夏門丈六 掌編集
夏門丈六
指人形
作業に行き詰まると、つい出来心から窓を開けて窓外の
最近は玩具も新しくなって、安価な人形が出回るようになった。その時代の流れは、巡って家の下の、件の公園にも波及した。子供らが一種の合鍵であり記章として携えるのは、大なり小なり美麗な人形であり、その値段や価値によって彼女らの地位は一変した。どんなにまずい顔の子供でも、見目麗しい磁器人形を持ってくればその集団の中で
いつしか私はすっかり彼女らの戲れを見ないようになったが、ある時のことである。もう六歳になる姪を一週間も預かることになった。子供嫌いの妻が嫌そうに応対し、
運の良いことに、彼女らが絶対に保持し続ける七つの席のうちの一つが、偶然にも姪が来たあたりから空いていた。後は姪が人形を差し出して、一言入れてほしいわと、なよやかに告げられれば。それができるならば……。
少女らへの私の狼狽など知らぬように、姪は三尺ほどの体に渾身の勇気を漲らせて、蕾のような掌を震わせながら、今まさに声を掛けんとしていた。柔らかい唇にほのかな黒い影が浮かんだかと思ったが、それは彼女の口が恥じらいのあまりに細かな粒さえ通らぬほど小さい開き方であったからである。そのときようやく私は、ある当然の事実に気づいてしまい、思わず呼び止めようとした。しかし、姪は懐から小さな何かを取り出して見せ出したので、私は感心した。この公園だけの儀礼と思いっていたが、実は世界のどこであっても、少女らの仲間になるための切符は決まっているのかもしれなかった。
姪が着込んでいたのはしかし、飯事に使われるような、頭の小さく体の細長い人形が入るとは思えない洋服であった。私は目を凝らして、掌の上に並んだ小さな人形を見た。指人形であった。
不仕合せなほどの憐憫と、仕合せなほどの安らぎが、私の心を漱いだり、汚したりした。あの少女のあどけない手の上を飾り付けるのは、なんの重量も持たぬ軽やかな指人形である。高価な洋装人形と比べて、なんと清廉であろう! 美麗に飾られた物の、絢爛な輝きよりも、指人形の軽はずみなたたずまいの方が、よほど優しく思われた。しかし、机に座って、恰度お金持ちの婦人同士が鞄を自慢しあっているという小劇をしていたところに割り込まれて、些か不愉快な顔をした彼女らの目は、一瞬指人形の品定めのために子供らしい輝きを失って、悪言を口走る時の動きを手で隠すような、したたかな婦女のように、意地悪く動いた。しばらくの返答を所在なさげに待ちわびた姪だったが、彼女らの仕打ちは残酷であった――指人形は、素早く繰り出された平手によって地面にばらばらと落ちた。
冷水を浴びせられたようにうそ寒く、姪を扶けることもしばし忘れて、今に見た光景に私は愕然とせねばならなかった。子供と言うのはどこまで残酷なことを、残酷でないと思い込みながらし続けられるのだろうか。遊びの足を折って地面にしゃがみこんだ姪に、急ぎ駆け寄ってその肩を抱いたが、目の前でもろく崩れ落ちた少女の心を
恐怖が薄れるとともに怒りがふつふつとこみ上げてきたが、私のような大人が怒鳴り散らしてもなんの効もなさないし、それではこの子があんまり不憫で、妻に事情を話し(生来の子供嫌いでも、これには少しばかり怒りを呈した)、いくばくかの銭を握って、かの子供たちも見ないような高価な人形を買い求めた。思えば、姪の母、すなわち妻の妹はこのような玩具に金を費やす性分ではなくて、あの指人形も母に買ってもらったのではなく知人に譲られたものであろう。丁寧に包装された箱を大事そうに抱えながら、そんなことを思った。箱に詰めるときに、人形の蒼い瞳が鋭く光ったように見えて、怖気を振るった。まるで、自分が如何に使われるかの宿命について、よく了知しているかのような。………
姪はたいそう歓び、次の日に彼女らと一緒に遊ぶようになってから、彼女の歓びはしばらく続いた。むろん、私の歓びというのも、しばらくは続いた。この歓びは、姪が帰る頃までに続くだろうと思った。
姪が帰る日、夜の七時に迎えに来ると言う話だったから、最初は険悪な出会い方であったけれども、やはり幾日も親しく遊んだために、小胆な姪もわざとのような涙を流して別離を惜しんだ。現実的な、冷え切った眼差しをした他の子供らも、皆一様に涙を流した。子供らしくない姿を散々見続けてきた私は、その情景に胸を打たれ、
その時、涙を流している姪の傍に、一人の、今の時分は珍しい小袖を来た少女が近づいた。少女は袖で躊躇いがちに頬を隠しながら、掌に置かれた指人形を、大切にしている宝石のような
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