第3話 物語は情景を紡ぐ

 ある日思いついたようにブロワに小説を書いてみろと言われ、ウィルは乗り気ではないながらも小説を書いては彼が来訪した時に見せ、延々と修正や書き直しを繰り返させられていた。


 前の人生の時の経験からウィルは小説を書くことに対して抵抗を抱くようになってしまっていた。

 しかし養父のデミィが見る悪夢を消すために日々綴っている夢物語の執筆で少しは薄れたのだが、

未だにこんな事やってなんになるんだという気持ちが彼の中にはどうしても沸いてしまう。


「本当は書きたくないんだけど……」とぼやく彼にデミィが助言する。

「話していると思うんだけれどウィルの価値観は独特なものがある、

 君の感じたことや思った事を小説で書いて伝えてみたらまた違った醍醐味が見つかるかもしれないよ」

「醍醐味かぁ、父さんが言うならやってみようかな」

「うん、なにか困ったらいつでも相談に乗るよ。僕は君の作品のファン第1号だからね」

 そういってウィンクをするとデミィはウィルの部屋をあとにした。

 感じたことや思った事か…とウィルが考えているとふと気づく。

「あれ、でも父さんに小説見せたことあったっけ?」

 恥ずかしくてまだデミィには彼の小説は読ませていなかったはずなのだが、

ウィルはまぁいいかと机に向かって書き始めた。


 異変はある日起こり始める。

 ウィルの部屋の物が突然動いたり、デミィと一緒に植えた作物なのにウィルの作物の方が異常に早く実を結んだり。小さなことではあったがそれをきいたブロワは自分の渡した羽ペンの影響かもなと面白がり、街の占い師に見てもらってみないかとウィルを誘う。


 ウィルは街中で妙な声を聴いて立ち止まり、その間にブロワとはぐれてしまう。

 声の聞こえる方へ歩いていくと、そこには一人の少女占い師がいた。

 ローブに身を包んだ彼女が顔を上げると美しい琥珀色の瞳が見え、

 ウィルは自分と同じ目の色の少女に興味を抱き彼女に自分の事を見てもらうことにした。


 彼女が言うにはウィルには自覚はなかったが、ウィルの民族であるシャムシール族は死後レイスと呼ばれる霊魂に変化し、生存しているシャムシール族のために働く性質を持っていて、そのためにウィルは魔法の羽ペンを使えるが、それが何か知らずに使い続けた結果ウィルにはレイスと強いつながりができてしまい、常に周囲を数体のレイスが術者であるウィルの制御を受けていない状態で使い魔のように浮遊してしまっていた。

