したのだろう。振り切るように首を振って、黒い翼を広げた。手には、同じ色の大鎌を携えている。


「とにかく、こいつらをどうにかしましょう。ここ以外にも出てますよね?」

「何箇所かいるな。そっち、蓮と二人で頼めるか?」

「はい」

「もちろんです」


 二人が転移でどこかへ飛んだのを見て、織は構え直す。ドラゴンの数はすでに十を超えていた。


「グレイの手先、ってわけでもなさそうだな」

「こいつら、マジでなんの情報も視えねえぞ」


 つまり、異能の通じない相手。

 たしかグレイの眷属の悪魔が、異能による干渉を完全無効化しているとも聞いたが。それともまた違う。やつの眷属は全て、その瞳を紅く光らせているのだ。


 しかし、このドラゴンたちは違う。そこに誰かの意思が介在しているようにも見えず、ただその形を取っているだけの、力そのものにしか思えない。


「とりあえず、倒せないことはないんだ。ちょっと骨は折れるが、全部潰すぞ。カゲロウ、いけるな?」

「当たり前だ。誰に聞いてるんだよ」


 白い翼をはためかせ、カゲロウが音を超えるスピードで肉薄する。最も近かったドラゴンの一匹に対して、力任せに大剣を振り下ろした。今度は魔力の乗った一撃。

 派手な金属音を鳴らして大剣は弾かれるが、今度はしっかりと傷が入っている。


「さて、こいつらに通用すればいいけどな……!」


 織も構えた銃から弾丸を放つ。魔力を乗せた弾はカゲロウの攻撃によって怯んだドラゴンの体に刺さり、そこから魔法陣を展開させた。

 魔導収束のものだ。吸収される魔力。ドラゴンはその姿を保っていられず、やがて霧散していった。ただし、その霧散しようとした力さえも、織の魔法陣へと吸い取られていく。


「魔力なのか……?」

「どうやらそうらしい」


 なにかしらの力であることは理解できていたが、まさか魔力だったとは。

 ただ、織たちの持つ魔力とは少し違う感じがする。そう、強いて言うなら、彼方有澄の持つものと似ている、というべきか。


 しかしそうと分かれば、倒すのは簡単だ。

 吸収した魔力を元に、術式を構成する。織の周囲に展開されるいくつもの魔法陣。カゲロウが離脱したのを見て、そこから銀の槍を撃ち出した。


魔を滅する破壊の銀槍シルバーレイ!!」


 放たれた銀槍が、ドラゴンたちの体を貫く。瞬く間に全滅させられた敵は魔力を霧散させ、それも織はしっかりと魔導収束で回収した。


「すげぇ……」


 あまりにも呆気ない結末に、カゲロウは口を開けて驚いている。

 ハウンドのゴーレム相手では実力を発揮できなかったが、これが織本来の力だ。魔物や魔術師相手なら、このように一瞬で終わらせることができる。


「さて、次がお出ましだぞ」


 全滅させたそばから、また敵は姿を現せ始めた。キリがない。恐らくは愛美が大元をどうにかしてくれるだろうから、それまでの辛抱だ。



 ◆



 場所は変わり、棗市北の住宅街。そこにも現れたドラゴンの相手をしているのは朱音だ。

 それぞれの家の中へ避難した住民たちや猫たちのいる公園を守るように結界を張り、それでもなお、朱音は得体の知れない魔物を圧倒していた。


「異能が通用しない……どういうこと……?」


 端的に言えば、斬れない。桐原愛美としての切断能力が通用しないのだ。

 グレイの眷属ではないことは、朱音も察していた。ならば誰の差し金なのか。ここまで異様な魔物、通常なら出現するはずもないのに。

 その上で、ネザーの出灰翠が愛美と行動を共にしていると連絡があった。余計に分からなくなってくる。


 間断なく現れ続ける魔物へ魔導収束の鎖を伸ばしながら、朱音は思考に耽る。

 幸い、得体の知れない力の正体は魔力だった。これなら結界を維持しつつ戦えるし、織の方も問題ないだろう。


