〜狐の嫁入り 編〜 エピローグ
全身を吹き抜ける爽やかな風と芳しい大地の香り・・・
懐かしい栃◯の地に戻って来た結子は、閉じていた双眸を静かに開いた。
清らかさに比例する圧倒的な体感力を駆使して理解した数多くの真実。仲間たち以外は誰も知らない魔物たちと繰り広げた苛烈な戦い。自らの命を投げ打ってでも助けてくれようとした優しくて愛しい人・・・
未来への歩みを響かせるような渡良瀬川のせせらぎの音を聴きながら、それに相呼応するような大空を流れる美しい夕焼け雲を見上げた結子の心は、次第に浮き立ち温もりが増していた。
「夕日がきれいな街・・・未来の記憶・・・」
静かに呟いた結子の耳に明るい笑い声が聞こえて来た。声のする方向へ結子が目をやると制服姿の仲睦まじげなふたりの高校生が渡良瀬川沿いに佇み、笑みを浮かべながら楽しそうに話をしていた。
そんなふたりから伝わって来る互いを慕い想う優しい気持ちを感じた結子は、この場所で朋友とふたりで過ごした時間を重ね合わせるように想い返し、更に懐かしい心持ちになる。
「月に叢雲花に風・・・」
私の未来の記憶には、朋友が死んでしまう未来を変えようとする私を遮って、私を助けるために自らの死を受け入れる朋友の姿があった。
「私が望まない、絶対に起こさせない未来を自らの意志で変えるために、私は愛しいあなたの側から離れます。この真意をあなたが生きて理解した時に、夢や思い込みではなく、新たな未来が見える。あなたにも新たな未来がはっきりと見えた時に私を呼んでください。其の時に、私はあなたの前に再び現れます。」
あの時、私は神様からの言葉だけじゃなく、そう書き記したデータを保存した。
何故なら、あなたはこの荒廃した世の中を清らかな世界に変えることが出来る人だから・・・
◯体山の閉山祭の記事で目の当たりにした朋友の意志的な眼差し。未来を見据えた朋友の澄んだ眼差しは、朋友が新たな未来を見ていることを教えてくれた。そして、私を・・・朋友が・・・私を呼ぶ声が聴こえて来た・・・
渡良瀬川に架かるトラス橋の向こうに沈む夕日を眺めながら、結子はポケットから勾玉ストラップを取り出した。
朋友と共振するかのような未来を見据えた迷いのない清らかな眼差しで勾玉ストラップを見つめる結子は、懐かしさを感じながらも激動の時代を力強く生きてゆく揺るぎない決意と尊い志を胸に立ち上がると、渡良瀬橋を背に川沿いの歩道に出た。
「お姉ちゃん!」
川沿いを駆けて来た幼い子が結子に話しかける。その子の母親に会釈して、結子は子どもからの問いに受け答えする。
結子が手にする勾玉ストラップを濁りの無い眼差しで見つめる幼子の手を優しく取り、結子は夕日に照らされた玲瓏な勾玉をその子の掌の上に置いた。
「お姉ちゃんからのプレゼント!」
「わぁ、ありがとう! 僕の宝物にするね!」
澄んだ目を輝かせながら満遍の笑みを浮かべて喜ぶ男の子の母親が本当に頂いても良いのかと結子に尋ねると、結子は「はい」と笑顔で答えた。
「ありがとうございます」
結子に礼を言う慈愛に満ちた気で繫がっている親子の背を見つめる結子は渡良瀬川沿いをゆっくりとした足取りで歩いてゆく。
静観する夕月夜をひとり眺めながら、その場に立ち止まった結子。
次の瞬間、周囲の空間を優しく包み込むような清涼な風が結子の美髪を靡かせると同時に懐かしい清らかな気が近づいて来ることを感じた結子は静かに双眸を閉じた。
歩みを止めた結子の足元の路面に長く伸びて来た人影。背後から近づいて来たその人物に意識を向けた結子は、あの時と変わらぬ温もりを与えてくれる愛しい人を感じた。
胸の奥底から込み上げて来る激情とともに溢れ出そうになる感涙を必死に堪えようとしても止めることが出来ない結子の双眸から大粒の涙が零れ落ちる。
命の有難さを胸に静かに双眸を開いた結子は、涙で濡れた頬を拭うと満遍の笑みを浮かべながら眩い日の光が射す待ち人の方向へ振り返った・・・
「PURIFICATION」
〜狐の嫁入り 編〜
The End…
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