第4話

 とある地方都市。桐生織が生まれ育ったその街には今、多数の魔術師が出入りしていた。

 織は知らなかったようだが、彼の両親は魔術世界でそれなりに名の通った魔術師だったのだ。魔術絡みの事件をいくつも解決に導き、同時に、敵も多く作っていた。

 直接関わりのなかったものでも、桐生凪と桐生冴子の死を喜ぶものは多くいた。


 桐生探偵事務所とは、魔術世界において大きな抑止力の一つとなっていた。あの二人が生きているというだけで迂闊な動きが出来ない魔術師がいた程に。


 その二人が死んだのだ。まるでハイエナの如く、その事件現場を調べようとする魔術師がいてもおかしくはない。


 だが、主に二つの要因が絡まり、それは不可能に近くなっていた。


 一つは桃瀬桃が張った結界だ。人払いと魔物避け。文字通りの効果を発揮するその結界は、しかし術者の力量によってとんでもなく高度な結界へと昇華している。

 この街自体から魔物を遠ざけていることも然りだが、問題は人払いの方である。

 人払いは、人間の無意識を突くものだ。意識から逸らし、認識できないようにする。桃の許可した人間以外は、事務所に立ち入ることは疎か近寄ることすら出来ない。

 しかしそれでも、その道に卓越した魔術師であれば一人や二人は結界を突破することができる。


 問題は、もう一つの要因。

 こちらはあくまでも、桃や桐原愛美、それどころか魔術学院すら関わっていない。彼ら彼女らにとっても幸運と呼ぶべきもの。


「全く、これで何人目ですか。あの人たちが有名だったらしいことは伝え聞いてたけど、まさかこんなにもハイエナが群がるなんて」


 嘆息して呟くのは、フードとマスクを被った少女。しかしそのマスクには認識阻害の魔術が掛けられている。

 目の前で尻餅をつく男の魔術師には、少女の顔は疎か性別すらも分からないだろう。


 右手に持った短剣で空を切り、付着した血を飛ばす。たった今、男の右腕を切断したことにより付着した血。


「お、お前っ……! 学院の関係者か⁉︎」

「違いますが。私が生まれた頃には、魔術学院なんて碌に機能していませんでしたから」

「な、なら、なにもの──」


 残っていた左腕が、いとも容易く男の体から離れていった。斬られた。なぜ? どうしてこうも簡単に、人体を切断することが出来る?

 疑問を口にすることが出来ない。それよりも、恐怖によって男の体は支配されているから。


「そちらの質問に答える義理はありませんが。ただし、こちらの質問には答えてもらいます」


 右手に持つ短剣ではなく、左手に持つハンドガンの銃口が向けられた。そこには濃密な魔力が感じ取れる。

 下手な真似をすれば、即座にそれを射出、男の頭は粉微塵に吹き飛ぶだろう。


 もはや此の期に及んで恥も外聞も関係ない。命が助かるならと、男は首を何度も縦に振る。


「桐生凪と桐生冴子の死亡は、学院が秘密裏に処理したはず。いずれ漏れる情報とはいえ、お前たちがこの街に来るのはいくらなんでも早すぎる。誰に聞いた?」


 いくら魔術の総本山である学院が秘密裏に処理し、隠蔽に努めたとしても。人が二人も死んでいるのだ。必ずどこかでボロが出る。学院とて完璧に万能なわけではない。

 しかし、その情報が出回るのが早すぎるのだ。ならばそこに、誰かしらの介入を見るべきだろう。

 少女の推測が正しければ、おそらくは。織の両親を殺した犯人。


「吸血鬼だ! 男の吸血鬼が、裏に潜ってる魔術師に情報を回している!」


 ビンゴ。

 自分の推測に対する裏は取れた。今まで同じように拷問まがいのことをしても誰も吐かなかったが、あの二人が再びこの街に来るまでにこの情報を得られたのは大きい。

 中には手足を全て切断し、ダルマになっても吐かなかったやつまでいた。いや、正確には喋ることができなくなった、というべきか。なにせ拷問なんてやったことがないし、加減が分からないから面倒だ。