 葵と蓮にはデートを中断させてしまって悪いが、あの二人でも十分に倒せる程度の魔物だ。

 多分、これだけでは終わらない。確信のない予感めいたものが、朱音の脳裏にある。


「杞憂に終わればいいけど」


 空中を飛ぶドラゴンの群れに向け、いくつもの鎖を射出する。絡め取られた数体のドラゴンが体を保てずに魔力となって消えていく。

 あとはその魔力を吸収するだけのはずだったのに。


「吸収できない……?」


 霧散した魔力は、そのまま南の方へと流れていった。愛美がいる、恐らくは力の大元がある方へと。


 嫌な予感が的中したかもしれない。舌打ちをしながらも、朱音は戦い方を変えるために、絶対の力を持つドレスを顕現させた。



 ◆



 港町の方に現れたドラゴンを対処していた葵と蓮は、織や朱音と違い魔導収束を持たない。葵の異能も通用しないため、二人よりも苦戦を強いられていた。


「こいつら、強い……!」

「なんで異能が効かないのよ!」


 雷纒を発動させた葵が、怒号と共に雷撃を放つ。体を焼かれたドラゴンは魔力となって霧散し、海の上へ向かって流れていった。


 その先になにかがある。それが分かっていても、異能が効かないのであれば手の打ちようがない。


「こんなことなら、葵に血を分けてた方が良かったかなッ!」


 苦しげに叫ぶものの、蓮の持つ聖剣はドラゴンの体をたやすく両断していた。

 しかし、聖剣の真価が発揮されているわけではない。即ち、このドラゴン自体に誰かの悪意が介在しているわけではないのだ。ただの力としてここに在るだけ。


 裏にいる敵が見えない。

 あるいは、普通の魔物と同じで自然発生したのか。あり得ないとは言い切れないのが今の状況だ。

 グレイの手先でもなく、翠が愛美といるらしいことから、ネザーが糸を引いているわけでもなさそう。


「蓮くん、あれ一層できる?」

「出来るけど、多分倒したそばから湧いて来ると思う」

「それでもいいから、お願い」

「わかった」


 蓮の手にある聖剣が、より一層の輝きを宿した。刀身に魔力が凝縮され、空中のドラゴンへ向けて黄金の斬撃が迸った。


選定せよ、黄金の聖剣エクスカリバー!!」


 陽の光よりもなお明るい輝きが空を包み込む。聖剣の斬撃に体を飲み込まれたドラゴンは、その全てが魔力へと霧散していくが、光が晴れた頃にはまた新しいドラゴンが出現する。


 その瞬間を、葵は目を凝らして見つめていた。自分たちとは少し違う魔力。それ自体は覚えのあるものだ。

 異世界から来たという女性、彼方有澄。彼女の持っているものに近い。ならば完全に異能が通用しないわけじゃないはずだ。ただ、少し使い方を、葵の場合は演算を変えるだけ。


「視えた……!」


 敵の情報、その全てが閲覧できた。

 が、そっちに集中しすぎたらしい。空中のドラゴンが葵に向けて滑空しており、気付いた時には目の前で凶悪な牙を見せていた。


「葵!」


 蓮の方も別に襲いかかって来た相手の対処で忙しいらしい。小さく舌打ちしながら、雷纒の速度で離脱する。反撃しようとした時、しかし別方向から放たれた銃弾の雨に晒され、ドラゴンはその姿を霧散させた。


 そちらへ視線を向ければ、完全武装したハウンド小隊の四人が。前面には先日のゴーレムも展開させている。


「遅れてすまない。ハウンド小隊、ただ今より敵性生物との交戦を行う。初仕事だ、各員抜かるなよ」

「了解」

「演習の成果を見せる時、ってやつっすね!」

「早乙女、これは実戦だぞ! 真剣にやれ!」

「分かってるっすよ。相変わらずお堅いなぁ金森先輩は」


 四人それぞれとゴーレムが空中のドラゴンへと銃撃を開始した。頼もしい援軍だ。あの銃弾も、恐らくは緋桜から報告にあったものだろう。対魔物用の特殊弾。グレイすらも驚嘆させる、ネザーの技術を注ぎ込んだ魔力阻害の効果を持っている。


