第91話 加護

 見渡す限りの漆黒の闇が続く。

 どちらが右なのか左なのか、上か下すらもわからない。

 そんな虚無の空間だった。

 そこに自分だけがぽつんと浮かんでいる。

 この不思議な光景を感じて一つの結論が導かれる。

 あぁこれは夢なのだと。


 このふわふわとした浮遊感、そしてなんとなくすぐに忘れてしまいそうなおぼろげな気配。

 何もないと思ったら映像がぶわぁっと流れていき、自分はひたすらそれに身を任せた。

 否、身を任せるしかできなかった。

 ただ自分はその映像を見ているだけで、何もできない。

 何かできたとしてもそれはすぐに記憶の彼方に溶けて消えていく。

 そんな空間の中で、自由自在に動き回ることができ、自分の思い通りにその空間を操れる人がいるというのだが、それは本当なのだろうか。

 だって目が覚めたら今思っていることも何もかもすべて忘れてしまうのだから。


 だがそのおぼろげな景色も、儚い意識も、段々と鮮明になっていく。

 大体このような状態になるともうすぐ目が覚めるのだなと感じてくる。

 最後に黄金色に輝く人影と、漆黒に覆われた人影が見えた。

 きっと何か言っているんだと思うのだけど、ここは夢の中。

 何か言われても聞こえない。

 口先だけがカシャカシャとコマ送りのように流れ、残像が後を追う。

 もしこの声が聞こえていたとしても、きっとすぐに忘れてしまうだろう。

 消えゆく世界に身を委ね、記憶がサラサラと砂時計のように流れて行った。


  *


 はっきりとしない意識が急に覚醒し、バァツと飛び起きた。

 寝ている場合じゃない!

 エクスキューショナーは倒せたのか、みんな無事なのか。

 すぐに状況を確認したかった。


「あ、おはよう飛騨君!」

「東雲か? 敵は!? どうなった!?」

「大丈夫だよ! 飛騨君がやっつけたから!」

「本当か? そうか、よかった……。 いや、それよりも東雲は大丈夫か!? 守るっていいながら、すまない……」

「私なんかより飛騨君の方がひどかったんだから! 痛いところはない? 足りなかったら回復薬持ってくるよ!」

「その調子だったら問題なそうだな。 確かに下地の剣が弾かれて東雲に当たってた気がしたんだが……」

「私も一瞬のことだったから焦ったけど、致命傷は避けれたの」


 元気な彼女の姿を見て、ざわついていた心が段々と穏やかになっていく。

 いつもの東雲だ。

 自分の力が足りなかったばかりに不甲斐ないことをしてしまった。

 他の皆はどうだろうか。

 自分はどのくらい寝ていたのだろうか。

 疑問ばかり浮かんでくる。

 周囲を見渡してみるとすでに元気な姿で休憩してるメンバーが見えた。

 どうやらなんとか倒すことができたらしい。


 今回の戦闘は、自分たちが至らなかった部分もあるが少し気にくわないところもあった。

 俺たちは相当苦戦していたはず。

 なのになぜ助けにこなかったのだろうか。

 結果として倒すことができたからよかったものの、一歩間違えば死に至ることだってあり得た。

 案の定、桜田がアリオーシュさんに物申している最中のようだ。


「ふっざけないでよ! 私たち死ぬところだったじゃない!!」

「それは仕方ないではないか? お前たちが弱いからそうなるのだ。 悔しければもっと強くなればいい。 それにちゃんと助けている」

「こっちはそれどころじゃなかったわよ! 走馬灯が見えたわ!! あぁもう私死ぬんだって、もう覚悟決めちゃってたじゃない!」

「ま、まぁまぁ……落ち着けって桜田」


 怒れる桜田をスザクが窘める。

 ついでに大西もスザクの加勢をしているようだった。


「スザクの言う通りだぜ、っていうかおまえ掠り傷じゃ……。 俺たちの方がダメージ大きかったはずなんだが……」

「うっさいわね! 私が重傷っていったら重症なのよ!」

「……かなり無茶をさせてしまったようで申し訳ありません。 ですが、我々も色々確認したいことがあったのです」

「確かめたいこと?」

「ええ、そうです。 それはスキルのことです。 東雲様、桜田様、飛騨様はスキルに加護を関するものが含まれています。 できればこちらの詳細を知りたかったのです。 加護というスキルは大抵所持者を守る役割を担っているはずなので、ある程度のピンチになると発動するかと思いまして……」

