第8章 (4)襲撃

翌日の早朝


東雲しののめの空を彩る茜色と壮麗そうれいな朱塗りのお宮が相俟って雅やかな風情が漂う境内は、爽やかな空気に包まれいた。足◯の町並みを見渡せる境内の灯籠が明かりを消した頃、拝殿内にはひとり正座して心を鎮めている朋友の姿があった。


狐たちに騙され、操られていた自身が情けなく、慢心していた自らを恥じた朋友は此れまでの出来事を冷静に振り返っていた。


自分がいるこの場所、この同じ空間で静かに両手を合わせ空間に意識を広げたうえで、途轍とてつもない集中力を駆使しながら柏手を打っていた、まるで女神そのもののような結子の純麗じゅんれいな佇まい。


清らかな御神気に包まれ幻想的な空間に変化した拝殿内で清らかな神様を感じた自らの体感。そして、目前にあった水晶玉とブレスレットが神々しい光を放った・・・その偉業を目の当たりにした実体験。


大嶽丸と睨み合い対峙していた時には結子の出現により境内は強烈な御神気に覆われ、大嶽丸の穢れた妖気を押し込むだけでなく清らかな気で相手を取り囲んでゆく現象を目の当たりにした驚き・・・


「大丈夫、私の御霊を捧げます」


昨秋、◯体山の山頂で確かに聴いた女神の玲瓏な声を想い出す朋友は、結子の凄さと素晴らしさを想い返しながら改めて感心すると共に、圧倒的な清らかさを醸し出す結子のことを冷静に分析すればするほど女神のように思えてしまう。


無数の点を線で結び、そこから面へと広げ、空間へと広がりを見せるような膨大な情報をひも解き、導き出してゆく結論・・・それが本当に正しいのか否か、今の朋友の力量では、まだ解き明かせないことだらけであった。


しかしながら、結子の清らかさが以前よりも純度と強度を増していることは確かである。今のままの自分では結子の足を引っ張る重荷でしかなく、謙虚になり更に清らかにならなければ結子といる資格はないと朋友は自らを戒め、強く決意するのであった。


篤実な人柄と尊い志を持ち備え、加速しながら進化してゆく朝日朋友には黎明れいめいの足音が伝わっていた。



自宅の部屋でドレッサーチェアーに腰を掛け、いつものように鏡を見ながら髪を梳かしている結子は、物凄いスピードで清まり進化している朋友に対して昨日も厳格な態度で接してしまったことを反省していた。


一生懸命に努力している朋友のことを本当は誰よりも理解している自分が一番に褒めてあげたいのに・・・


ドライヤーのスイッチをオフに切り替え、溜め息をついた後に見せる真剣な表情の結子の眼差しは、大嶽丸と一戦を交える覚悟をした意志的なものであることが鏡越しでさえ明確にわかるほど一転の曇りも無い力強いものである。


暫しの間、静寂な刻を感じながら空間に意識を向けると点在する細密な情報の中に松島と町井が結子のことを考え意識を向けていることが伝わって来た結子は、病院を後にする際にふたりと交わした言葉を想い返した。


「結子ちゃん、あれは一体なんだったの?」


「詳しい説明は出来ないけど、これだけは伝えておく。田村先生は巨大な鬼に憑依されていて、見た目は田村先生だけど田村先生じゃないの」


「うん、私、わかる! 自分なのに自分じゃなくなって、訳が分からなくなって・・・」


「結子ちゃん、警察に言うべきだけど言っても混乱させるだけだし、どうせ信用してもらえそうもないから・・・俺に出来ることがあったら言ってね! 大した事はできないけどさぁ」


町井と松島が受けた恐怖と不安を払拭するためにも大嶽丸を何とかしなければいけないとひとり思案し、決意する結子。


女神と一体化している清らかな結子の体は穢れにより堪え難い苦痛を与えられ苦しめられる毎日であり、今の汚れた世界では肉体が悲鳴を上げる。


そんな苦痛にも耐え凌ぎ、清らかな心身を維持している結子であるからこそ空間から伝わって来る未来の記憶がある。


結子が受け取る新たな未来の記憶・・・足元に霧が立ち籠める場所で夜空を渡る稲光と降り頻る冷たい雨。まるで黒雲の中にいるような異様な空間に巨大な狐のシルエットが浮かび上がる。


未来の記憶が断片的に見える結子は、一連の出来事は狐の仕組んだ策謀であって、大嶽丸ほどの禍々しい妖気に満ちた大鬼を容易くコントロールする牝狐によるものであることを理解した。


結子は未来の記憶により近い将来に出会すことが分かっている牝狐と対峙する前に、まずは大嶽丸と格闘できる肉体に戻すために自らの疲弊した体を祓い清め、硬結した人体の部位を清らかな気をコントロールする蘇生の技術を駆使して弛緩し、心身を回復させるのであった。