 なんにせよ、こうして裏が取れた。


「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、せめて楽に殺してあげますよ」

「な──」


 引き金を引いた。

 しかしそこに存在していた魔力が放出されることはなく、男の体が銀色の炎に包まれた。

 絶叫を上げる間も無く、男の体が崩れ落ちる。銀の炎から解放されたその体は、干からびて皺だらけの老体へと変わっていた。

 一体自分の体になにが起こったのか。男はそれすら理解できぬまま死んでいっただろう。


「ふぅ……」


 この時間に遡ってきたあの日から、八日が過ぎた。当初は魔術も異能も使えなくて焦ったが、なんとか食糧を確保し空腹を満たしてからはなんの問題もない。


 強いて上げるなら、この男のように街に出入りする魔術師、それもハイエナじみたことをしようとする輩が増えていることか。

 お陰で自身の調子がどの程度なのか確かめられるが、あの二人が来るまでの間、現場である事務所には誰も近寄らせるわけにはいかないのだ。一体何人の魔術師がいるのか。


 少なくとも、少女がいた未来に存在していた魔術師よりも、この街で少女が屠った数の方が多いだろう。


「さて。異能も問題なく使えるし、次に行くかな」


 マスクで隠れた少女の両目が、橙色に輝く。


 誰にも知られぬ路地裏で、彼女は来るべき未来を見つめていた。



 ◆



 愛美と桃に連れられて学院の中を歩くこと十数分。ようやく目的地に辿り着いた織の目の前には、学院長室と書かれているプレートが掲げられた扉の前にいた。


 この学院、見た目以上に広大だ。

 いや、そもそも富士の樹海の中にあるのだ。織が転移で降り立った校門からではその全貌は見渡せなかったが、それにしたって広い。端から端まで移動するには更に倍の時間、三十分近く必要なのではなかろうか。


「じゃ、入ろっか」


 ノックをすることもなく、桃がその扉を開く。

 部屋の中はやはり広かった。右手前には応接用らしきソファとテーブルがあり、左手側には魔術に使われる道具、魔導具と呼ばれるものが多く並んでいる。

 そして、部屋の一番奥。窓に近い場所にはいかにもな机と椅子があり、そこにひとりの老人が座っている。


「おまたせ、南雲。桐生織くんを連れて来たよ」

「ご苦労でしたな、魔女殿」

「その呼び方、辞めてって言ってるよね? いつになったら聞いてくれるかなぁ」


 苦い顔をする桃に、しかし老人は笑ってみせるだけだ。

 その笑みを収めた老人が、真剣な顔で織に向き直る。自然、織の体は緊張で強張った。


「君が桐生織くんだね。ようこそ、魔術学院へ。私がここの学院長を務めている、南雲なぐもじんだ。君の両親のことは、非常に残念だった」

「俺の両親を、知ってるんですね」

「ああ。あの二人が在学中、私はまだ学院長ではなく、ここの一教師だったからね。直接教えていた授業もいくつかあったんだよ」


 懐かしむように目を細めた南雲はきっと、織の知らない過去を思い出しているのだろう。

 時間は決して戻らない。時に残酷に思えるほど、未来にひたすら進むだけなのだから。


「君は、犯人である吸血鬼を追いたいんだね?」

「はい」

「復讐は考えていない、と聞いているよ?」

「その通りです。真実を明らかにするのが探偵で、俺はそんな探偵の息子ですから」


 強い瞳が、南雲を見据える。事ここに至って、織に迷いなどない。


「ふむ、分かった。実はね、ここ数日に渡って学院でも調査したんだけど、犯人らしき吸血鬼が特定できたんだ」

「本当ですか⁉︎」

「ああ。魔女殿と桐原さんに感謝するといいよ」


 両隣を見やれば、桃は笑顔でピースしていて、愛美は目を閉じ腕を組んで話を聞いているのみ。どうやら、この二人が調査に関わっていたらしい。

 いや、それも当然かと思う。銀髪の女吸血鬼。その情報自体がこの二人からもたらされたものだ。二人が調査の中心に立つのは不思議なことではない。


「魔女殿と桐原さんが見たという吸血鬼は、名をサーニャと言う。凡そ五百年前から生きているとされる吸血鬼だ。人間には友好的な立場にいたんだがね」

「その、どうやってそこまで特定したんですか? 現場にはなにも痕跡がなかったって聞いてますけど」

「愛美ちゃんの概念強化のおかげだよ」


 左隣の桃に言われ、右隣の愛美を見る。すると愛美は溜息を一つ吐き出して、鋭い目つきで桃を睨んだ。


「私の概念強化はあんな使い方のためにあるものじゃないって言うのに……随分無理矢理な使い方させてくれたわよね」

「人殺しに使うよりマシじゃない?」

「人殺しに使う方がマシよ」


 話についていけない織は首をかしげるばかりだ。概念強化がどのような魔術なのかは、先程桃に教えてもらった。対象の存在意義、存在そのものをより強固にする魔術。概念を強化する魔術だ。

 その魔術がどれほどのものなのかは、愛美の戦闘を見た織にもよく分かっていた。


 しかし、それもあくまで強化魔術の範疇に過ぎない筈だ。一体どのような使い方をすれば犯人特定に繋がるのか。


「事務所内に漂ってた魔力を強化させたんだよ」


 答えたのはやはり桃。愛美は答えるつもりがないのか、仏頂面を浮かべているのみ。


「概念って言葉自体が結構あやふやなものだからさ。基本的に愛美ちゃんがそうだと定めたものならなんでも強化できちゃうわけ。だから、『事務所内に漂ってた魔力』っていう概念を抽出して、強化。勿論わたしや愛美ちゃんの魔力も残ってたけど、それは対象から除外。そうして魔力を強化すれば探知しやすくなるから、あとはわたしが適当にちょちょいのちょいとすれば終わり」


 これはたしかに、愛美じゃなくても嫌がりそうな魔術行使だ。半分言葉遊びじみている。

 他人の魔力を強化させるくらいなら一般的な魔術師にも出来るが、まさか一度放出されて大気中に溶けた魔力に強化をかけるなんて。荒技にもほどがある。


 むしろ桃がやったという「ちょちょいのちょい」の方が気になるのだが。

 研究室に籠ってたとか愛美からは聞かされているから、そこでなにかしら調査を進めていたのだろうか。


「さて。犯人が分かったところで、改めて桐生君からの主観でも、当日のことを聞いておきたい」


 尋ねられ、織は当日のことを詳らかに語った。とは言え、織に分かっていることなんて何もない。ただ当日の自分の行動を説明するだけだ。


 友人と塾から帰る途中で未来視が発動し、そこで銀髪の女吸血鬼と両親の死体を見た。魔術を使ってでも急いで家に戻ったが、間に合わなかった。吸血鬼はおらず、代わりに魔物が現れ襲われたところを愛美に救われた。


 振り返ってみれば、自分はなんと無力なことか。両親の死に目に立てず、魔物一匹に苦戦して女の子に助けられる。

 その無力な自分から脱却するためにこの学院へ来たとは言え、あまりにも情けない。


 織の話を聞いた南雲は顎に蓄えたヒゲをさすりつつ、こんな疑問を投げかけた。


「その話を聞く限り、少しおかしな点があるね」

「おかしな点……?」

「一応確認しておくけど、君の未来視はどう言ったものかな?」

「それは俺にもよく分かってないんですけど、少なくとも見えるタイミングも未来も完全にランダムで、全部俺の視点から。あと、未来を見る時には、必ずその未来に関係しているなにかを現実で見聞きしている、くらいですかね」


 デジャビュと似たようなものだと、織は自分なりに答えを出していた。あれはたしか、過去に体験した出来事を脳内で再構築されることにより起こるもの、と聞いたことがあるからだ。

 その道の学者でもない織に詳しいことは分からないが、あながち的外れなものでもないだろうと思っている。


 例えば、先程の校庭で見た未来。愛美に火球が襲いかかる未来だが、校庭で魔術を駆使した乱闘が行われ、愛美もその場にいた。

 それで未来視が発動する条件は整っているというわけだ。


 いや、待て。そうだとしたら、あの未来を見た時、俺はほかになにを見聞きしていた? そもそも、あれが俺の視点からだとするなら、あまりにも近過ぎないか?


