第76話 聖者連合とふしぎな二人組―2
(え……)
思わず呆けた思念を送ってしまったエッドに答えたのは、小馬鹿にしたような声だ。
(うっひゃひゃは! その声じゃ、まーたアホっぽいカオ晒してんだろ、亡者?)
(マ……ママル!?)
生意気な子供のような笑い声は、間違いなく魔人ママルのものだった。追って、妖精のうなるような思念も到着する。
(わたくしが着いた時にはもう、魔力体になったこの魔人が闇術師の身体に入ったあとだったんですの。こら、出てきなさい! こちらの魔力が届き辛いんですのよっ!)
魔人はあくびでも漏らしそうなのんびりとした声で応じる。
(まあまあ落ち着きなよ、妖精。誰のおかげで、こいつがここまで“保った”と思ってんのさ? この闇術師なら、ボクっちがばっちり看てやるって)
(み、看るですって!? 人間に治癒をほどこす魔人が、どこにいると――!)
怒り狂う妖精をなだめようと、エッドはあわてて思念を割りこませる。
(大丈夫だ、ポロク。たしかにそいつが“契約書”の魔人だが、今は味方なんだ)
(どーかなぁ? それは勘違いなんじゃないの、半端者。もしかしたら、治すフリしてお前のオトモダチを中から吹き飛ばすつもりなのかもよぉ?)
にたにたと大きな口で笑う魔人の顔が目に浮かぶ。
最新の事情を知らないアレイアとポロクが息を呑む音すら伝わってきたが、エッドは落ち着いた声で言った。
(……港町トシアには、もうひとつ手土産に良い品があってな。“潮の香彫り”っていう流木の工芸品らしいけど――“お父様”の趣味に合うかどうか)
(うっ! こ、この悪魔ぁ!)
(そんな大層な役職じゃないさ)
エッドの忠告に、魔人の小さな虚栄はあっさりと打ち崩される。
重いため息を落としたママルは、うめくように言った。
(はあぁ……。ま、とにかくこの場は任せなよ。なんとか宝珠までたどり着いたってのに、さっそく“ご主人サマ”に死なれちゃ困るってもんだろ。悪いようにはしないからさ)
(けれど、貴方のような魔人が治癒を扱えるはずありませんでしょう?)
困惑した声でふたたび問う妖精に、魔人は得意げに答える。
(そりゃあね、興味もないし。けど“瘴気”に関しちゃ、冥府育ちであるボクっちの専門分野だ。入りこんだ分と同量の魔力を流して、身体から押し出しちゃえばいいのさあ)
(そ、そんな雑な……! とても信用できませんわ)
(あの! ママル、だっけ)
強く響いたよく通る声に、妖精と魔人は言い合いを止める。
エッドは、思念の送り主である隣の少女を見た。
(ログレスを……助けてくれるの?)
(誰、お前?)
(あたしはアレイア。その人の――つ、妻になる予定の女だよ!)
みずから言い切った単語に赤面しながらも、アレイアは熱のこもった光を瞳に灯している。
エッドが驚きの表情を浮かべている間にも、少女は力強い思念を送った。
(あなたが魔人でも悪魔でも、なんでも構わない……ログレスを助けて! あたしはまだ、その人になにも返せてないんだ)
(ふーん……?)
どこか神妙な声を漏らす魔人に、エッドも真剣な声で呼びかけた。
(ママル。俺からも頼む)
(亡者から言われてもなーんにも響かないけど、さっきのお嬢さんの懇願はなんだか効いたなあ。ボクっちも、だいぶ人間に毒されてきたのかねえ)
(そ、それじゃあ……!)
アレイアの震えた声に、魔人は自信に満ちた返答を寄こす。
(このママルが、魔人の誇りにかけて誓おう――この闇術師から必ず、“瘴気”を追い出してやるってね!)
(あ……ありがとうっ!)
涙ぐんでいるアレイアに届いたは分からないが、魔人が最後に呟いた言葉をエッドはしっかりと聞く。
(……こいつ、なんであんな“簡単”な問答に答えられなかったんだろ? でも、くっふふ! これは目覚めたら、たっくさんからかってやらなきゃ……)
不穏な呟きに苦笑したエッドに、黙りこんでいた妖精から不服そうな思念が届く。
(ではわたくしは、その辺の木陰で休ませていただいてもよろしくて?)
(ボクっちたちが吹き飛ばしちゃったから、木なんかないだろ。怒りんぼな妖精だなぁ)
(な、なんですってえ……!?)
(ポロク、君は肩の傷を治してやってくれ。物理的な治癒は、妖精の分野だろう?)
エッドの依頼を、妖精は――おそらく、小さな口を不満げに尖らして――渋々といった様子で受諾した。
(ふん、仕方ありませんわね。この男がいると、村の結界保持がとても楽になりますし)
(頼むぞ。魔人が怪しい動きを見せたら、かまわず赤い宝珠を風の刃で破壊してくれ)
(ちょっ! な、なに言って……!?)
(ええ。分かりましたわ)
勝ち誇った様子の妖精と、焦りを露わにする魔人。
奇妙な
「お喋りは終わったか? 伝達術とか言ったか……姑息な術が発達したものだ」
荒野の風が、長い銀の髪をはためかせる。
夕陽に透けて輝くその髪にエッドは見惚れそうになるが、相変わらずその口が発する声は冷えきっていた。
「……余裕じゃないか。裏で相談してるのを承知で、待ってくれてたのか?」
「すべての行いは、清廉潔白でなければならん。神の御前だ」
“聖者連合”は両手でしっかりと聖宝をささげ持ち、祈るように静かに目を閉じる。
王城の式典で似たような光景を目にしたことがあるエッドは、率直に訊いた。
「さっきの突きもそうだが、あんたは騎士なのか?」
「……。聖術師が剣をとることなど、戦の時代には珍しくなかった」
わずかに顔を歪めて話すその様子に、エッドは相対者が“個人”として語っているのだと気づく。
しかし静かに息を吐くと、その人間的な表情は消え去っていた。
吊りあがった目の中には、激しくうねる憎悪だけが燃えている。
「されど“我ら”にはもう、生前の在りかたなど関係ない。今はただ――貴様のような穢れを滅するという聖務に、身を投じるのみ!」
そう言って披露したのは一分の隙もない、熟練した構え。
エッドが見たことのない流派である。
「崇高な仕事を邪魔したくはないんだが――そういうのは、自分の身体でやるもんだ!」
太陽がはなつ残光が、互いの剣に一縷の光を走らせる。
亡者は柄を握りしめ、いっそう強く赤土を蹴った。
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