 ただそれでも、小隊の四人は葵たちと違って身を守る術を持ち得ない。ゴーレムを盾に戦うとはいえ、魔術師のように魔力による防護壁を使えるわけでもないのだ。

 そこは葵と蓮が上手く立ち回るしかないだろう。


『こちらハウンド小隊指揮官のクリスだ。葵、聞こえているかい?』

「クリスさん?」


 翼をはためかせて宙を飛べば、クリスから魔術的な通信が入った。迫り来るドラコンをいなしながら、葵はクリスの話を聞く。


『そのドラゴンだが、一応は魔力で構成されているらしい。その点は通常の魔物と同じだ。でも、倒されて霧散した後の魔力が一箇所に集まっている』

「多分ですけど、そっちには愛美さんがいます。大丈夫だと思いますけど……」

『天下の殺人姫がいるなら心強いね。けれど注意してくれ。一箇所に集まった結果、何が起こるのか全く予測できないんだ』


 今もまた、葵の大鎌に切り裂かれたドラゴンの一体が魔力となって霧散し、海上へ流れていった。その先には、たしかに二人の魔力が感じられる。

 愛美と翠、二人のものが。


「普通なら、こういう場合どうなるんですか?」

『なにかしら大規模な魔術の下準備、といったところかな。禁術相当のものを持ってこられてもおかしくはないよ』


 学院から使用することを禁じられた、忌まわしき魔術。それが禁術と呼ばれるものだ。学院本部の指定した魔術師にしか取り扱うことは許されておらず、裏の魔術師が悪用することもしばしば報告されている。