 異変の原因はレイスだったのだ。


 ウィルは羽ペンは理由があって手放せないからなんとか手放さずに済む方法はないかと彼女に言うと、彼女は見てもらいたい場所があると歩き始めた。


 人気のない裏路地の行き止まりの壁の前で二人は立ち止まり、少女がペンダントにレイスを呼び込むと歯車が動きだして形状が変化し鍵に変わった。

 鍵を壁の穴にさして回すと壁が開き絶景が広がっていた、そこは住民の誰も知らない街の裏側だった。

 その街はもともとウィルの民族の領土だった場所だったのだ。

 少女は街の秘密の場所で夕日に照らされながらローブを脱ぎ、風にそよぐ髪をなびかせながら自らの名をアンジェラと名乗った。


 彼女はまずウィルにレイスの声を聴くところから始めてみようという。

 夜にレイス達が集まる場所だという高台へ向かい、そこの岩に二人で腰を下ろす。

 夕日が沈み空に星が一つ二つと現れ始めると、どこからか歌声が聞こえてきた。

「今のって君の?」

 ウィルはアンジェラを見る、彼女は彼の顔を見てほほ笑んだ。

「綺麗な歌声でしょ、残念ながら私の歌声じゃないんだけどね」

 そうアンジェラが言うとまたどこからか歌声がする、今度は二人、それは一人、また一人と増えて輪唱になっていく。

「みんなこの場所が好きだから集まってくるの」

「レイスってもっと恐ろしいものかと思ってたよ」

「あなたがそう思うならきっとみんな嬉しいでしょうね」

「それってどういう意味?」

 ウィルが彼女にそう言いかけた時歌声に混じる呻き声に気づく。

「なにか今変な声が聞こえたような」

 アンジェラは複雑そうな表情をする。

「今日の目的は果たしたからもう帰りましょう」

 ウィルはそれが自分が起因していることなんじゃないかとうっすらと理解した。


 ウィルがブロワから聞いていたホテルに向かうと、先についていたブロワはウィルを叱るでもなく探すでもなく一人で酒を飲んでいた。

 部屋に入ってきたウィルを見るなり彼が口にしたのは

「やるじゃないか」

 にやりと笑いながらその一言だけだった。

「おじさんが思ってるような事なんてないよ」

「誤魔化しても女物の香水の匂いがついてんだよ」

 ベッドに倒れ込むとウィルは何も答えず赤くなった顔を隠すためにベッドに顔をうずめる。

「そんなんじゃないって」

 そう呟きながら彼女の顔を思い出すたびに鼓動が早くなる。

 彼女が自分に向ける視線、話し方、まるでそれが親愛の情を向ける誰かに向けたようなものだったから。

 ウィルは自分が知らない誰かになったような気分だった。


 翌日ウィルが目を覚ますとブロワは書置きを残していなくなっていた。

「放任主義なのはありがたいけど、子供をほったらかしてどこかに行く大人ってどうなんだろうなぁ」

 ぼやきつつもウィルが彼女との約束の場所に向かっていると街の様子が物々しくなっていた。

 街の近くの軍事基地が武装蜂起してクーデターを起こそうとしているらしい。

 現状なんとか話し合いを続けている段階だが、要求している内容が不可解で衝突は不可避な状況だという。

 朝からブロワが留守にしていたのはこの状況が原因らしい。


 街のあちらこちらで暴動が起こり始め、暴漢に襲われかけたウィルだったがそんな彼をアンジェラが助け出す。

 彼女が言うにはこの状況もレイスが関係しているのだという。

 レイスには人間に取り付き思考を操る事もできる。

 その本人として思考だけを操られているから気づきようがないがレイス使いであるアンジェラには遠からずこのような状況になるのがわかっていた。

 奪われた大地をシャムシール族の手に戻すために、この地方の防衛戦を行っていた大隊のレイスが軍幹部を制圧している。


 彼女一人の力では止めようのない状況で同じ力を持つウィルを呼び寄せる必要があった。

 だからウィルと絆が深くなったレイスにアンジェラの元に彼が来るように仕向けさせたのだという。


「貴方の声ならきっと彼らも聞くはず、だけど私が迂闊だった。

 貴方がここに来たことで彼らに行動するための理由ができてしまった。もう間に合わない、せめて貴方だけでも逃げて」

 二人で街の裏側の秘密の場所に入り、そこから抜け道に行こうとしたとき、ウィルは景色を眺めてあることを思いつく。

「一つだけ今の俺でもできそうなことがある、試してみたいんだ。協力してくれないか」


 数時間後、爆音や怒号にまみれ遠くには戦火が昇るのが見える中で、

 高台に上ったアンジェラは杖を手にしウィルから受け取った封筒を空に投げると杖を封筒に向けて高く掲げる。その瞬間封筒から眩い光が迸り街を嵐のような強風が襲った。

 ウィルはその風の中を無数の妖精のようなものが飛んでいくのを見たような気がした。


 レイスの力で暴動を起こしていた人々の心をなだめ、暴動の原因となっていたクーデターもウィルの封筒の効果で防ぐことに成功した。


「なんとか届いたみたいだ、よかった」

「貴方なにをしたの?」

「君に教えてもらった大隊長をしていたレイス、グリフレット・ラムダールさんに物語を書いたんだよ。

 戦争で奪われた彼らの思い出の地の光景がまだここにあって、彼らが守ろうとしていた人々も変わらずこの街で暮らしている、その息吹を伝えようと思ったんだ。

 物語は視点を伝えること、俺にもできたみたいだ」

「もしかすると彼らは安心したのかもしれないわね、貴方には資格がある、ならば自分達の出る幕はないって」

「資格?なんの事?」

「貴方はまだ知るには子供すぎるわね、大人になったら教えてあげる」

「自分だって子供だろ」

ウィルとアンジェラは笑いあう、年相応のアンジェラの表情が見られた事をウィルは心から嬉しいと感じていた。

「お礼をしなくちゃいけないわね」

 そう言うとアンジェラは胸元から水晶のペンダントを取り出すと水晶に息を吹きかける。すると水晶の中に小さな火が灯った。

「お守り、いつかこれが必要になる時がくるわ」

 ウィルがアンジェラに差し出されたペンダントを首にかけ、顔を上げて彼女を見るともうそこには彼女はいなかった。


 アンジェラと別れたあとウィルはホテルでブロワと合流し、デミィの待つ家路につく。

 道中ウィルはアンジェラから受け取ったペンダントを取り出し、水晶の中の小さな火が揺れている様子を眺め彼女の事を考えていた。ブロワはウィルのあっていた娘の名を聞きたがり、ウィルが渋々アンジェラの名前を教えるとブロワは不思議そうな表情を浮かべた。

「アンジェラってアンジェラ・ラムダールじゃないよな?」

 アンジェラから聞いた大隊長グリフレットと同じファミリーネームにウィルは息をのむ。

 彼女があの街でウィルを呼んだ本当の理由はもしかすると自分の父を救うためだったのかもしれない。

「ファミリーネームは聞かなかったからわからない」

 そう返事をしながらウィルの中では確かな確信があった。

 それならグリフレットの名を彼女が知っていたことも理解できる。

 いつかまた彼女に会ってみたい、ウィルはそう思いながら今こうして想い出を作りながら生きている風景を心の中に強く刻み付けていくのだった。

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