第52話 大人と子供の矜持をかけて




「なあ、セプ。いい子だから――」

「ここまで来て子供扱いはやめてくれよ。エッド“さん”」



 鋭い視線に射抜かれ、エッドはがしがしと頭を掻いた。

 見下ろす先には、腕組みをし頑として動こうとしない少年の姿がある。


「いいかい。最初に約束してる通り、報酬はそちらの“用事”が終わってから受け取る。それまで、オレはこの町から動かないからね」


 硬貨の詰まった皮袋を前にしても、セプトールの意思は揺らがなかった。


「そうは言ってもな……」


 エッドとしてはここで対価の精算をし、少年を危険な任務から解放してやりたいと考えていた。ところが密偵は報酬に手をつけようとせず、雑踏の中こうして困っているのである。


「すぐに決着するとは限らないし、そもそも無事に――」

「不慮の事態が起こった時は、支払いはナシ。その条件でいいとも言ったはずだよ」

「……」


 その条件とやらが締結された時、自分は意識不明だったのである。仲間たちがそんな不条理な内容を提示するとは思えないので、密偵の言い分は怪しい。しかし、エッドだけでは判断できないのも確かだ。



「それに今、受け取ったらさ……なんだか、後味の悪い終幕みたいで嫌なんだよ」

「セプ……」

「とにかく、オレはまだ仕事を続ける。クーザン荒野の野営地までは、絶対ついてくからね!」



 石像のように強固な意志を抱く少年と、集合場所である広場に建つ本物の石像とに挟まれ、エッドは文字通り立ち尽くした。


「はあ……」


 広場は気楽に買い物を楽しむ観光客や、それらの人々に特産物を売りつけようとする商人で溢れかえっている。



 自分たちが、今から命を賭した戦いに出ようとしていることなど――誰ひとり知らない。

 国からの依頼を受けて旅立つ日の、あの盛大な見送りが嘘のようだ。


「あれっ。もうボジルさんたち、行っちゃったの?」


 目まぐるしく流れる人々の色彩の中から、ひょこと現れた仲間たちの姿にエッドは胸を撫で下ろした。異国の地だからか、どうも思考が煮詰まってしまう。


「ああ。なるべく早く着いて、イズが谷に慣れるのを見守りたいからってさ」

「そっか。これ、道中で食べてほしいと思って買ってきたんだけどなあ」

「……この事態を見越して、貴女の好物ばかり入れたのでは?」

「そ、そんな食い意地張ってないもん! まあ、食べるけど」


 頬を膨らませた少女の後ろから現れたのは、いくらか異国の暑さに慣れてきたらしいログレスだった。相変わらず黒い胴衣姿であるように見えるが、明らかに軽そうな生地のものに変えたのがわかる。蒸れそうなブーツも、風通しの良い丈夫なサンダルに履き替えていた。


「お。涼しげになったじゃないか」

「ええ、幾分かは。元の装備は、先ほどの店に預けてきました。戻ってきたら、回収しましょう」

「……この大将は、戻れない旅だとお考えのようですぜ。ログレスの旦那?」


 刺々しい声でずいと割り込んできた密偵に、闇術師は首を傾げる。


「おや。我らの小さな密偵は、ご機嫌麗しくないようですね」

「どーしたの、セプ君? 蒸しパン食べる?」


 仲間たちの言動が気に障ったのか、少年は丸い目を半眼にして呻いた。


「ああもう、二人まで! なんだよ――オレみたいな子供はもう、ここで厄介払いしたいってわけかい?」

「厄介払いも何も。契約は我々と合流し、報告を受けるまでとしていたはずです。……エッド、支払いは済んだのでしょう?」


 エッドが手を合わせて救援の意を伝えると、友はすぐに事情を悟ったらしい。

 上手く立ち回れなかった亡者を軽く睨み、闇術師はふうと息を落として言った。


「……大方、現場までついていくとでも主張しているのでしょう」

「そ、そうだよ! 別に、悪かないだろ?」

「ええ、構いませんよ。最初から捕捉されていれば、隠遁術も意味を成しませんからね」

「えっ、いいのかい?」


 あっさりとした承諾に、セプトールは日焼けした顔を輝かせる。

 しかし反対に、闇術師の声は低くなった。



「良いですとも――死ぬ覚悟が、お決まりなのであれば」

「えっ」



 凍りついた少年に、容赦なく重みのある言葉が降りかかる。


「我々は、荒野に観光に行くのではありません。戦いに行くのです」

「そ、そんなの知って――」

「現場では、激しい戦闘となるでしょう。エッドは前線、僕らは後方ですが、“ある作戦”上、貴方を守る余裕はありません」

「う……」


 助けを求めるようにアレイアを見上げた少年だったが、成果は得られなかった。

 歳の近い彼女の顔にさえ、戦いに赴く者の決意が浮かんでいたからだろう。


「戦闘経験の無さそうな貴方は、一番に狙われます。上級の防御術か、盾を使って攻撃を受け流せる技術が必要です。どちらか、お持ちですか?」

「もって……ない」

「負傷した際、狼狽えずに正確な治癒術を詠唱できますか?」

「……できないよ」

「では、残念ながら同行はお勧めできません。死にます」


 実直すぎるその言葉に、少年は目を見開いた。

 悔しそうに唇を噛むその姿に、控えていたアレイアが慌てて口を開く。


「ご、ごめんね……。あたし手当とか苦手だから、骨が折れたり内臓が飛び出しちゃったりしたら、すごく痛い思いするかもなんだ。でもほら、そこはこのポロクさまが――」

『冗談でしょう? いくらわたくしの治癒が高等であると言っても、急所を外した傷でなくては追いつきませんわ。負傷するにも、経験が要るんですのよ』


 そもそも、“子供”の面倒など見られない――明らかにそのような表情を浮かべている妖精を見上げ、セプトールは眉根を寄せた。


 しかし、やがてまだ丸みの残る肩をがっくりと落として頭を振る。


「……わかったよ。ついて行くのはやめる。オレも、命が惜しいからね」

「すまないな、セプトール」


 おずおずと言ったエッドに、少年はいつもの余裕ある微笑みを向けた。


「でも、やっぱりまだ報酬は受け取らない。オレ“子供”だから、そう決めたらそうするんだからね!」

「……まったく、わがままな“子供”ですね」


 呆れたように言った闇術師の口元は、わずかに端が持ち上がっている。



「じゃあこっちも“大人”として、約束するよ。必ず――ここへ戻ってきて、君に報酬を支払う。それまで、ゆるりと港町を楽しんでくれ」



 同じ悪戯っぽい笑みを浮かべてエッドが宣言すると、ひとまず密偵の任を終えた小さな“友”は、しっかりと頷いた。


 そこには、数分前よりも少しだけ成長した顔がある。


「――じゃあ、行くか」



 流れる時を、傍らで眺めている場合ではない。


 エッドは手を挙げ、乾いた熱風が吹きすさぶ街道へと足を踏み出した。



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