第9話 戦火
完成した原稿にウィルが「東ロンバルド自治区に暮らす人々へ」と宛名を書くと、原稿が光を放ち光の粒子に変わると部屋の中を暴風になって飛び回り窓から外へ飛び出して消えていった。
「これが魔法ってやつなのか、うまくいったのかい?」
「わからない、でもきっと大丈夫だ」
手順はあの時と同じ。でも今回はアンジェラの魔法なしに原稿が光になったのは何故だろう?
ウィルが疑問を抱いているとどこからか爆発音がした。
窓の外を見ると大聖堂から黒煙が上がり始めていた。
「火事にしては騒がしいな」
二人のいる部屋に覆面の神官の一人が現れ避難してくれと呼び掛けられ部屋を出るウィルとエド。
同行しようとする神官にエドは一般人や逃げ遅れた人たちの避難誘導を頼む。
ウィルとエドが戦闘が行われ銃声と炎に包まれた大聖堂を逃げていると、黒煙の中から血塗れで両手に血と脂と肉のこびりついたマチェットを握りしめた熊の巨漢、デミィが現れる。
血まみれの姿をウィルに見られたデミィ、彼を見て驚くウィル。
デミィの表情が悲痛に歪み、静かにそれが諦めに変わっていく。
「全部終わらせる、だから……」
デミィの目は暗い決意と絶望の色を宿らせていた。
立ち去ろうとする彼にしがみつくウィル。
「わがままかもしれないけど、俺の気持ち聞いてくれる?」
ウィルはデミィが遠くに行ってしまわないように強く抱きしめる。
「俺父さんのこと好きだ、たとえ何をしてきた過去があっても、これから何をするとしても。俺にとっての居場所は父さんの側にしかない。だから俺を怖がっていなくなったりしないで、なにが起きたとしても俺のたった一人の家族として必ず帰ってきて」
ウィルの温もりがデミィの中の凍りついた心を溶かし、彼の目からこぼれた一筋の涙がデミィを包んでいた闇を洗い流す。
「わかった、だからウィルもどうか無事でいて」
「約束だよ」
「ああ、約束する」
そう言ってウィルの頭を撫でたデミィの表情はいつもの優しいお父さんの顔をしていた。
走り去っていくデミィの背中を見送るウィルにエドは声をかける。
「君はすごい奴だな」
「そうかな」
「君といると人を信じる気持ちがくだらないものじゃないって思える。それってボクには真似できない事だ」
エドは頷き自分の中で気持ちを反芻して確認するとウィルをまっすぐな目で見つめる。
「君はすごい奴だよ、ボクは君と出会えてよかった」
「なんだか照れ臭いけど、ありがとうエド」
爆発による轟音と振動、そして崩壊していく建物。
二人は大聖堂を後にするために再び走り始めた。
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