第3章 (4)恋心
週末の朝
天気は快晴。この日は映画『愛しい人は、女神さま』の撮影も結子の登場シーンがないために、結子の撮影スケジュールは終日休みであった。
「行ってきま〜す!」
朋友が軽快な足取りで自宅である神社境内を駆け抜けて行く。夏子がいつものように帚を片手に境内の掃除をしている傍らで朋友の姿を目で追う頼光は、嬉しげな表情を浮かべながら矢のような速さで目の前を通り過ぎる孫への理解が追いつかず、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
足◯フラワーパーク駅の改札口の前にある階段下で待ち人が来るのをひとり佇みながら静かに待っている朋友。
「待った?」
そこへ爽やかな風が吹いたかと思うと、朋友が見上げる階段の上に結子が清楚な出で立ちで現れた。階段を降りて来る結子に目をやる朋友は、一切の濁りがない純真可憐な美少女に
「俺もさっき着いたとこ」
本当は30分前には到着していた朋友であったのだが・・・そう答えていた。
晴れ渡る空の下、フラワーパーク内へ歩みを進める笑顔のふたり。
この季節のフラワーガーデンは、20万本の
「わぁ、綺麗!」
そう言いながら微笑む結子の横顔を見て嬉しい気持ちになる朋友は、結子の体調が少しでも回復すればという想いから誘ったにも関わらず、結子といることで自分が逆に癒されていることを感じていた。
水辺に浮かぶ花の妖精たちに感動するふたり。
「甘やかな香り・・・」
周囲一面が色鮮やかな花々で満たされており、その優しく芳しい花の香りを嗅ぐと結子は生命の息吹を全身で感じた。ふたりは園内をゆっくりと歩きながら、それぞれの携帯電話で園内に咲く花の写真を撮影している。
そんな若いふたりに地元の女性が声をかけた。
「一緒に撮ってあげようか?」
声をかけられた朋友は「どうする?」と心の声で問いながら結子の顔を見た。
「はい、すみません」
結子は目線を朋友から女性へ移すと、恐縮しながらその女性に答えた。
「ありがとうございます」
朋友も御礼を言った。
普段は人前であまりマスクを取らない結子だが、声を掛けてくれた女性の優しい行為に対して失礼のないようにマスクを取る。
そして、写真撮影のためにふたりは横に並ぶ。ふたりの距離が近づくと互いに相手の顔を見るものの目が合いそうになると恥ずかしさのあまり結子と朋友は互いに視線を逸らす。
そんなふたりの姿を見かねて女性が朋友に指示をする。
「ボーイフレンド君、もう少し彼女に近づいて、ほら!」
「あの、ボーイフレンド君って・・・」
朋友は恥じらいながらも女性の指示に従って結子との距離を更に縮める。互いの肩が付く距離になると朋友だけではなく、結子もまた溢れ出て来る華やぐ気持ちを感じた。
「はい、チーズ!」
笑顔のふたりが並んではじめて撮った写真・・・ふたりが同時に感謝の意を女性に伝えると、地元の女性は花言葉についてふたりに語り出した。バラの花言葉は愛、栃◯県を代表するヤシオツツジの花言葉は愛の喜びだそうだ。
それぞれの花言葉を持つ色鮮やかな花々が季節ごとに顔色を変え咲き誇るフラワーパーク・・・
「ボーイフレンド君、素敵な彼女、大切にするんだよ」
「あの・・・」
朋友にエールを送り背中を押してくれた優しい女性に照れながらも感謝する朋友と、笑みを浮かべる結子との距離が近くなる。そんな結子と朋友の清らかな気と純粋な心に呼応するように園内の花々は輝きを増した。
フラワーパークを後にしたふたりが次に向かった地は、全国でも有名な栃◯県を代表する場所・・・
「うわぁ、神社だ!」
溢れる笑顔だけではなく、今の喜びを全身で表現する結子は、活力に満ちた木々が生い茂る日◯二荒山神社の参道を朋友と一緒に参進する。
この場所は霊峰二◯山を御神体山と仰ぐ神社であり、地域の氏神様の神社でもある神聖な地。境内は日◯国立公園の中枢をなす日◯連山をはじめとして、3千4百ヘクタールの広さがある世界遺産の神社である。
「うわぁ〜」
「どう?」
「凄い、凄い!」
境内の清らかな気を感じながら、満遍の笑みを浮かべる結子の姿を見て、朋友は結子の体調を心配しながらも楽しくて嬉しい掛け替えのない時間を過ごしていた。
「何でも千2百年以上前からある神社で日◯三山を御神体山として祀る、この地域を代表する神社だって、
「そうなんだ、立派な神社だね!」
結子は朋友に返事をしながら、この地域と神社を長きに渡り護り受け継いで来た人たちの努力と信仰心を空間に点在する時空を超えた情報から体感していた。
朋友も結子の溢れる笑顔を見ながら、この地の素晴らしさと神々への
