第59話 存在理由ってやつ―2
「お待たせしたっぺな、お客さん! これがペッゴ爺特製の義手だっぺ!」
「おおーっ!」
広い工房の作業机に鎮座するその物体を見、エッドは感嘆の声を上げた。
「これは……」
腕の太さや指の長さなど、すべてにおいて違和感がない――むしろ、奇妙な懐かしささえ覚えるほどだ。
「残った腕で取らせてもらった型を参考に仕上げたんだけんど、どうっぺか?」
「ああ、すごいな! この上に服を着て手袋を嵌めれば、義手とはわからない」
磨き上げられた表面を指でなぞり、エッドは心からの賞賛を口にした。
得意げに頭上を旋回していた球体状の店主は、嬉しそうに解説をはじめる。
「
「この、肩の部分はなんだ? なんか、ぶよぶよしてるが……」
「ああ、そりゃ“肉”がわりにつけた“
胴色の“肩”の上に、店主は遠慮なく着陸する。本物の皮膚のようにわずかにたわんだその質感を見て、エッドはまたしても感心した。
「驚いた。本当に、俺が描いた設計図通りに仕上がってる」
「あんたの設計図はなかなか“手強かった”けんど、この部分はとくに苦労したんだっぺ。なにせ――敵さんを欺く作戦に使うってんだからなあ!」
壁にピンで留められた下手くそな設計図を見上げ、エッドは頭を掻いた。
「わ、悪い。絵は昔から苦手で……。でも、よくここまで“ヒトの肩”を再現してくれた」
「そりゃよかったっぺ。でもなあ、オラは戦闘のプロじゃねえけんど……やっぱり危なくないっぺか? 敵さんにわざとここを斬らせて、聖気に苦しむフリをするなんて」
ころころと左右に揺れる店主に、エッドは自信たっぷりにうなずいた。
「危険なほど、成功した時の成果は大きくなるもんだ。それに相手の攻撃を任意の部分で受け止める訓練ってのを、ある時期みっちりやってた経験があるしな……」
「そ、そんな危ないことやってたの? 勇者って、やっぱり大変なんだね」
「いや、ただの友人の“実験”に付き合わされただけだ」
とある闇術師の姿を思い浮かべ、エッドは遠い目をする。そういえばエッドの献身によって完成したその術は、見た目がこの黒い義手に似ている気もした。まるで練習が実を結んだような、不思議な縁を感じる。
「俺と斬り合えば、奴さんはすぐに義手の存在に気づくだろう。けど、自分が持ち去った部位がどこだったかは覚えているから、今度はそこ以外を狙ってくるはずだ。どこであれ、それは絶対に避けてみせる」
「で、“うっかり”肩を斬られたように誘導するんだね? その後、調子に乗ってるアイツを、ズバッとやって――」
元仲間への恐ろしい行為を平然と口にするアレイアに、エッドは落ち着くよう手で示してから言った。
「いや、ライルベルは捕縛する。例の契約書を身体のどこに隠しているか、分からないからな。そういう道具は、下手に傷つけないほうがいいんだろ?」
「うー、そっか。それより前に、あたしがとり返してたらいいんだけど」
「ま、現場では何があるかわからないからな……」
まさかと考えていたことが現実に起こり、想定していたことがまるで起こらない――殺気渦巻く戦いの場では、あらゆることを受け入れ柔軟に対処するしか術はないのだ。
「それでペッゴ。信用してないわけじゃないが、その……」
黒光りする義手を見下ろし、エッドはあいまいな声を出した。
王都で見かける最新の義手でさえ、近年やっと木製から鉄、または銀になったばかりだ。たしかに機動力がありそうな義手ではあるが、生来の腕のように操ることなどできるのだろうかと、今さら不安に思えてきたのである。
「ペッゴ爺を侮っちゃいかんっぺよ、お若いの。ちょうど駆動する義手ってのは、オラの密かな研究分野でなあ。昔っから、色々構想は持ってたんだっぺ」
「そうなのか」
「義手と言わず全身作り上げて、“
道具屋の壮大な構想に、エッドは感心した。事実、外から人材を確保できないこの村としてはありがたい話だろう。
外見上なにを考えているのかまったく窺い知れない店主だが、その深い優しさの一端が見えた気がした。
「エッド。こっちも出来てるよ!」
「お。見せてくれ」
アレイアが差し出した小箱の中身を目にしたエッドは、やや緊張した面持ちになる。
「おお……。なんというか……“本格的”なんだな。これ、使い捨てなんだろ?」
「だからだよ! その一回しか、この子は輝けないんだ。完璧にしてあげなきゃ」
鼻息荒く熱意を立ち昇らせる助手だったが、一転して神妙な顔になる。
「ん? あれ……さっきの作戦がうまくいったら、もしかしてこの子、出番ナシ?」
「依頼した時、言ったろ。こっちは切り札だ。使わなくていいなら使わない」
「そうだっけ。作るのに夢中で忘れてたよ。はい、これ説明書ね。こっちで動きは十分試したから、装着しても作動させちゃだめだよ」
「ありがとう。現地で着けるよ」
小箱とびっしり書きまれた紙片を受けとり、エッドは大事にしまった。
「よし。あとは、いよいよこの腕を着けるだけだな。お二人さん、さっそく頼むよ」
「任せて。そっちこそ、覚悟はできてるんだね?」
袖をたくし上げて工具を選別しはじめた助手の言葉に、エッドは一瞬固まる。
「覚悟って……べつに、痛くないんだろ?」
「え。痛いと思うよ? 接合部に入れる“呪い岩”の
「呪術って、つまり闇術だろ。俺はほら、亡者だし……」
ハサミに似た巨大な工具の動きをたしかめながら、アレイアはからりとした声で笑う。
「なに言ってんのさ! 闇術が魔物にまったく効かないなら、
「アレイアちゃん。術師語りもいいけんど、お客さんもきっと“お待ちかね”だっぺ!」
「あ。ごめんなさいっ」
店主の陽気な忠告に、助手は恥ずかしそうに口元を押さえる。
「えーと。つまりね、エッド」
アレイアは物言いたげなエッドの前に人差し指を立てると――挙動がだんだん“師”に似てきている――咳払いしてまとめた。
「たぶん、めっちゃ痛いよってこと。あんたはこれから数時間、“呪い岩”の魔力と戦うことになると思う」
「す、数時間?」
「でも屈服させられるだろうってのが、あたし達の見立て。それを乗り越えたら、あんたの魔力に腕が従うようになるから。がんばってねっ!」
「そ、そんなふんわりした説明でいいのか!? もっと、こう――」
助けを求めるようにエッドは店主を見る。
球体の身体をくるりと回し、ペッゴは明るく答えた。
「男は気合! 根性! 愛情! だっぺよ、エッドさん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます