第53話
「異能が通じない悪魔か……」
学院長室に集まったのは、あの場に居合わせた葵と蓮、悪魔を撃退した朱音とサーニャ。そして学院長である小鳥遊蒼の五人だ。
事務所の前で倒れていた少年は、医務室に運んだ。かなりボロボロの傷だらけだったので、有澄が治療を行ってくれている。
「異能が通じない、というのは要検証ですが。異能自体がダメなのか、私の未来視がダメなのか。仮に異能そのものを無効化するにしても、その範囲も曖昧です。事実、葵さんは異能でここまで転移してます」
「うん。特になんの問題もなく使えてた。あいつらの情報も、ちゃんと見えてたよ」
力強くそう言えば、室内の全員が視線を向けた。
黒霧葵の異能は情報操作。その副作用として、あらゆる情報をその目に映している。オンオフの切り替えもできる優れものだ。
その葵がやつらを視認し、その情報を見たということは。つまり、たった一度の邂逅だけで攻略法が分かってしまう。
「やつらが言ってた通り、グレイに作られた悪魔って言うのは本当です。グレイの異能によって生み出され、たしかに異能を無効化させる力を持ってる。でもそれは、やつらに干渉するものだけ。私の目みたいに視るだけなら大丈夫だけど、間接的に未来の行動に干渉する未来視とか、愛美さんの切断能力みたいなのとか。そういうのは効かないです」
朱音の未来視が不発したのは、そういう原理だったわけだ。
となれば、銀炎すらも効かないということになる。朱音の持つ異能は全滅。逆に、サーニャの氷結能力は直接干渉しない限りは無効化されない。葵の情報操作に関しても、直接やつらの情報を操作することはできずとも、情報を視ることはできる。
打つ手がないわけではない。そもそも、この場にいるのはひとりの吸血鬼を除いて、全員が魔術師だ。異能が通用しないなら魔術で圧倒するだけ。
「悪魔、っていうのは? あの時葵が呟いてたけど」
「正確には人造悪魔なんだけどね。吸血鬼の遺伝子を元に、一から生命を作り出したみたい。サーニャさんが最初に勘違いしたのはそれが理由だと思います」
一から生命を作り出した。言葉にすれば随分と安っぽく聞こえるそれが、果たしていかに困難で、いくつの禁忌に触れているのか。
そもそも、グレイの異能は物質創造ではなかったのか。残念ながら、葵の目はそこまでの情報を映してくれなかった。
「本来の悪魔って言うのは、大体伝承通りの存在だよ。人間に召喚され、人間に契約を持ちかけ、人間の魂を奪う。そう言う存在だ」
「だが、それこそ伝承によって悪魔の定義も変わってくるのでな。吸血鬼と悪魔を同一視されることもある。だがどのような伝承、伝説であれ、悪魔が強い力を持っていることは変わらん」
蒼の説明にサーニャが補足を入れた。
人造悪魔であるあの二匹も、魂に作用するなんらかの能力があると見て考えるべきだろう。魂に宿るとされる異能を無効化するくらいなのだから。
「そしてやつらの目的らしき、あの少年か」
「葵さん、あの人については?」
その問いには首を横に振る。あの時は怒りに我を忘れてしまい、あの少年を視る余裕はなかった。
わけではない。
視えなかったのだ。なにひとつとして。
ここに転移してきた時も、有澄に預けてた時も、葵は何度も視たのに。それこそ、無効化されてるとしか思えない。
「やつについては、我が知っている」
声をあげたのは、銀髪の吸血鬼。知っていると言う割に、その表情には困惑が混じっている。そして語られるのは、驚愕の事実で。
「やつの名はカゲロウ。我らの敵、グレイの息子だ」
◆
明けて翌日。気温が三十度近くまで上昇した現在、湿気も多く蒸し暑い七月だ。しかし雨が降る気配など微塵もなく、天気は雲ひとつない快晴。
青空の下、魔術学院日本支部の二年生たちは、校庭に集まっていた。
「よし、全員集まったな。それじゃあいつも通り、戦闘訓練を始める。今日はルークが相手だ。死なない程度に加減してくれるとは思うが、お前らは殺す気でかかれよ」