「うん、やっぱ、神様に感謝しないとな・・・」
「じゃ、私に感謝てよね!」
「えっ?」
「私でも神様でも、たいして変わらないよ・・・ほら、行くよ!」
朋友の手を握り駆け出す結子から伝わって来る温もりを感じる朋友は、心を躍らせながら連れ添うように坂道を上がってゆく。
「ちょ、ちょっと、待てって!」
更にふたりの距離が近くなる。
上り坂になっている参道を参進すると樹齢数百年の立派な夫婦杉が見えて来た。
更に歩みを進めて階段を上がると大きな神門がある。神門屋根の
「ほら、朋友くん、右手出して!」
結子は左手を出しながら、朋友へ右手を出すように訊ねた。朋友の右手と結子の左手の人差し指と親指でハートマークを作るふたり。
「ほら、こうやって覗くと同じだよ!」
結子はふたりの手で作ったハートマークを覗き見る。
「朋友くんも、ほら!」
朋友も照れながらハートマークを覗き見たとき、ふたりの心が繫がった・・・朋友は不思議とそんな気がした。
神門の位置で立ち止まり、頭を下げてから拝殿前の神域に入るふたり。開けた視界の目前には
拝殿の左手へ歩みを進めるふたり。神輿舎、大国殿を左に見ながら更に神苑の奥へ向かうと目の前には末社の「朋友神社」が姿を見せた。
「わぁ、朋友神社(ともじんじゃ)だって、字も同じだし、可愛いね!」
笑みを浮かべる結子に「みともだよ!」と心の中で呟き、ツッコミを入れる朋友。
神苑には注連縄が施されている高天原と呼ばれている場所があり、神々が降臨する場所として弥生祭の朝には高天原神事が執り行われる。
ふたりが歩みを進める更に奥には御神体山の山頂にある御神剣と類似する良縁の剣が静かに佇んでいる。ふたりが御神剣の前に立ち、心を鎮めて静かに手を合わせると耀きを増す御神剣。
空間に意識を向け集中する結子は、目の前の御神剣が山頂と連動していることを体感していた。朋友も何とも言い表しようのない刻を超えた不思議な感覚がすると同時に清らかな御神剣と神聖な空間、大地から全身に伝わって来る力強い気を感じていた。
その後、ふたりは更に心と体の動きを鎮め、拝殿でご祈願をした。透明感のある声と
拝殿から境内に戻り、御守りを購入するふたり。
「あれもやろうよ!」
結子の誘いを受け、照れながらも結子と一緒にハート絵馬に祈願する朋友・・・
ふたりは◯体山麓の景勝の地に鎮座する中宮祠にも参拝した。中宮祠の眼下に広がる中禅寺湖でスワンボートに乗るふたり。ペダルを優しく漕ぎ、緩やかに湖を進むふたりを乗せたスワンボート・・・安定感のあるボートではあるものの、大きな遊覧船が近くを通ると波を受けてボートが揺れる。
「わっ!」
そんなちょっとしたスリリングもふたりの距離を縮め、心を躍らせる。
ふたりだけの時間がペダルを漕ぐ勢いとは裏腹に足早に過ぎ去ってゆく。時間よ止まれ!時折マンガやアニメで聞くセリフが朋友の頭に
◯体山、この場所をずっと護り続けている山・・・日光が照らす眩いばかりの湖畔から、ふたりが見上げる御神体山も明るく微笑んでいるように見えた。
渡良瀬川沿いを自転車でゆっくりと走るふたり。渡良瀬橋が見える位置で自転車を止め、その場に腰を下ろして夕陽を眺めた。時を刻む早さは何時の日も一定であるのに、楽しい時を過ごしていると時間はあっという間に過ぎてゆく。君と一緒なら、何があっても、どんな世界でも生きてゆける。ふたりが過ごした素敵なときは永遠だと信じているから・・・ふたりの心に静かに刻む、愛の花言葉、ずっと続くよ、永遠に・・・
ふたりだけの時間・・・ふたりだけの想い出が心のアルバムのページを刻む。
「ありがとう!」
今日一日の御礼を結子が朋友に伝えると、朋友は「クスっ!」と笑みを浮かべた。なぜなら、朋友は◯光二荒山神社で
「心願成就するには、素直で清らかな心、穢れのない体、そして、静かに手を合わせ、本気で神様に祈ることです」
朋友がそれを結子に伝えると恥ずかしい表情になる結子。
「巫女さんというよりも、本物の女神さまに見えたから・・・それが可笑しくて」
そう言いながら朋友が照れる結子の表情を覗き込むように見た。
「本物だったらどうする?」
「本物だったらどうして欲しい?」
「もう、
「いや、
「えっ、じゃあ、私がお婆さんになっても・・・」
「ああ、そうなるかなぁ!」
友情から恋心へと変化してゆく微笑ましいふたりの姿を夕月夜が見守る中、◯体山頂の御神剣と神苑の良縁の剣、二つが共鳴した・・・
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