 湧いて出てきた新しい疑問に困惑する。どうやら愛美と桃も、話を聞いていて同じ疑問に行き当たったらしい。


「実際に織が見た未来に直面したのは、私たちよね?」

「うん。それに、織くんがその未来を見てから家に戻るまでと、わたしたちがあの場に居合わせた時間。どう考えても、織くんが間に合うはずないと思う」

「加えて、だ。桐生くん。君はあの日、街でなにを見た?」

「……フードの女」


 一つ、思い出したことがあった。

 あの日、友人たちと歩いている時だ。友人の一人が、フードを被った変な女を見たと言った。織自身はその姿を見ることこそ出来なかったから今の今まで忘れていたが、魔術が絡んで来るとなれば、話は変わってくる。


 なにせ、五感はあてにしない方がいい。認識阻害の魔術だってあるのだ。

 あの時、フードの女はたしかにそこにいて、なにかの拍子に友人にだけ見え、しかし織の視覚では捉えられなかっただけだとしたら。


「俺自身が見たわけじゃない。でも、あの時たしかに、友人の一人がフードの女を見たと言っていた。もしその女が犯人の吸血鬼か、もしくは関係者だとしたら、未来視が発動する条件は整う」

「でも、あの吸血鬼はフードなんてしてなかったわ。だとしたら本人じゃなくて、別の事件の関係者ってことになるわね」


 愛美の言う通りだ。織が見た未来でも、吸血鬼はフードなんてしていなかった。織が見た未来とそのフードの女が目撃された時間を鑑みても、吸血鬼が後からフードを調達したとは考えられない。

 時系列的に不可逆なことだ。


 それに、問題はまだ二つ残っている。


「あとは、どうしてわたしたちの未来を織くんが見たのかと、未来視が発動したタイミングだね」


 そうだ。今揃っている材料からでは、その二つが分からない。


「事は異能が関わるからね。未だその正体の一切が不明な力。異能研究機関ならばなにか分かったかもしれないけど、私たちにこれ以上の推測は出来ないよ」

「フードの女のことも、調べとかないとダメね」


 南雲と愛美がそう締めくくり、事件についての話は一旦終息した。これ以上考えても仕方ない。あとは足を使って地道に調べなければならないのだ。


「さて。ではこれからの話に移ろうか。桐原一徹からも申請があったけど、桐生君を学院の所属として認めよう。来月から通うといい」

「ありがとうございます。……ところで、その、ちょっと疑問があるんですけど」

「なにかな? 私に答えれる範囲なら教えてあげるよ」


 これから通う学院だ。出来る限り学院自体に関する疑問は解決させておきたい。いやだって、こんなの俺じゃなくても突っ込むだろ。

 そう思いながらも、織は恐る恐る口を開いた。


「ここ、魔術学院ですよね? 部活してたり、愛美が風紀委員って呼ばれてたり、なんかそれっぽくないんですけど……」


 あまりにも、現代社会の高校などと似通いすぎている。まさか魔術世界が今の学校の形の発祥というわけでもあるまい。

 この学院の敷地内にいると、ここが魔術の総本山とは思えないのだ。


「なんだ、そんなことか」

「いやいや南雲、織くんの反応が普通だと思うよ」


 桃の言葉も無視して、南雲は机に肘を突いて指を組む。やがて真剣な表情をした老人は、厳かに口を開いた。


「私はね、青春が好きなんだよ」

「……は?」


 耳を疑った。このジジイ、今なんつった?