不穏な言葉を言い放つのは、二ヶ月前に教師としてやって来た小鳥遊蒼の仲間。剣崎龍だ。その隣では、龍と同じく蒼の仲間であり新任教師のルークが、準備体操に軽く柔軟をしている。
二人は主に、生徒達の戦闘訓練を見ていた。魔導具作りが本職の龍と戦闘狂のルーク。この二人では座学を教えることは無理らしい。
「さて、今日はボクに一撃当てられる子が出てくるかな?」
小柄な体躯に金髪のポニーテール。可愛らしい見た目をしているが、こんなでも年齢は三十近い。おまけに人類最強の男をして、純粋な強さならルークの方が上だ、とまで言わしめるほどの実力。
そんなルークを相手に、同級生たちが順番に戦っていく。当然まともに戦えるものなどおらず、生徒たちは呆気なく倒されていく。
その光景を眺めながら、葵は昨日のことを考えていた。
桐生探偵事務所の前で倒れていた、あの少年。サーニャ曰く、仇敵グレイの息子。
なぜサーニャがそんなことを知っていたのか。そこまでは語ってくれなかった。もしくは、学院長にのみ話しているのかも知れないけれど。
カゲロウと呼ばれたあの少年を今後どうするのか。どうやらまだ目覚めていないらしいが、敵ではないことはたしかだろう。
グレイの生み出した悪魔に追われていたのだ。こちらに友好的かどうかはさて置くとして、グレイと敵対していることに変わりはない。同時に、グレイの息子という点も、変わらない事実だが。
こんなことを葵が考えていても仕方ない。人任せにするようで嫌だけど、具体的なところは蒼やサーニャたちが決めてくれるだろう。
昨日痛感したばかりだが、今の自分には力が足りないのだ。
そりゃ同級生たちと比べたら、頭一つ抜けている自覚はある。強力な異能と特殊な魔術を操る葵は、一年から三年を含めた全生徒の中では、間違いなく最強だ。織と愛美がいない今、そこは疑いようがないし、葵としても自覚と自負がある。それだけの仕事を、学院側からも任されている。
だが、それでもまだ足りない。朱音やサーニャ、自分の兄たちと比べると、あまりにも経験不足が目立つ。
もっと強くならなければ。身も心も。
いつでも強く正しく在り、葵の前に立っていた、尊敬するあの先輩のように。
思考の海から浮上して視線を向けた先では、友人の蓮がルークと相対していた。
蓮の使う魔術は、一対一に向いていない。集団戦の援護でようやく真価を発揮するものなのだが。それではダメ、ということだろう。
今の世の中、どこでなにがあるのか分かったもんじゃない。基本的に葵とツーマンセルで依頼に向かう蓮。葵が前衛を任されているが、もしも彼一人の時に強力な魔物と遭遇したら。
蓮自身も、そういった考えは頭の中にあるはずだ。しかし、現実はそう上手くいかない。
距離を保ちながらも善戦していた蓮だったのだが、ルークはなんと、自身を包囲していた強靭な糸を全て斬り裂き、瞬く間に蓮へ肉薄した。
異能なんて使っていない、ただ魔力を帯びただけの剣で。
懐まで潜り込まれれば、蓮になすすべはない。ついぞ一撃も当てることなく、蓮もリタイアとなってしまった。
「お疲れ様、蓮くん。どうだった?」
「やっぱ無理だ。いくつか新しい術式も試してみたんだけど、何一つ通用しなかった」
戻ってきた蓮に労いの言葉をかけるが、どうにも消沈した様子だ。おそらく、相手がルークでなければ通用していたのだろう。特に理性を失ったグレイの眷属たる魔物ならば、蓮の魔術は有効に働くはずだ。
とはいえ、蓮の魔術がルークの体に擦りもしなかったのは事実。そりゃ自信だって無くしてしまう。
「俺よりも、葵の方はどうなんだ?」
「私?」
「ほら、今日結構暑いだろ?」
「あー、そのことね……」
空を指差した蓮に、葵は苦笑を返す。
黒霧葵という体の特徴なのか、どうにも暑い日に弱いのだ。それだけでなく、太陽の光も苦手だ。あの二人がいた頃からそれはずっとで、今の葵も変わらない。
蓮の懸念通り、今日の葵は本調子じゃない。体が全体的に怠いし、照りつける太陽はチクチクと肌を刺す。夏は毎年同じ症状に見舞われていた記憶があるが、今年は記憶にあるどれよりも酷い気がする。