「それなら早く言ってよ!!」

「伝えると気にしすぎてうまく発動しない可能性もありますし、これが最善の方法でした」


 遠めだがアリオーシュさんたちの話が聞こえる。

 彼らにも事情があるみたいだな。

 ……だけどこのやり方は気にくわない。

 もっと力があれば……。


「本当にすみません。 私も上の方には逆らえなくて……」

「上の方って誰なんですか?」

「飛騨様も目覚めましたか。 ヴィネー様ですよ。 ヴィネー様はあなた方のスキルに大変興味を持っていましたから……。 ですが、私もあなた方の力をちゃんと確認したいと思っていました」

「それで、何かわかりましたか? こっちは無我夢中で何が何やら……」


 それは本当の話。

 全神経を集中して倒すべき相手だった。

 力を出すことに必死だったし、無我夢中で自分でも何をやっているのかわからなかった。

 恐らく実力的には、相手の方が上手だったことだろう。


「……わたしも気になります。 私と桜田さんは発動していなかったと思いますが、あの時、飛騨君は少し雰囲気が変わったというかそんな印象を受けました。 あれが加護の力なんでしょうか? もしかしたら私たちにもそんな力があるんでしょうか?」

「そうですね、飛騨様はまず間違いなくラーの加護が発現していたかと思います。 ただ……」

「ただ……?」


 アリオーシュさんが少し言い淀む。

 何か悪いことでもあったのだろうか。


「どのような効果があるスキルかはわかりませんでした」

「わからなかった?」

「はい。 元々皆様が束になってもエクスキューショナーを倒せるレベルではありませんでした。 ……ですが、倒してしまった。 つまり現在判明しているスキルやステータス以外の要因があったということです。 最後の瞬間、何らかの効果が発揮されていたのはわかるのですが、具体的な効果まではわからなかったということですね。 能力のパラメータを増幅するのか、何か特別な効果が反映されているのか、スピードを加速させるのか、相手の行動を阻害しているのか……」

「ただ、その力を発揮できれば今よりも数段強くなるのは間違いないわけですね?」

「ええ、そう考えてもらっていいと思います。 また、桜田さんと東雲さんもそれぞれ加護が発生している様子でした」

「えっ? そうだったの?」


 今まで怒り一辺倒であった桜田は驚いた顔をした。


「はい。 こちらも確証はありませんが、桜田さんは防御能力の向上、東雲さんは回復能力の向上といった効果があるみたいですね。 ただこちらもまだ不明確な部分がたくさんあります。 何せ聞いたこともないスキルですから。 桜田さんのダメージがほとんどなかったのも、東雲さんが剣を受けてもすぐに復帰できたのもそのおかげかと思います」


 その後、一旦場所を移動し出口の長い回廊を抜け休憩ポイントへと到着する。

 小さな小部屋には第31階層へと続く階段が見えた。

 そんな何もない小部屋だが、ロイスさんは何もない壁を見て気にしているような様子をしていた。

 何かあるのだろうか? 訪ねてみると“明日に備えて早く寝ろ”と言われた。

 すみませんでした。


 明日からはエクスキューショナーレベルの敵がわんさか現れるそうだ。

 俺たちが必死に戦ってやっと倒せた敵。

 とてつもなく不安だ。

 アリオーシュさんたちのフォローも期待できるとはいえ、本当に大丈夫なのだろうか。

 そんな思いを抱きながらも、すぐに睡魔はやってくる。

 明日からも頑張らないと……。

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