「失礼、青春ラブコメが好きなんだよ」

「いや意味変わってねぇよ!」


 つい失礼な口調で突っ込んでしまったが、致し方ないだろう。巫山戯たこと言い出す学院長が悪いのだ。

 そう正当化する織は、問題がそこじゃないことに気づいているのかどうか。


「私もこう見えて、昔は荒れていてね。世界で五本の指に入る実力とまで言われたものだ」

「わたしの方が強かったけどね」

「そんな荒れていた私の心を癒してくれたのが、一冊の小説だった。どこにでもある、ありふれた恋愛小説。登場人物たちが学校を舞台に青春を繰り広げ、時に笑い時に泣く、そんな物語に心を打たれたんだよ」

「当時わたしのところには荒れてるどころか暴れまわってた南雲に鎮圧依頼が舞い込んできてたけどね。実際鎮圧したのも私だし」

「魔女殿、少々黙っていてくれますかな?」

「事実を捻じ曲げて伝えるのは年長者としてよくないよねー」


 学院長と桃も長い付き合いらしい。いや、そんなことはどうでも良くて。

 この爺さんはなにを言っているんだと、さっきから織の頭の中はハテナマークだらけだ。

 そんな個人の趣味嗜好程度で、魔術の総本山の作りが変えられたとか、冗談だと疑いたくなる。


「とまあ、これは半分冗談だよ」

「半分本気なんですか……」

「魔術は時に人を狂わせる。それが私の信条でね。魔術師とは、ただでさえ人間性を失いやすい。一個人が持つには強大すぎる力を持っているからね。特に若い魔術師たちには、その人間性を失わせたくないんだよ。少しでいいから、残しておいて欲しい。だから、出来る限り現代社会と変わらない学校生活を送らせてあげよう。そう思って、色々と苦労して今の日本支部があるんだ」