「大丈夫、とは言えないかな。ちょっとつらいけど、休むわけにもいかないしね」
「無理はするなよ? それで倒れたりしたら、元も子もないんだからさ」
「分かってるって。いざとなれば異能で無理矢理ブーストかけるし、そんなに心配することないよ」
気丈に振る舞ってみせるものの、やはりつらいものはつらい。逆に夜なら、この時期でも太陽の光はないし、いつだって絶好調なのだが。
本当、吸血鬼みたいだな、と内心で苦笑する。だが葵は紛れもなく人間だ。吸血鬼から生まれた覚えもなければ、吸血鬼に成ったつもりもない。
「次、黒霧!」
龍に名前を呼ばれ、蓮に一言断ってから前に出る。
眼前で好戦的な笑みを浮かべているのは、自分よりも遥かに格上の相手。
「次は黒霧ちゃんか。ボクもちょっと本気出さないとやばいかな?」
「お手柔らかにお願いします」
それだけの言葉を交わし、葵は刀と翼を現出させた。
◆
校舎の二階から見下ろした校庭では、三対の黒い翼をはためかせた少女と、金髪ポニーテールの小柄な女性が戦っていた。
未来でもその実力を幾度となく発揮していたルークに、葵は果たしてどこまで食い下がれるのか。興味を持つ朱音だが、残念なことにいつまでも眺めているわけにはいかない。
ここの教師として雇われた朱音だが、教師以外の仕事も控えている。
所長である父が不在となってしまった、探偵事務所の仕事だ。
とはいえ、依頼があるわけでもない。近頃の事務所の仕事といえば、街の見回り程度。昼間にも魔物が出現するようになってしまったから、それは朱音の日課となっている。
そもそも見回りだってそこまで必要ではないのだが。
現在の日本全土は、小鳥遊蒼による結界で囲まれている。
なにも日本を孤立させたとか、そういった話ではなく。この島国の中で起こる魔術的な事件を、感知するための結界だ。
しかし範囲が広い故に、そこまで複雑な効果は得られない。感知されるのは事件が起こった時。例えば魔物が出現した時や、裏の魔術師が悪さを起こした時など。リアルタイムで蒼が常に監視していて、それに合わせて学院から魔術師が派遣される。
だが、それではどうしても後手に回ってしまうのだ。
そこは仕方ないと切り捨てるしかないのだろう。けれど朱音は、せめて自分の住む街の人々くらい、自分で守りたかった。あの街の人たちが安心して暮らせるように、危険の目を摘む。
その日課も、昨日はサーニャにあんなことを言われたり、その後の騒動なりでこなせなかったのだが。
カゲロウと呼ばれたあの少年に関しては、ひとまず目が覚めるまで保留だ。朱音としては、それよりも気になることがあった。
カゲロウとシラヌイ。
あの悪魔は、たしかにそう言った。
カゲロウがあの少年だったとして。ならばシラヌイとは、果たして誰を指していたのか。
まずそのカゲロウにしても、不明な点が多すぎる。朱音のいた未来では、グレイの息子だなんて存在はいなかった。未来のサーニャからも、その様な話は聞いていない。
「怪しいのは、異能研究機関……」
これまでもその影をチラつかせ、未来においても全容が明らかにならなかった組織。
幻想魔眼の研究をしていた関西支部の例もある。怪しさだけでいえばピカイチだ。
「今のところは、緋桜さんに任せるしかないかな」
現状で朱音がネザーに打てる手はない。だから今は、そこに所属している男に任せるしかないか。
小さく嘆息して、事務所の前へと転移する。中に入れば、白い狼が出迎えてくれた。
「ただいま、アーサー」
母親から一時的に魔力パスを譲り受けている使い魔。新雪の様に白い毛並みを持つ狼は、朱音にモフられてされるがままだ。
昨日は朱音の代わりに街の見回りをしてくれていたから、あの悪魔がやって来た現場には居合わせなかった。
「昨日はごめんね、見回り任せちゃって。今日は一緒に行こっか」
荷物を置いて、フードとマスクを手に取る。
もう使わないと思っていたそれは、現代にやって来た時に正体を隠すため使用していた、認識阻害のもの。
アーサーにも同レベルの認識阻害をかけ、再び転移する。
