第6章 (1)新年度

時は春、◯体山の山頂に光り輝く清絶高妙な御神剣。


栃◯県足◯市・・・ひとり静かに渡良瀬川沿いの通学路を歩く朝日朋友は、校外の景勝地に鎮座する神社境内で昨年の秋に経験した鬼たちとの苛烈な戦いを想い返していた。


行く手を塞ぐ穢れた妖気を祓いながら鬼たちの根城へ足を踏み入れ、酒呑童子と茨木童子、その仲間である魑魅魍魎をひとりで相手にした。


沢の谷間に沿って様々な形状をした巨石が累積した暗がりの場所で修羅の如く敵を斬り刻み、酒呑童子と茨木童子に改心の一撃を叩き付けた朋友は、梟雄きょうゆうたちとの激闘の末、壮絶な戦いに勝利した・・・


「今日から新学期、高校最後の年か・・・」


その場に立ち止まり、白みがかった淡い青空を見上げる朋友の双眸に眩しい朝日が突き刺さる。



「行ってきま〜す」


「気をつけて」


「それじゃ、行ってきます」



通学する結子と職場へ向かう健彦を玄関先で見送る鏡子。マスクを着用して玄関を背にする大神結子も何の因果か突如として現れた清らかな女神との出逢いを振り返っていた。


初主演映画『愛しい人は、女神さま』の撮影中、自らの身に起こった不思議な現象。初めて経験する何とも言い表しようのない心地よい感覚と聴こえて来た玲瓏な声。


「あれから一年・・・清らかな女神の力により更に体感力に磨きがかかった私・・・清らかさから乖離かいりした場所や穢れた人が増えることにより、私の肉体は悲鳴を上げ苦しくなることに変わりはない。」


「穢れたものを拒絶できる体の反応によって汚れゆく世の中の異常をリアルに体験していることが、今は以前よりもより深く、より正確に理解できるようになっている。」


「そして、すべての命が健やかに、穏やかに、幸せを感じながら生きるためには『清らかであること』がどれだけ大切なのかということも・・・」


そう想いながら歩みを進める結子が学校の正門に近づいた次の瞬間、結子の肉体にある情報が飛び込んで来た。何の前触れもないまま突然に受ける膨大な量の情報を結子は全身の機能を活用して精査するのである。


鮮明な映像として結子に見える光景は、結子が過去に経験したことのある出来事や場所を想い返すようなものではない。結子がこれまでに見たことも聞いたこともなければ体験したこともない情景が見えるのである。


此の時の結子には、神々から授かった清らかな珠を右掌の上に持って珠を見つめている自身の姿が見えた。


「えっ?!」


不意に訪れた不思議な感覚・・・そして、自分に見える光景に驚いている結子の傍らを大勢の生徒たちが挨拶をしながら横切り、校内へと足早に歩みを進めている。


幾人かのクラスメイトたちと声を交わして正門の前に辿り着いた結子は、近づいて来る朋友を見つけて声を掛けた。


「おはよう、朋友」


「おう、元気か?」


「うん」


正門前で鉢合わせした結子と朋友は並んで校内に入った。ふたりが歩みを進める正門前の広場の奥には大きな掲示板があり、各学年の新クラス名簿が貼られていた。


掲示板前に群がる生徒たちの中から朋友と結子の名を呼びながら駆け寄って来る男がいる。そう、松島である。


「朋友は3組で俺と一緒!結子ちゃんは、のぞみちゃんと同じ1組だよ。1組と3組は2組や4組と比べて2年のクラスメイトも多いからマシな方だと思う!あとは担任が誰になるかってことかなぁ・・・」


「あっ、そう・・・」


「朋友や潤くんとは別のクラスなんだぁ、残念だね」


松島に対して呆れ顔の朋友とは対照的に明るい笑顔で答える結子を遠巻きに眺めている数名の男子生徒たちは、口々に「俺、大神さんと同じクラス!」「お前、羨ましすぎ!」「俺も一緒!超ラッキー」と、結子と同じクラスになったことを喜んでいるものや、悔しがり、羨ましく想っているものもいた。


新年度のクラス発表は生徒たちにとっての一大イベント。好きな子と同じクラスになれるか、仲のよい友達と離ればなれにならないか、新しい友達ができるのか、担任は誰なのか・・・地域や学校によってクラス発表の方法はさまざまであるが、前日の夜にでもなれば気になって寝付けないものである。


「しかし、まあ、どこの学校にもいるのかなぁ・・・松っつんのように人が掲示板に辿り着く前に走って来て新しいクラスについて伝えて来る奴・・・ うん、きっといると思う、どこにでもある日常・・・」


そんな平和な日常がいつまでも続いて欲しいと朋友は心の中で呟くのであった・・・

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