第8章 (2)酒色と遊女

時折通り過ぎる車のヘッドライトの明かりが照らす歩道をゆっくりとした足取りで四人は前進する。幸運にも病院はふたりが負傷した神社から比較的近くにあることから、結子は町井の手を取り支えて歩き、朋友は百足に噛まれた足の痛みを気にもせずに労をいとわず松島を背中に担いでいた。


病院のロビーに無事到着すると松島に付き添っている朋友は受付で診察手続きを済ませた。大嶽丸の子分に憑依されていた町井は、朋友が子分の鬼を御神剣で一刀両断した後、結子に支えられながら清らかな気を分け与えて貰っていたおかげで完全に回復していた。


自身の肉体の変化を詳しく理解することはできなくても、結子の清らかさと大きな愛情に触れて心身が清められたことにより大層心地よくなった町井は、結子に感謝の言葉を伝え終えると自分の不甲斐無さから負傷させてしまった松島のことを心配して、その場で涙ぐむのであった。


そんな町井に対して、労りや深い慈しみの心を持ちながら大丈夫だと声をかけて心の支えになってやる結子。


受付を済ませて結子と町井が腰をかけているロビーの椅子に近づいて来た松島の姿に目をやった町井は、憂鬱な面持ちをしながら松島に優しく声をかけた。


町井に怪我がなくて安堵する松島に涙ぐみながら感謝する町井は、松島との距離が以前よりグッと近くなったことを感じていた。


暫くすると、松島は名前を呼ばれたので立ち上がり看護婦の指示に従って静かに診察室に入った。


ロビーの椅子に腰をかけ松島の治療を静かに待つ3人・・・自分の不甲斐なさに腹が立ち苦悩する朋友はひとり黙って椅子に腰掛けていたのだが、何かを想い付いたかのように立ち上がり、結子に後は頼むと言い残して、その場から去ってゆく。


何処へ行くのか尋ねて朋友を引き止めようとする結子の声に耳を傾ける事なく朋友は病院を後にした。


松島が診察を終えた後、松島と町井に対して朋友の代わりに事の真相を説明してやらなければいけない結子は、その場を離れることが出来ないまま朋友の背中を目で追う。


仲間を想う朋友の気持ちを理解している結子は朋友の身を案じながら、これから起こり得る難題にどう対処するのか、ひとり静かに考え溜め息をついた。



病院を出た朋友は街灯の周りだけ仄暗い光が差す暗がりの路上に立ち止まり、集中力を高めて意識を空間に広げ大嶽丸の気を静かに感じた。


北東の方角のそれも遠方に大嶽丸の気を感じた朋友は、大切な仲間を傷つけた鬼たちを退治するために足◯駅へ向かって駈けてゆく。朋友は打倒大嶽丸を心に誓い、布袋に入った御神剣を力強く握り締めるのであった。



宇◯宮の繁華街であるオリオン通りに辿り着いた朋友は、人だかりのなか大嶽丸を探して穢れた禍々しい妖気を懸命に追う。朋友は辺りを見渡すものの周囲の人工的な建物や人の体から発せられている穢れた気が空間に漂っているために正確な情報を肉体でキャッチすることが困難を極め、相手を見失う。


其ればかりではない・・・死んでいることに気づいてない未成仏な数体の幽霊とすれ違う朋友は、改めて凄惨な人間社会の現実を垣間見て寂寥せきりょうに堪えかね、心が折れそうになる感情が滲み出て来ることを感じた。


しかしながら、そのような感情は自分のものではなく、命を失って彷徨っている人たちの寂寥が周囲から自らの人体に迫って来たことを理解していた。


集中力が途切れそうになるのを必死に堪えながら大嶽丸を探す朋友。そんな朋友が意識を向けて振り返った先に大嶽丸が姿を現した。


「大嶽丸!」


朋友は勢いよく大嶽丸に駆け寄るのだが、朋友を引き付けるようにして朋友から離れる大嶽丸。息を弾ませながら無我夢中で追いかける朋友が路地に入った場所で大嶽丸は多数の美女を人質にして朋友を待ち構えていた。


姑息な策謀さくぼうを計る大嶽丸に呆れ顔の朋友は、汚いやり口に対して腹立たしい気持ちになるのだが、相手の術中にはまらないためにも苛立ちを抑えると脳裏に浮かぶという言葉からヒントを得ることにより大嶽丸を挑発することにした。


勝負に汚いも綺麗も無いと大嶽丸に言い放たれた朋友は、男の癖に女っぽい奴だと感じるあまり、図体だけデカくても中身は女の腐った野郎みたいだと言葉を被せ相手を挑発する。


女の腐ったと言う言葉に反応する大嶽丸の態度を察知した朋友は、人質を縦にしないと戦えない女々しい奴は男じゃないと相手を愚弄する言葉を更に浴びせ挑発を繰り返した。


「言わせておけば付け上がりよって・・・」


朋友の挑発に乗り、大嶽丸は一騎討ちするために巨体を揺すりながら歩みを前に進めて朋友の前で仁王立ちした。


朋友に睨みを利かせ間合いを詰める大嶽丸。しっかりと自分の間合いをはかりながら御神剣に力を込める朋友。


車のクラクション音が辺りに大きく響いた瞬間、大嶽丸は透かさず朋友に近づき太い二の腕を振りかざし襲い掛かる。朋友はその剛腕から繰り出される強烈な攻撃を紙一重で交わし、逆に御神剣で強烈な一撃を大嶽丸に浴びせた。


大嶽丸の巨体が動きを止める・・・


一瞬の静寂の後、朋友の耳を塞ぐ女子たちの歓喜の声が空間を包み込んだ。


「ありがとう!」


「怖かった・・・」


「助けてくれて、ありがとう!」


「強いのね、格好よかったわ!」


妖艶な美女たちが朋友の周囲を取り囲み、次々に声色を投げかける。美女たちから一斉に褒められた朋友は照れながら大嶽丸を倒したことに満足していた。


「疲れたでしょ、これ飲んで!」


「いや、大丈夫です」


「遠慮しないで、ほら!」


「あっ、はい・・・」


「可愛い顔して、いい飲みっぷりね!」


「は、はい・・・」


佞奸ねいかんな輩たちの想い通りに翻弄されてたちま酩酊めいていした状態になり、意識が遠退いてゆく朋友の前に息を切らした結子が駆け付けた。


虚ろな目を擦りながら、なぜ結子が此処にいるのかと結子に問いかける朋友は、大嶽丸を倒したから安心しろと誇らしげに語る。酒色に耽溺し、遊女を侍らせた状態の朋友を見つめる結子は、諭すように狡智こうちに長けた狐の仕業だと朋友に告げた。


狐の子分が変身した偽物の大嶽丸とは知らず、眩惑げんわくされた朋友は自分が大嶽丸を倒したと勘違いして牝狐たちに魅了され騙されていたのである。


結子には周囲を取り囲む美女たちに憑依した女狐たちの姿がはっきりと見えていた。


結子に罵声を浴びせ挑発する女狐たちに対して冷静に対処する結子は、惑わされ、騙され、憑依されることなく、あっさりと牝狐たちを追い払い朋友を危機から救うことに成功した。


ぽかんとした表情でその場に座り込む狐の抜けた女性たちと、辺りを見回しながら我を取り戻した朋友の表情を見つめる結子。


「朋友って最低・・・」


朋友に対して辛辣しんらつな言葉を投げ掛けた結子は、その場をひとりで立ち去った。

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