よく買い物をする商店街より少し南、駅の方の繁華街にある高層ビル。その屋上にやって来た朱音とアーサー。
棗市で一番高いそのビルは、街の全方位を見渡せる。
概念強化を施した目で、街を見下ろす。今のところ、特に異変はなさそうだ。
世界の在り方が変わってからの二ヶ月。その間、昼の棗市に魔物が現れたのは七回。どれも朱音が見回りの最中だったから良かったものの、学院にいるタイミングでは直ぐに対処できない。
その辺りは今後の課題だ。いっそのこと街全体に結界を張り巡らせようかとも思う。学院の仕事なんて、どうせ途中で放り出しても問題はないのだし。感知したその時点で街に戻って来ればいいだけだ。
考え事もこの辺にしておこう。
さて今日はどの辺りから見て回るか。そう考えている最中。異変を察知した。
「これは……魔物じゃない、かな」
丁度このビルの下。駅の方から、異常な魔力を検出する。アーサーが警戒した様に唸りを上げ、その先を睨んでいた。
間違いない。裏の魔術師。それも石持ちだ。
『朱音、今どこにいる?』
突然脳内に飛び込んで来た声は、日本支部学院長のもの。やはり、このレベルになると蒼が感知するのも早い。
「街にいます。石持ちが現れました」
『気づいてるなら良かった。任せてもいいね?』
「もちろんです」
『気をつけて』
通信が途切れる。気をつけて、とは。誰に言っているのか。だがまあ、それも蒼の優しさなのだろう。そして同時に、信頼もされている。それを裏切らないためにも。街を守るためにも。
朱音は、もう負けるわけにはいかない。
「行くよ、アーサー」
ビルの屋上から駅前の広場へと、一人と一匹は転移した。突然姿を現したことで、近くを通っていた男性が驚きの声を上げる。
突き刺さる視線。悪意のこもった囁きが、朱音の耳にまで届いてくる。
「魔術師だ……」
「また街で暴れるつもりか?」
「勘弁して欲しいわよね。いくら化け物退治してるって言っても、こんなところでやらないで欲しいわ」
心が、軋む。
隠そうともしないその悪意に、仮面で覆い隠した表情が歪む。アーサーが心配そうに見上げてくるが、なんでもないとかぶりを振った。それより今は、石持ちの魔術師を探さなければ。
これが、フードとマスクを再び被った理由。
魔術師に対する世間の目は、とても厳しいものだ。魔物という怪物を倒し、一般人を守る。だがその一般人からすれば、魔術師だって魔物と変わらない。魔術という得体の知れない力を振るう化け物だ。
この棗市でも、そんな世間と変わらぬ目を向けられる。故に、朱音はこの仮面で正体を隠さなければならなかった。
両親が勝ち取った街の信頼。それが崩れてしまえば、桐生探偵事務所がどうなるか。朱音には分かっていたから。
魔力感知の精度を上げる。
平日の昼間でも多くの人が行き交う駅前の広場だが、朱音にとっては人の多さなど関係ない。
「見つけた……アーサー!」
主の命を聞いた白い狼が、人々の合間を縫って駆ける。
その先にいるのは、年老いた男性だ。杖をつき、これといった特徴もないいたって普通の老人。その腕に、狼が牙を突き立てた。
周りの通行人が悲鳴をあげるのは、もはや必然だろう。
「ば、化け物が出たぞ!」
「やっぱりあの魔術師、ここで暴れるんじゃないか!」
「でもあの狼みたいなの、この前は人を守ってた様な……」
「関係ないよそんなの! 早く逃げないと!」
広場はあっという間に阿鼻叫喚。逃げ惑う人たちの中には、かつて事務所に依頼して来た人だっていた。
胸の痛みは見て見ぬ振り。大丈夫、これくらいはなんともない。両親と敵対した時と比べれば、些細なものだ。
「くそッ、なんじゃこの魔物は!」
アーサーが噛み付いていた老人が、魔法陣を広げた。複雑な構成の術式。込められているのは濃密すぎる魔力。その量や質は、朱音以上のもの。
二つ、いや三つは取り込んでいるか。
後退するアーサーに向けて、魔力の槍が放たれる。出現しただけで空間を歪めたそれが、音を超える速度で飛来する。