 それほど危険なものに相当するなにかが、起ころうとしているということなのか。


『それと、そろそろそこを離れてくれ』

「……?」


 疑問に思いつつも、ハウンド小隊の面々が距離を取ったのを見て、葵も地面に降り立つ。蓮も小隊メンバーと共にゴーレムの影へ避難していた。


『それじゃあナナ、頼むよ』

『ええ、任せてちょうだい! 見ていてね葵! わたしの力!』


 通信に割り込んで来たのは、幼い声だ。魔術的な通信にも関わらず割り込めたことに驚いたが、その数秒後に更なる驚きが。


 なんの前触れもなく、空中のドラゴンたちが爆ぜた。轟音が腹の底まで響き渡り、思わず耳を抑えてしまう。

 爆発による攻撃などではなく、ドラゴンたちを起爆剤として、だ。


『どうかしら! わたし、役に立てた⁉︎』

「う、うん……」


 これが、あの少女の力。すなわち異能なのだろう。視認した対象を起爆剤として、爆発を起こす異能。なんとも恐ろしいものだ。


 今の光景を見る限り、異能が全く通用しないわけではない。葵の情報操作も、演算方法を変えれば通用した。

 力の、あるいは存在の質が違うのだ。いつも通りに使っても意味がない。

 まあ、他のメンツは異能が効かない程度ではどうにも出来ない人たちばかりだけど。


 早速次に構える葵だが、しかしこれまでと違い新たなドラゴンが現れることはなかった。


「次が来ない……?」

「必要な量が集まった、ってことかな」


 駆け寄って来た蓮の言葉は頷けるものだ。一箇所に集められた魔力。禁術相当のなにかが起きる、とクリスは言っていた。

 ならばこれから、そのなにかとやらが起きるのか。あるいは、愛美と翠が力の大元を絶ったのか。


 警戒を解かない二人のすぐ近くに、はるか遠く、海上から何かが飛来してきた。

 驚いて振り向いた先には、ボロボロになった出灰翠が倒れている。背に伸ばした灰色の翼は、今にも消えかけていた。


「翠ちゃん⁉︎」

「大丈夫か⁉︎」


 駆け寄り、蓮が魔術による治療を施す。その上で葵も異能で治療し、翠はか細い声を発した。


「逃げて、ください……あれは、わたしたちが勝てる相手じゃない……」


 自分たちと互角に戦う、ネザーの少女。その翠が、恐怖に震えた声で言ったのだ。

 遅れて、とんでもない力の奔流を感じ取った。吐き気すら催すほどの圧倒的な力。本能の部分で判断する。

 この力には、どうあっても勝てない。抗えないと。


「なんだこれは……クリス、どうなっている⁉︎」

「うぇっ、気持ち悪いんすけど……」

「気をしっかり持て早乙女!」

「……っ」


 魔術師ですらない小隊の四人も感じ取るほどだ。おそらく、街の各地に分かれている他の三人も気付いているだろう。


 どこか遠く、海の方から。甲高いなにかの鳴き声が聞こえた。


 本能的な恐怖と生理的な嫌悪感が湧き上がるそれが聞こえた後のことだ。


「全員逃げなさい! 今すぐにッ!!」


 頼れる先輩の、怒声が響いた。

 しかし、遅い。それは悪手だったと言わざるを得ない。


 その声に対する反応はそれぞれ。危険を察知した葵と蓮は全魔力と異能を稼働させて防護壁を張ったが、ハウンドの面々は呆気に取られるだけ。


 それが、命の分かれ目だった。


 襲いかかる黒い波動。自分の身を守ることに精一杯な葵と蓮は、それでも横目に見えてしまった。空間ごと抉られ、黒一色に飲み込まれた、ハウンド小隊の四人を。


「っ、そんな……!」

「くそッ……!」


 四つの命が一瞬にして消えたにも関わらず、黒い波動はなおも収まらない。

 さすがに限界だ。ここまで持っているのが奇跡に等しい。苦しげに表情を歪める中、葵の魔力が尽きかけようとした時。ようやく、謎の攻撃は収まった。


「はぁっ……くッ、村雨さんたちは……⁉︎」


 翼も刀も消え、地に膝をついた葵は、辺りを見渡す。

 村雨たちはいない。塵一つ残さず、この世から消えた。それだけじゃない。


「嘘……街が……」


 あれだけ栄えていた街並み、近くにあったショッピングモールも、オフィスビルも、全てが消えて、更地同然と化していた。


 駅までは届かなかったらしいが、街の南半分はなにも残っていない。

 そこに一体、街の人たちは何人いた? まさかそれら全ての人たちが、今の一撃だけで消えたというのか?


「葵、今のうちに!」


 蓮に抱き寄せられ、言われずとも真意を察して首筋に牙を突き立てる。蓮も魔力の殆どを消費した後だ。躊躇いは生じたが、選択の余地はない。

 血を喉に流す。力が溢れる。枯れかけていた魔力が湧き出て、鋭利な黒い翼が背中に伸びた。


「ごめん、ありがとう蓮くん」

「いいよ。俺は聖剣からの供給があるからさ」


 再び刀を現出させて構える。

 海上から、巨大な黒い影が飛来した。

 全長五メートルは越すであろう黒いドラゴンだ。先ほどまで相手にしていたやつらとは、明らかに違う。その力も、存在感も。

 逞しい四肢には凶悪な爪。背中には大きな翼を生やし、口からは黒い炎のようなものが漏れていた。


 勝てない。どうしようもない。戦わずとも分かってしまう。恐怖で足が竦む。


 そんな葵の前に、振袖姿の殺人姫が降り立った。それだけじゃない。ドラゴンを中心に三角形を描く形で、彼女の家族である二人が立っている。


「織、朱音、全力で抑えるわよ! ドレスも魔眼も全部使いなさい!!」

「任せて!」

「分かってるっての! 位相接続コネクト!」


 ロングコートと仮面を纏う朱音に、黒い燕尾服とシルクハットの織。そして愛美の三人が、同時に魔力を解放した。


「術式解放、其は万象を拒絶せし巨人の檻!」


 空から降ってきた鉄の檻が、黒龍の巨体を閉じ込めた。息のあった三人による、即興の同時詠唱。それぞれの構成した術式が複雑に絡まり合い完成する、堅牢な檻。その上で位相の力も幻想魔眼も全てを全力で稼働させ、それでようやく、なんとかギリギリ抑えられてる状況だ。


「■■■■■■■■■■ーーーーー!!!!」


 咆哮が響く。ただそれだけで檻がひび割れ、三人は苦しげに顔を歪めた。最強で絶対であるはずの力を使っているのに。

 そんなもの意にも介さず、黒龍の力は徐々に檻の外へと漏れ始める。


「くッ……織!」

「やってるよ! でも、こいつらさっきまでのチビドラゴンと違う、マジで魔眼が通用しない!」

「だったら、これでっ!」


 檻を維持しながら、朱音が銀炎を放つ。檻を更に囲むようにして広がった銀色は、その内部にあるものの全てを静止させた。黒龍も、それを閉じ込める檻も。

 すなわち、空間内の時間凍結。黒龍自体ではなく空間に作用しているためか、あるいは時間という絶対の概念に作用しているためか。

 これでようやく、黒龍をどうにか抑え切ることに成功したのだ。


 術式を手放した三人が地面に降り立つ。三人とも息を切らしており、いかにこのドラゴンが異常な存在かを物語っていた。


「ったく、どうすんのよこいつ」

「魔眼もドレスも、なんも通じなかったぞ」

「蒼さんに報告だね」

「もう来てる」


 へたり込む三人の頭上に、耳慣れた声がかけられた。

 顔を上げれば、眉間に皺を寄せた人類最強が。その隣には彼方有澄が、背後には剣崎龍とルークの四人。

 近くにカゲロウもいることから、彼が呼んできたのだろう。頼もしい四人の登場に、葵はようやく人心地ついた気分だ。

 感じていた恐怖も和らぎ、足の震えも収まった。

 それでも、状況が好転したわけじゃない。

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