数日後の夕刻


季節外れの夏日によって茹だるような熱気が漂う神社境内に、大嶽丸の子分たちが次々と押入り朋友の自宅周辺を取り囲んでいた。


コンビニ帰りの朋友は「法◯寺」前の歩道に差し掛かった時、いつも見慣れている「逆さ川」にどういう訳か目をやった。逆さ川って、何で逆さ川なのだろうと生まれて此の方ずっとこの街で暮らしているにも関わらず、此の時、朋友は初めてそう想った。


身近にあるものに対して疑問を持たずに過ごしていることは誰にでもあり、特に地元のことだからこそ興味を持たず、知らないままに素通りしていることも多分にしてあるものだ。


今度、隙な時に爺ちゃんに聞いてみようと思い朋友が歩みを進めた瞬間、自宅の神社から鬼たちの気を感じた朋友の表情が急変する。朋友が鬼たちの動向を探ろうと心を鎮めて集中しようとした途端、今度は一変して街中に谺するような大声を上げた。


「くっ、蜘蛛!!!蜘蛛が俺の肩に・・・」


透かさず服を脱いで大きな蜘蛛を追い払った朋友は、素早く服を着直した後、大きく深呼吸して自宅へ向け全速力で駆け出した。



数分後・・・再び街中に谺するような奇声を上げる朋友。


「今度は蛇かよ!!!」   


鳥居前で蛇の襲撃を食らった朋友は、咄嗟にひるがえり間一髪のところで蛇の攻撃を躱しただけでなく、唯事ならぬ作為の匂いを感じて疑惑が頭をもたげて来たので、何となく怒りが込み上げて来た。



「い、痛い! 痛いって!」


時を同じくして、神社境内では頼光を庇い蜂に刺された夏子の悲鳴が赤子の鳴き声のように境内に響き渡っていた。


夏子のことを心配しながら声をかける高彦に、だらし無くも涙ぐみながら鼻水を垂らして「痛いです」と答える夏子・・・


痛みを堪えながら、高彦は蜂に刺されていないかと高彦のことを気遣う夏子を見て、自分は大丈夫だから刺された手を出してと優しく答えた高彦は、手にした吸引器で夏子の傷口から毒を取り出してやった。


自分を庇ってくれた夏子に対して、頼光は腫れ上がった傷口をよく冷やすようにと感謝の気持ちを込めて指南した。ふたりからの温かい気持ちを受け取り感謝する情誼じょうぎに篤い夏子の視界に駈けて来た朋友の姿が飛び込んで来た。


境内に居る三人には形振なりふり構わず、御神剣を手にした朋友は境内の鬼たちへ次から次へと襲い掛かり反撃する。


「何でこんなに早く戻って・・・蜘蛛と蛇は?」


そう言いながら、大嶽丸の子分たちは朋友から逃げ惑う。



ここ数日の間、県内にある幾つかの神社を乗っ取った大嶽丸は、蛇、蜘蛛、蜂に穢れた禍々しい気を食らわせて操り、朋友を襲撃させようとしていたのであった。


しかしながら、足止めさせていた筈がそうとは行かず、朋友の帰宅の速さに鬼たちは驚き地団駄を踏む連中や恐怖に戦慄する輩もいた。


蜘蛛、蛇、蜂などの襲撃が大嶽丸たちの仕業だと知った朋友は、御神剣を振り翳し、鬼たちを目の前にして言い放つ。


「百足に噛まれて、超痛かったぞ!」


「百足は違うって・・・ぐふ、殺られた・・・」


御神剣により完膚無きまでに打ちのめされた鬼たちであったのだが、鬼たちは真っ二つに斬り裂かれていない。


実のところ、鬼たちの捕縛を目的としていた朋友は手加減して大嶽丸の子分たちを御神剣で斬り刻むことはしなかったのである。


   

時の経過と共に日没を迎え境内が薄暗くなった頃、大嶽丸の子分たちは朋友の指示に従い拝殿前の階段下に整列していた。


御神剣を手にする朋友を前に緊張のあまり身じろぐことも出来ない大嶽丸の子分たちは、既に朋友の配下にあった。


「爺ちゃん、これ、ちょっと持って」


事態を沈静化させた朋友は有ろう事か、安堵のあまり無意識に頼光へ御神剣を手渡し預けてしまう。


朋友が自身の過ちに気づいて頼光から御神剣を取り返そうとしたのだが、時すでに遅し・・・御神剣を握り締めた頼光は急激に清まり整列している鬼たちの姿を見て驚愕する。


叢雲から顔を覗かせた月明かりが境内の石畳に広がった時、予想だにしない現象を目の当たりにした頼光は、ご先祖様と同じように魑魅魍魎の姿が見えるようになったと歓喜の声を上げた。


頼光がなぜ突如として喜びに満ち溢れた表情をしているのか、その理由が分からずに理解に苦しむ高彦の側で軽率だった自身の行為を深く自省している朋友。興奮した頼光を説き伏せ、朋友は頼光が手にする御神剣を自戒の念を込めながら丁重に奪い返したのだった。

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