咄嗟に懐から短剣を抜いた朱音が、アーサーの前に出て槍を斬った。粒子となって霧散する魔力。出来るなら、周囲に被害は加えたくない。
「お主まさか、ルーサーとかいう者か?」
「私を知ってるなら話は早いですね。死ぬ準備は出来てますか?」
「はっ! 粋がるなよ小童が。知っているぞ。お主、あの魔女ほどに賢者の石を使えないのだろう。オリジナルを持っているとは言え、同等のものを多く持っている儂には勝てぬわ!」
どうやら優れているのは、魔術の腕だけらしい。頭の方は残念ながら残念のようだ。
たしかに、グレイが作り出した賢者の石は、魔力という点においてオリジナルと同等だ。異なるのはそこに魔術が記録されているか否か。それも結局、賢者の石自体の数で覆せるほどの差しかない。
が、この老人は履き違えている。
朱音は桃ほどに賢者の石を扱えない。事実だろう。朱音が宿しているのは、あくまでもカケラだ。その殆どが未来のグレイに奪われてしまっている。桃が持っていて、今は両親に託された石ほどに術式は記録されていない。
もちろん、レコードレスも。
そう。そのレコードレスに対して。老人はあまりにも無知だった。
「
小さく呟かれたのは、魔術の詠唱ではない。
仮面の敗北者を中心として魔力が渦巻くが、魔法陣の展開すらないのだ。
光に包まれる華奢な体。
桃瀬桃の使っていたレコードレスは、あくまでも再現に過ぎない。魔術という形で強引にその力を模したもの。
真なるドレスは、魔術でも異能でもないのだから。
キリの人間である桐生朱音には、その力が備わっている。
「
光が晴れて、朱音が姿を現す。銀のラインが入った黒いロングコートを羽織り、朱色のスキニーパンツを履いていた。右手の甲には、半透明の石のカケラが埋め込まれ露出している。
魔女とは違った、現代風のファッション。
これが、桐生朱音のレコードレス。
「もう一度問いましょう。死ぬ準備は、出来てますか?」
「舐めおって……!」
老人が怒りのままに、火球を放つ。初歩的な元素魔術ではあるが、秘められた破壊力は絶大。熱が大地を焦がし、射線上の全てを焼き尽くす勢いで朱音へと迫る。
それに対して仮面の敗北者は、得物すら持たず、ただ右手を前に掲げるだけ。それだけの動作で、火球が動きを止めた。
矛先が術者であるはずの老人へと変わる。驚愕に目を見開きながら、それでも老人は己が魔術だった火球を辛うじて回避した。
何が起きているのか理解できない。
いや、事実を羅列するだけなら出来る。魔術の制御を奪われたのだ。
「私のレコードレスは、桃さんのよりも奪うことに特化しています。その代わり、フィルターの向こうから魔力を引っ張ってくることはできませんが。分かりますか? あなたが魔術を使おうが、仮に異能を持っていようが、全て私のものになるんですよ」
それは老人にとって、あまりにも絶望的な情報だ。まさしく文字通り、打つ手がない。
手に入れた賢者の石も、長い時間を費やして研鑽した魔術も。その全てが無駄になったのだから。
「それがどうしたと言うのだ! お主が魔術を奪おうが、儂にはまだこれがある!」
杖から仕込み刀を抜き、老人とは思えぬ俊敏さで肉薄してくる。
それこそ、朱音の思う壺だとも知らず。
「
仕込み刀が空を切り、首が飛んだ。
剣術に自信があったのかは知らないが、亡裏の体術を使う朱音に接近戦を挑もうなどとは愚の骨頂。ドレスの力を使うまでもなく、単なる概念強化による一撃で、老人は命を散らした。
「誰の前で、誰の街に手を出そうとしてたのか。そこが理解できていなかった時点で、あなたの死は決まってたんですよ」
返り血で汚れたコートを消し、元の学生服とフードの姿に戻る。
遠巻きに眺めていた群衆は、すでに一人もいない。老人の首が飛んだ場面も、誰も見ていなかった。一般人にはあまりにもショッキングだ。
そのことに安堵し、朱音は死体を処理すべく、アーサーと共にどこかの山中へと転移した。
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