第9章 (1)昔年の邂逅
数週間後・・・
天を覆い尽くす雨雲が◯体山の山頂に聳え立つ御神剣に影を落とし、猛烈な雨風が吹き荒れる日の夕刻、朋友たちが通う高等学校の校内では辺り一帯が濃い霧に覆われる異様な雰囲気に包まれていた。
ちょうど帰宅しようと正門へ向かう昭心は、濃霧の中に突如として現れた大狐のシルエットを見て、其の姿に圧倒される。
「あら、いけない子だわ、私のこと見えるのね・・・」
霧の中で強烈な妖気を放ちながら九尾狐の双眸が赤く光る。
其の頃
清らかな気に包まれた静かな自宅の自室で結子は椅子に腰をかけ、デスク上のパソコン画面に向かって文章を書いていた。
キーボードを打つ音と時を刻む時計の秒針が微かな音を響かせているだけの静かな夕暮れ時。勢いよく響いていたキーボードを打つ音が止まった次の瞬間、結子はその場に立ち上がり素早く自室のドアを開け、夕食の準備を終えた鏡子が寛いでいる居間に飛び出した。
真剣な表情の結子を見た鏡子は何事かと結子に尋ねると、強烈な妖気を体感している結子は、「学校の方から・・・」と静かに呟いた。
結子が自室を飛び出したのと同じ時分、雨上がりの街中で朋友たちの学校の方角から強烈な禍々しい妖気が放たれていることを察知した鬼塚京一は、妖気の主の正体を突き止めようと妖気が放たれている方向へ駆け出した。
朋友はというと鬼たちからの襲撃を受けた際に蜂に刺されて負傷した夏子を手伝って自宅のキッチンで鬼おろしを片手に大根を力強く
鬼退治は得意だと意気込み勢いよく大根を擂り下ろす朋友に夏子がもう少し優しく擂るように指摘してから時を移さず、凄まじい妖気を体感した朋友は激しく動かしていた手の動きを止める。
真剣な表情の朋友は強烈な妖気を感じる方角へ振り向いて意識を集中した。
「豪雨の後は霧ですか・・・」
そう呟きながら校外に出ようとする雨音を射抜くような眼差しで見つめる大狐は、平安末期の動乱の時代を追想する。霧の立ち込めた城内でひとり佇む雨音に似た妖艶な美女の姿を・・・
「あの時の子にそっくり」
大狐は巨体を揺らせながら雨音との距離を縮めて、
「なんだか、変な寒気がして来たわ」
体を摩って身震いを止めようとしている雨音に大狐は狙いを定め、背後に回り込むと雨音の人体に覆い被さるように憑依した。
雨音の双眸が禍々しい妖気を放ち赤く光る。雨音の肉体を支配した九尾狐は、
自らの強烈な妖気を抑制して雨音の肉体から禍々しい妖気を消した九尾狐は、誰にも感付かれることなく人体を奪い校外に向かって足を進め、霧が立ちこめる闇の中へ姿を消した。
突如として現れた巨大な狐のシルエットを迷霧の中に見た昭心は、その場に立ち尽くし呆然としていた。今し方、我が身が体験したことは何だったのかと・・・
身動きすら出来なかった強烈な衝撃と空間を捩じ曲げるような禍々しい妖気に圧倒された昭心が冷静さを取り戻した頃には、大狐の妖気は跡形もなく消え去っていた。先程まで存在していた強烈な妖気の主は何処だと昭心は暗がりの校内を駆け回ったのだが時既に遅しであった。
結子は自宅近くの路上、朋友は自宅のある神社の鳥居前、鬼塚は学校近くの渡良瀬川沿いの路上、其れ其れが強烈な妖気が消えたことを同じように体感していた。
街中を駆け巡り妖気の主を探したところで簡単に出会すことなどあり得ない。
消え去った妖気と呼応するかのように霧が薄らと和らぎ、夜空の月が姿を見せたかと思うと数分後には薄雲がかかり路面の陰が消える。
