勇亡者さまのラストクエスト―成仏したいので、告白させてください―

文遠ぶん

第1章 亡者人生のはじまり

プロローグ:死にたがりの勇者さま




 ああ。

 中堅勇者と呼ばれた俺にもついに、“この時”が訪れたらしい。


『エッド! そんな、なんてことだ――すぐに蘇生術を!』

『無理だ、すぐには蘇らない! 撤退すっぞ、全員やられちまう!』

『嘘でしょ、エッド……身体が……!』


 あいつらがこんなに取り乱すのは、珍しいな。ニータはまさか、泣いてるのか? こりゃ驚いた。


 ひと言からかってやりたいが――“ここ”からじゃ、どうにも手は届きそうにない。


『私の、せいでっ……!』

『メル! 懺悔はあとにして、この場は退きましょう! 貴女がやられてしまっては、誰がこの真っ二つの男を繋げてやれるんです』

『は――はい! ちゃんと、全部持ち帰らないと――私、足を持ちます!』

『誰か! 荷物は諦めて、まずはエッドの身体を集めてください』


 なんとも痛々しい状況だ。それでもあいつらは、まだ俺の身体を諦めていないらしい。頼むから、仇討ちなんかしないでみんなで逃げてくれ。


 それに奮闘しているところ悪いが――俺はもう、この世に“未練”はない。


 ずっと昔、街道でたまたま助けた子供。

 そいつが王族に縁のある人物だったという幸運だけで、“勇者”を拝命した。


 それから十一年。

 街の冒険者が避ける危険で面倒なことがらをすべて背負い、冒険とは名ばかりの“綱渡り”を繰り返してきた。


 時には何週間にもおよぶ遠征。やっと帰還しても報告書の作成と、もろもろの機関への完了手続きが待ち受けている。そして翌日には宿に届く、新たな依頼クエストの書簡の束――。

 最後に休暇をとったのは、果たしていつだったか。


 伝説の剣を手に入れることも、可憐なお姫様と結ばれることもない。


 そんな冴えない勇者の物語は、任務帰りに魔物の一団に急襲されてあっけない結末を迎えた。

 回復の要である聖術師ホーリアンをかばって死ねたことで、少しは結びに華を添えられるといいんだが。


 とにかく。

 ひと足早く、楽園とされている天界へこのまま向かわせてもらおう。



「勇者エッド・アーテル様。天界よりお迎えにお上がりました」



 目元のくまがひどいが、君はいわゆる“天使”でいいんだろうか?

 羽はないけど浮いてるし、言葉遣いは変だけどなんだか神々しいし。


「はい。お準備は、よろしいでしょうか? あとがおつかえになっていますので、なるべくチャッチャと参りたく思いますが」


 なんというか、事務的なんだな。


「お仕事ですので」


 それで、準備というと?


「まあ、お身体のほうは問題なく木っ端微塵になっておりますので、あとはお気持ち的なアレでございますね」


 ちょっと心配になるほど、ざっくりなんだな。


「精神とか魂とかのお話ですので」


 天界って、どんなところなんだ?


「良いところでございますよ。お美しくのどかで、心ゆくまで思想にふけることも許されます。あなた様の功績をたたえ、天界ではお迎えパレードのご用意もございますが」


 えっ……。い、いやそれは――!


「――お静かな、田舎風の離れのご用意もございます」


 どうやら、こちらの気性まで把握されているらしい。

 ありがたい。雲の上に行ってまで、人目に晒されるのはごめんだ。


「さて。ではおよろしければ、そろそろ参りましょうか」


 ああ、頼む。


「もしもし、“門”の通過ご許可を願います。はい、はい……え? 申請書に不備が? ああもう、あとでちゃんと書きますから……とりあえず上げてください。男、人間、勇者。ええ、おひとりさまです」


 天使も大変だな。


 さて……本当に、この世ともお別れか。


 田舎の親父、母さん。先に逝く息子の不幸を許してくれ。

 俺が戦死でもしたら村に銅像を建てるって言ってたけど、あまり顔を整えすぎないようにしてくれると嬉しい。


 そんな村から最後の遠征までついてきてくれた、親友。

 お前の知恵と魔術には、いつも助けられたよ。

 術の研究に没頭するのもいいが、いつか可愛い嫁さんに出会ってくれ。


 それから――



『エッド……エッド! 逝っちゃだめです!』



 そう、“彼女”だ。


 しっかりしているのに、肝心なところが抜けていて。

 百合のように凛としていると思えば、ほほえんだ顔は咲きたての薔薇のような。


『お願い、蘇って!』


 ん? なんだか、この空間……さっきよりも暑くなってないか?


 これはまさか、蘇生魔術!? 



 彼女――メリエールか!



「強力でお見事な蘇生術です。あなた様の魂は今、地上へお引っ張りになられています」


 れっ――冷静に言ってないで、早くしてくれ!

 俺はもう、天界に行きたいんだ! 


 なんだよ、その懐疑的な目は。



「……当局と致しましては、“未練”がおありになるお方は、天界へとお連れできません」



 な――何だって!?

 いや大丈夫、ほんと“未練”なんかないから! 行こう、天界!

 ああ、なんか身体の感覚が戻ってきた!


『慈愛の象徴たる御神ディナーレアよ、我らが英雄の魂をその御手に包み――』


 君が祈らなきゃ安らかに逝けるんだよ、メル! やめてくれ!


 夢の天界暮らしが、待ってる……っ!

 俺はもう、引退するんだっ……!!


「さすが勇者様です。この蘇生魔術にご対抗できる魔力をお持ちとは」


 ぐあああっ――! ふんぬああああ!!


 なんかもう、確実に足で踏ん張ってる感じがする……っ!

 けど、引き戻されてたまるか!


「しかし――あまり、ご抵抗されないほうがおよろしいかもしれません」


 なんだって? もっと、はっきり――


「蘇生魔術にご抵抗されると、両者の魔力がぶつかり――“中途半端”になってしまう恐れがあります」


 いや、でもこのままじゃ……って、その変な板でなにを確認してるんだ?

 それになんだよ、明らかに面倒臭そうなため息なんかついて!


「それではわたくし、そろそろ昼休憩のお時間ですので」


 ちょ、ちょっと待ってくれ。人ひとりの成仏がかかってるんだぞ!?

 あまりにも事務的すぎだろ!


『……我の声は帰路を照らす光となりて、天上の扉は今一度閉じられん! ――“蘇生リバイバル”!』

「あああ!! いや、ホント待っ――!」


 声が出る。いつのまにか、懐かしい鎧に包まれた身体が戻ってきている。


「はあ……無駄骨……」

「聞こえてるぞおお!!」


 これみよがしに肩を落とすな!

 うわ、今度は指の先が泡になっていく!?


「これはお失礼……ではまた、然るべき時にお迎えにお上がります」

「いやそれ、今だから! 俺も、一緒に――!」



 なにもない空間が、水の底に沈んでいくように遠くなる。

 俺の身体は、最後まで抵抗する意識を連れてかすんでいった――



「……今度は、きちんと“処理”してきて下さいませ」



 こうしてひとりの男の人生が終わり、“なにか”の人生が幕を開けたのだった。


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