古典探偵と自律人形の夜想曲

綾辻 言葉

第1話 古典探偵《アンティーク》

私は古きよき物という物が好きだ。

そこには記憶や、想い出の数々が詰まっている。 人の営んできた歴史がそこには刻まれているのだ。

そこにどんな物語があったのか、それを想像することが、私の人生で最も重要な楽しみの一つで、だからこそ『古典アンティーク探偵』などという別名も好ましくは思う。

だが、そんな私でも好き好んでボロボロの洋館に住む趣味はない。

断じてちょっと古い家具に釣られたとかそんな理由ではない。

幽霊屋敷と呼ばれるこの洋館に住んでいるのには、深い、深ーい理由があるのだ。


弥生やよいさーん? 紅茶が冷めてしまいますよー? 弥生さーん?」


……その原因となっている元凶が、まるで当然かのように助手として振る舞っている。

だがまぁ、彼女の作る菓子と紅茶は見事なものだし、元々ここの家主である彼女が許しているからこそここに事務所を置いて置けるのだから文句も言えないだろう。

折角の紅茶が冷めてしまうのも勿体ないので、書斎から出てリビングへ降りて行くことにする。

お気に入りの煙管キセルの灰を捨て、手の止まっていた事務作業は机に放って置くことにしよう。

自慢のアンティークが並んだもはや趣味部屋と化している書斎を後にし、いくつもの名前も知らない名画の並んだ廊下を通り抜け、ギシギシと音を立てる螺旋階段を降り、彼女の待つリビングへ足を運ぶ。


リビングには、小さいながらも趣きのある木製の机に、古いがピカピカに磨き上げたティーカップと銀の食器が並べられている。実に私好みの光景だ。

アンティークに囲まれた生活のなんと素晴らしいことか。

それを準備したであろう助手の方を見る。

あぁ、今日も助手は私を見朗らからな笑顔で迎えてくれる。

これが幽霊で、しかも動く人形でなかったら完璧だったのに。

ぱっと見15、6歳に見える、白い髪、幼い顔立ち、ぱっちりと開いた大きな瞼に、無邪気そうな表情の、美しいと表現するに不足ない少女の姿をした人形が、お茶菓子を運びながら


「あ、やっと降りて来たんですね? 全くものぐさなんですから。 さ、冷めてしまう前に頂きましょう? 今日のフォンダンショコラは自信作なんです!」


と、鼻息を荒く自信ありげに主張してくる……。

人形なのに鼻息が荒くなるのかって?

世の中には知らない方がいいという言葉もあるだろう?


「わかった、わかったよ。 まだ片付いてない依頼は何があったかな、アーリャ?」


「失せ物探しが三件、古美術品の鑑定依頼が二件、それと……消えてしまった主人を探して欲しい、という人探しが一件ですね。」


時間もかかるし見つかる保証もない失せ物探しに、明らかに頼む場所を間違えている鑑定依頼……、まぁ、一番面倒な人探しから探すのが無難だろう。


「じゃぁ先ずは……」


「ご主人を探すんですね!!」


「……どうしてそう思うのかな?」


「弥生さんは優しい人ですから!!」


自信満々に言われてしまった。

いや、別にそんな親切心で仕事を選んでいるわけではないのだが……。

本当なら古美術品見たいし、観たいし、観察したいし。


「私を雇っているのが証拠です!」


人形が誇らしげに胸を張っている……。

アルヴィナと私に名乗ったその人形、もとい幽霊は、私をお人好しだと思い込んで止まない。


私がどうしてそんな幽霊少女と共に、こんな幽霊屋敷に住んでいるのか。

先ずはそこから振り返って見るとしよう、偶には過去を省みることも大切だ。

次にこんな面倒なことを背負いこまないためにも……。

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