コンビニの出入口から出て来た松島と町井は、道路を挟んだ向かい側の歩道をひとり歩く雨音っぽい容姿の女性を見つけて、その後ろ姿を目で追った。
自宅から駆け出した朋友は、妖気の主を探して鑁◯寺付近まで来ていた。淡い光を照らす街路灯の下で足を止めて一呼吸した朋友は、辺りを見回してから又もや勢いよく走り出す。
月が再び叢雲から顔を覗かせ街中を快走する朋友の影を路面に写す。懸命に走る朋友が石畳の路地の角を曲がると、出会い頭にその場で立ち止まっていた女性と打つかってしまう。
頭を下げて謝る朋友の目の前に倒れていたのは、偶然か、必然か、それとも運命なのか・・・担任の雨音であった。
打つかった女性が雨音だと知った朋友に対して、月明かりに照らされた朋友の表情を見上げた雨音(九尾狐)は声を失うほどに
平安末期
暗がりの路地でひとり道に迷い佇んでいた九尾狐が憑依した雨音に似た妖艶な貴女。煌びやかな装飾の施された
そこへ勢いよく駈けて来た男が路地の角を曲がったところで激しく貴女に衝突する。
「す、すまぬ!」
月明かりに照らされた朋友と瓜二つな陰陽師の男は倒れ込んだ貴女に詫びを入れた。
「大丈夫か? 怪我は無いか?」
そっと手を差し伸べながら優しく声をかけた・・・
「先生、大丈夫? 怪我は無い?」
雨音にそっと手を差し伸べ優しく声をかける朋友。そんな朋友を夢見るような眼差しで見つめながら、その手に触れる雨音(九尾狐)は千年ほど昔に恋心を抱いた清涼感のある人間の男と見紛うほどよく似ている朋友に惹かれてゆく。
朋友の腕に引き上げられ立ち上がった雨音。見たところ怪我はなさそうなので、ポケット内で振動する携帯電話を感じつつも朋友は雨音にもう一度頭を下げて詫びてから、その場を走り去って行った。
「
朋友の後ろ姿を哀愁の眼差しで見つめる雨音(九尾狐)は、過去に取り逃がした恋という魚に再び糸を垂らしてしまう・・・嬉しくもあり、儚くて切ない心境であった。
心惹かれた男子の面影を朋友に見た九尾狐。そんな妖姫とはいざ知らず、雨音の名を呼ぶ声が朋友の駈けて行った方向とは反対側から聞こえて来た。その声の主は雨音の姿をコンビニ前で見かけた松島と町井である。
「朋友って言うんだ・・・」
松島から朋友の行き先を問われた雨音(九尾狐)は静かにそう呟き、朋友の名を記憶した。
数分後・・・
朋友からの折り返しの電話に応答しながら歩道を歩いていた結子の視界に運よく昭心と鬼塚が入り、ふたりも結子の存在に気づいて近づいて来た。
ふたりと鉢合わせした結子は電話で朋友の居場所を聞いて自分の現在地や昭心と鬼塚とも鉢合わせしたことを伝えたうえで、突如として現れた後に直ぐさま消え去った強大な妖気について意見を交わして確認する。
朋友との電話を切った結子は、目の前のふたりに消えたのは女狐の妖気であることを伝え、互いに感じたことを話し合った。
史跡・足◯学校を見下ろす歩道橋の上で携帯電話を片手に会話している朋友の姿を見つけた松島と町井は、手を振りながら朋友の名を呼び近づいて来た。
松島から街中を走って何しているのかと問われた朋友は、今の状況をふたりに分かりやすく伝える言葉を咄嗟に見つけることが出来ない。
「何て言うか、その、狐につままれたような・・・」
妖姫に眩惑されたような不思議な感覚を抱くが故に、そう口にした朋友は静かに溜め息をついた。
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