第32話 ほんとうにあったこわいお宝
「では……本題に入りましょう。どうですか、エッド。身体の調子は」
「ああ、元気いっぱい――ってわけじゃないけどな。問題なさそうだ」
残った手を上下させてみせると、闇術師は小さくうなずいた。
「腕に関しては、綺麗な切断面でした。失血死の心配はありませんでしたが、かなりの魔力を持ち去られたのは事実です。その回復に、時間を要していたのでしょう」
「……そうか」
気絶に近かったが、亡者の身体になってからはじめて眠り――懐かしい夢さえ見た。
その貴重な感覚を胸にしまい、エッドは穴に手を当てて訊く。
「穴はこのままでいいのか? べつに、痛くはないけど」
「いえ。貴方が目覚め次第、具合を聞いて対処しようと思っていました」
「対処?」
「なにを詰めるかって話だよ」
ベッド脇の椅子を陣取ったアレイアが放った一言に、エッドは不穏な予感をいだく。
「心臓は機能してないけど、一応ふさいどいたほうがいいよ。何にする?」
「飯屋みたいに訊くな」
「よりどり見取りだよ。ただの土、軽い綿……あ! 値段が張るけど、型をとって銅を流しこむとかお洒落じゃない?」
「銅よりも、魔物の魔力と相性のいい鉄のほうが負担が少ないのでは」
やはり闇術師たちは、どこか考えが“突きぬけて”いる――エッドはそう確信し、ため息をついた。
立案が却下されたのを感じたのか、ふたつの顔がそろって残念そうな表情を浮かべる。
「まあ……こちらの傷痕も綺麗なものですし、貴方に感染症の心配は無用でしょうから。楽しみは、後にとっておきましょう」
「楽しみにするな。そもそも、どうやってあの状態を切り抜けたんだ?」
灼熱の痛みを思い出すのは苦だったが、エッドはそう訊ねる。
鏡では確認していないが、上から見ただけでも不思議な穴だった。
細剣が穿った傷は縦長の切り込みではなく、まるで焼き菓子用の型で押し抜いたかのように、周囲の肉を丸く削り取っている。差し込まれた剣を捻られた記憶はない。
まるで、超常の力で新たに焼き切られたかのような――
「もちろん、闇術だよ。あたし達にできることなんて、それしかないって。ちなみに胸の傷は、いかにも刺されたって感じが痛々しかったから、あたしが“
「……えーと?」
その説明だけで伝わると思っていたらしいアレイアは、不思議そうに首を傾げる。
「エッドって、もしかして見た目どおりの脳筋系?」
「なぜだろう。幾度となく言われてきた言葉なのに、精神にくるな……」
落ち込んだ声でそう言うと、冗談だとばかりにひらひらと手をふって少女は説明した。
「ごめんごめん。あいつが持ってた“聖宝”――“願い骨の細剣”の刀身は、聖気を溜め込んだ骨が含まれてるらしいんだ。魔物である亡者には、めっちゃ効いたでしょ?」
「それで、あの痛みってわけか……。というか、骨だって?」
例えば矢尻などには、動物の軽い骨が使われることもある。
しかしアレイアの言い方では、まるで――
「うん。聖術師たちの骨や遺灰。何人分だかは知らないけど。その聖気があんたの身体に入り込んで、さんざん暴れまわってたってわけ。だからあたし達は、対抗して呪いをかけまくった」
「かっ――かけまくった!?」
聞き逃せない物騒な発言に、エッドは思わず自身の身体を再点検した。
よく見れば、やはり覚えのない傷跡がちらほらと見受けられる。
「安心してください。派手な損傷を引き起こすものは、使っていませんから」
「いやそれ、どこかは地味に損傷してるってことだよな?」
「片っ端から呪いをかけられるなんて、なかなか出来ない経験だよ! 普通死ぬもん」
「死んでても嫌なことは嫌だぞ?」
「現に狙いどおり――闇の魔力に相殺され、聖気は消失しました」
「あたしの閃きなんだからね! 感謝されてもいいよ」
なぜか得意顔の術師たちにエッドは頭を抱えたくなったが、こうして救われたのも事実である。