 思いのほかマトモな理由で驚く織。いや、半分は本気で個人的な趣味らしいけれど。

 だがたしかに、納得できる理由ではある。南雲の言葉に妙な実感が籠っているのも、彼がその様な魔術師を見て、自らも同じ道に落ちてしまいそうだったからなのだろう。


「部活も委員会もあるし、各学年でクラスも分けている。だから桐生君も、ヒロインとなる相手を見つけるといい。手始めに、そこの二人はどうかな?」

「やっぱりあんた、百パー趣味だろ!」


 たしかに二人とも容姿は優れているけど、片や実年齢二百歳、片や同じ屋根の下で暮らしてる相手。どちらを選んでもろくなことにならなそうだ。

 いや、愛美の方だとその手のゲームではよくある設定かもしれないが。


 話を振られた女子二人は南雲のこのノリに慣れているのか、もはや呆れた溜息を零すのみだ。


「さて、それじゃあ。早速で悪いんだけどね。君には一つ、仕事を頼まれてほしいんだ」


 パン、と手を打った南雲が話を変えた。


 勿論君一人じゃなくて、そこの二人も一緒にね。そう付け加えられ、織は内心ホッとする。

 入ってすぐに一人で任務だなんて、心細いにもほどがある。いつまでもそう言っていられないのは重々承知だが、織は己の実力を正確に判断できていた。


「事件のことに話が戻るんだけどね、あの街で今、不可解なことが起きているんだ」

「不可解なこと?」

「そう。事件の調査を進めている過程で、あの街に今、裏の魔術師が多数出入りしていることが分かったんだよ」

「有り体に言えば、悪い魔術師だね。魔術の秘匿なんてするつもりがなくて、暗黙のルールすらも守らない。わたしたち学院が狩るべき対象だよ」


 南雲の説明と桃の補足で、たしかにこれは事件と関係があると考える。

 だが、問題は織が考えるそれよりも根深いものだった。


「君の両親の死は、あくまでも学院が秘密裏に処理した。とは言っても、お墓はちゃんと学院で準備するから安心してほしい」

「秘密裏に処理した割には、ハイエナが群れてくるのが早すぎるわね」

「ハイエナって、この魔術師たちのことか?」

「情報が漏れてるってことだね」


 魔術学院は魔術の総本山だ。全世界の魔術師がその存在を知っている。それだけ大きな勢力、組織の情報が簡単に漏れるはずがない。

 にも関わらず、その疑いがある。


「その通りなんだけど、そこじゃない」

「ひょっとして、その入り込んだ魔術師が軒並み誰かにやられて帰ってきてるとか?」

「帰ってきてるなら良かったんだけどね。彼らを捕まえていくらでも尋問できる。けど、帰ってきた魔術師は一人だっていなかったよ」

「つまり、全員殺された、と」


 軽く言う愛美だが、これはかなりやばい状況なのではないだろうか。

 その殺して回っているやつが、件の女吸血鬼かもしれない。もしくは、フードの女か。


 なんにせよ、その真相を暴けば事件の調査も大きく進展するだろうことは織にもわかった。


「その調査に行けばいいんですね?」

「話が早くて助かるよ。桐生君なら土地勘もあるだろう。この二人では気づけないことだってあるかもしれない。だから、君はあくまでも補佐に回ってくれたらいい」

「とは言っても、織くん守りながらだとその犯人、取り逃がしちゃうかもよ?」


 何気なく発したのだろうが、桃のその一言は織の胸にぐさりと突き刺さった。この二人と並んだ際の戦力不足は自覚しているものの、他人から指摘されるとやはり心にダメージを負ってしまう。


「なら、先生のとこ連れて行きましょうか」

「私も、そう提案しようと思っていたんだよ。彼なら、桐生君をある程度鍛えてくれるだろうし、桐生君が使う魔導収束の生みの親でもある。異能についても、私より詳しいからね」


 誰のことを話しているのか。魔導収束の生みの親、と聞けば、思い当たる人物は織の中に一人しかいない。いや、その人にしたって直接知っているわけでもないけれど。


 なんにせよ嫌な予感しかしない織に、愛美が告げた。


「私の先生、人類最強の男に会いに行くわよ。あの人なら織を一日で実戦レベルに仕上げられるから」



 ◆



 学院長室を後にした三人がやって来たのは、学院の図書室だ。学院長室からおよそ五分とちょっと。校門から学院長室までと比べればまだ近い。


 愛美曰く、彼女の先生であり人類最強と名高い男は、この時間ならここにいるらしい。


 図書室は広大だった。外から見た時はそこまで大きく感じられなかったのだが、どうやらその男が魔術で時空間を弄って広げているらしい。サラッと説明されたが、時空間を弄るとか魔術で出来る範囲を超えてないだろうか。


 いよいよ話の規模が大きくなって困惑を通り越し呆れ笑いが出てくる織であった。


「いたわね」


 図書室に入ってすぐにある受付カウンター。そこでなにかの魔導書を読んでいる水色の長髪の女性と、カウンターに腰を下ろしている和服を着た隻眼隻腕の男。

 その二人の元へ歩いて行く愛美について行けば、織たちに気づいた男が手を挙げた。


「やっ、愛美。久しぶりだね」

「先生が学院にいなかったからじゃない」

「僕にしか出来ない依頼があるって言われて、しばらくニューヨークにいたからね。実際はなんてことないものだったけど」


 愛美から先生と呼ばれた男は器用に肩を竦めてみせる。どうやら、彼が人類最強と呼ばれる男らしい。

 織の方に向き直った愛美が、織のことを紹介してくれる。


「桐生織よ。先生と同じ魔術を使うから、今日明日で見てもらえないかと思って」

「桐生っていうと、凪さんのとこの?」


 この男も両親を知っているのか。どうやら、織の両親は織自身が思うよりも有名人らしい。いや、そもそも魔導収束は近しい人間にしか伝えていなかったと聞いたから、知り合いでもおかしくはないか。