小言を胸にしまい、亡者は顔を上げた。今はそれよりも、気になることがある。
「なあ。さっきの、骨で作った剣についてだが……」
人骨でできた剣など、剣士のエッドでも聞いたことがない。心中が顔に出ていたのだろう、アレイアは共感するように腕を組んで顔をしかめた。
「まあ、やばい品だよね。ウェルス大陸では昔、人間と魔物の大規模な戦争が起こってる。当時の人間軍は勝利に目が眩んで、相当エグい武器をたくさん作ったって聞いた」
口に出すのもおぞましいのか、詳細な説明は省くらしい。ほっとした顔のエッドを前に、アレイアは続けた。
「魔物を倒せなかった聖術師たちの無念。それがあの剣の強さだって、ライルベルは言ってた。でも……違うんだ」
「違う?」
「……」
予想されて当然の質問だというのに、少女は黙りこむ。
言葉を探すように、視線を宙に彷徨わせた。
「なんていうのかな。変に思わないで欲しいんだけど、あたしって聖術師並みに霊感が強くてさ。時々聞こえるんだ、あの剣から……」
そう語るアレイアの瞳に、冗談の色は浮かんでいない。
エッドは分泌されないはずの唾をごくりと飲み、少女を見つめた。
「閉じ込められた聖術師たちの、魂の呻きが。こっちを見ろ、見ろ……って」
体温をもたない肌がさらに冷たさを増した気がして、エッドは固い声で呟いた。
「そ、そうか。そりゃ……気の毒に」
無意識に毛布を身体に巻きつけていたエッドに、友の呆れたような声が刺さる。
「こういう類の話が苦手なのは変わっていませんね、エッド。ただ、お忘れのようですが――今や貴方も“そちら”に近い存在なのですよ?」
「う……」
そう指摘されると反論できないが、苦手なものは苦手なのである。
くわえてもう救いようもないというのに、必死で救いを求めるあの苦しげな顔が嫌なのだ。
自分も、いつか――そんな顔をして彷徨う、哀れな魔物になってしまうのだろうか。
「ライルベルは霊感ゼロだからね。あの剣を使うことに、なんの抵抗もないみたい。でも普通の人間なら、本能的に忌避するレベルの品物だよ、あれは」
暗い淵に沈もうとしていた思考が、少女の声によってなんとか引き戻される。
エッドは軽く頭をふり、目の前の話題に集中した。
「わかった。“聖宝”への対策は、考えるとしよう。それよりもアレイア、訊きたいことがある」
「う、うん?」
エッドの呼びかけに、となりの闇術師をちらちらと盗み見ていた少女は慌てて椅子に座りなおした。
「あの勇者さまについてだ。あいつは、なんであんなに強引にメリエールを連れていったんだ?」
「……」
「それに、最後に見たあの契約書。あれも、普通の品じゃないだろう。署名のあと、彼女の様子があきらかにおかしくなった」
まだ話が伝わっていなかったのだろう、エッドの言葉にログレスは眉根を寄せた。
「彼女は、力ずくで連れ去られたのではないのですか?」
「いや。契約書みたいなものに署名したとたん、勇者に従順になって自分でついていった。たしか、書かれていた内容は――」
エッドから現場での一切を聞き終えた大闇術師は、恐い顔で少女を見下ろす。
「……」
「に、睨まないでよ。ちゃんと言うつもりだったんだから」
小さくなったアレイアだったが、決意したように息を吸って背筋を伸ばした。
「わかった。あたしが知ってることを、ぜんぶ話すよ――信頼の証にね。少し長くなるかもだけど、いいかな」
はじまりの合図を告げるかのごとく、一陣の風が窓から入りこむ。
庭からだろう、甘酸っぱい林檎の香りがエッドの鼻をくすぐった。
“私、パンのジャムは無花果か林檎が好みです”
「……ああ、頼む。まずは、相手の目的を知っておかないとな」
甘い香りと耳に蘇った声を吸いこみ、エッドはしっかりとうなずいた。
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