「桐生織です」

「僕は小鳥遊たかなしあおい。こんな体だけど、一応人類最強ってことになってるらしい。よろしくね」


 その体に残っている右腕で握手を求められ、織も応じる。身長は織よりも高い。大体百八十くらいだろうか。左目には黒い眼帯をしているが、それでも浮かべている笑顔は人に好かれるものだ。


 人類最強なんていうから、どんな高慢ちきな人物が出てくるかと思ったが、どうやらこの人は織の想像していたような人間ではないらしい。


 ところで、先程からそこで本を読んでいる女性は誰だろうか。織たちが来ても読み続けているが、まさか気づいていない?

 察するに司書さんだとは思うが、来客に気づかない司書ってどうなのだろう。


 織のそんな心情を察したのか、蒼が女性のことを紹介してくれる。


「ああ、この子は彼方かなた有澄ありす。ここの司書で、僕の嫁」

「有澄さんは一回本を読み始めたら暫く戻ってこないから、放っといて大丈夫よ」


 それは大丈夫なのだろうか。


「で、僕に魔術の稽古をつけて欲しいって話だっけ?」

「ついでに異能の件も聞こうと思って」

「へぇ、異能持ちなんだ」


 興味を示した蒼に、織はさきほど学院長室で出た話を説明した。


 未来視について。事件当日、その未来視が少々おかしい発動をした件について。


 ふむふむと頷きながら聞いていた蒼は、織の話を聞き終えた後に自分の考察を語り出す。


「多分だけど、織の異能は成長過程なんじゃないかな」

「異能って成長するもんなんですか?」

「ああ、するよ。一口に異能って言っても、いろんなものがあるからね。魔術師の間でそう呼称されてるだけで、本来は一括りにするものでもない。僕の推察だけど、織の未来視は恐らく、君の無意識化における情報処理能力なんかが関係してるんじゃないかな」


 蒼の説明はこうだ。

 織の未来視は織が直近に見聞きしたものを基にして、無意識化で高速演算を行い未来を導き出している。だからその未来に介入出来るし、変えることもできる。

 あくまでも、未来を予測しているだけだから。


「それって、これ以上成長のしようがなくないですか?」

「そんなことはないさ。異能と呼ばれる以上、魔力ではない、なにかしらの力がそこに働いている。これは可能性に過ぎないけど、織の未来視なら、望んだ未来を引き寄せたりできるようになるかもね」


 そんなことが出来たら無敵じゃないか。こちらの攻撃は全て命中し、敵の攻撃の悉くを躱せる。そういう未来を引き寄せればいいのだから。


 あくまでも可能性の話だと蒼は言ったが、本当にそんな力が手に入るのなら。その力さえあれば、織だって愛美や桃の力になれる。


「ま、異能の方は稽古のつけようがないからね。僕が見てやれるのは、魔術の方だ。今日明日で仕上げればいいんだよね?」

「ええ。明後日には織も連れて学院長からの依頼を片付けに行くから」

「再調査?」

「そうよ」


 先程学院長室で、あの街の調査は明後日ということに決まった。あまり先延ばしに出来る問題ではない。なにせ、人が死んでいるのだから。

 死んだやつらがどのような人間であれ、だ。


「今日は僕が厳しいから、明日にしようか」

「明日一日で足りるの?」


 図書室に入ってから一言も発していなかった桃が、挑むような声音で尋ねた。

 以前に蒼の話が出た時にも織は思ったが、この二人はあまり仲が良くないのだろうか。桃なんて蒼のことをアレ扱いしてたし。


「魔女様のご心配には及ばないよ。人に教えるのは、愛美で慣れたからね」

「あっそ」


 桃は不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。やっぱり仲が悪いらしい。というか、桃が一方的に嫌っている感じだろうか。


「さて。そういうことだから、織と愛美は明日また、ここに来てくれ。桃は来なくていいよ」


 いやこれ、お互いに嫌いあってるわ。

 人間関係がやや微妙なことに、織は胸の中で溜息を吐くのだった。

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