第89話 魔物の騎士

 階段を下りきった先には小さな部屋とワープポイントのクリスタルが設置してあった。

 そしてわずかに先が見える長い回廊の入り口が続く。

 今までの階層は遺跡の構造が一面に広がったような単純な空間であった。

 だがここは、明らかにそのどれとも似つかない。

 それだけでも、物々しい雰囲気が伝わってくる。


 とてつもなく巨大なダンジョン。

 その中間地点を守護する魔物の騎士エクスキューショナー。

 やつはアークドラゴンやアークデーモンよりも強力な存在らしい。

 聖騎士に匹敵する力をもっているのだから、並大抵の実力者ではまったく太刀打ちできないことだろう。


 手が震え始める。

 今までこんなことはなかった。

 ……とてつもない苦戦を強いられることだろう。


「この調子だったら、案外楽勝かもな」


 スザクが冗談交じりで笑いながらそうつぶやいた。

 きっと周りのみんなも同じようなことを思っていることだろう。

 だが、俺はとてつもない違和感を感じている。

 アークドラゴンもアークデーモンもとてつもなく強かった。

 そんな魔物を楽勝とまではいかないまでも、十分倒せるレベルにまで成長しているのだ。


「そうとは限りませんよ。 エクスキューショナーはとてつもなく強い魔物です。 冒険者でいうとSランク級のメンバーが何人ものパーティを組んでやっと倒せるほどです。 出現すると国家存亡の危機レベルの魔物ですからね」

「そ、そんなに強いのか」


 スザクは軽く思っていた認識を改める。


「私のスマホでもこの階層に降り立ってからずっと警戒アラートが鳴っているわ。 さっきの悪魔とドラゴンでもやばかったのに、どんだけ強さのインフレ起こしてるのよ……」

「確かに強力な魔物ですが、その見返りもかなり大きなものになります。 たんまり経験値がもらえますし、皆さんもまた一段と強くなれることでしょう」


 そしてアリオーシュさんの話が続く。

 第31階層からはエクスキューショナーを倒すことができた者のみ進むことができる。

 後半戦に臨む実力があるのか試されているのかもしれない。

 既に何度も戦ったことのあるアリオーシュさんたちがいれば楽勝であるのだが、今回はそうもいかない。

 エクスキューショナーを倒した人が協力した場合、次の階層に降りる権利がもらえないという。

 そうなった場合、再度エクスキューショナーが出現するまで24時間待つ必要があるそうだ。

 本当に危なくなった場合は助けに入ってくれるとは言ってくれたのだが、できればそれは避けたい。

 俺たちの実力不足で迷惑をかけるのだけはごめんだ。

 魔王軍だっていつやってくるかわからないんだから。


 暗闇の回廊を歩いて行く。

 一点の光を求めて、皆が気を引き締め精神を研ぎ澄ませていく。

 連携だってかなりうまくなってきた。

 近接、中距離、遠距離に分かれ、効率よく敵へのダメージを稼ぎ、動きを封じたところで大技を叩きこむ。

 格上の敵にだって十分通じるレベルには達しているはずだ。


 進むにつれて会話は少なくなっていく。

 本当にダメなときは助けに入ってくれるという話ではあるが、まったく未知数のものに挑むのだ。

 それで緊張しない人はなかなかいないだろう。


「東雲、大丈夫か?」

「う、うん。 私たちの行動でこの国の人々を助けられるならがんばらないと。 ……それに」

「……それに?」

「危ない時は飛騨君が守ってくれるでしょ?」

「……もちろんだ」


 出口を抜けると、サァーっとヒンヤリとした風が流れていく。

 上空には煌めく星空が浮かんでいた。

 都会暮らしの俺には見たこともない綺麗な光景に圧倒される。

 コロシアムのような作りをした闘技場、といったらいいだろうか。

 だが観客席には人っ子一人いやしない。

 静寂に包まれたこの空間。

 それらが一層不気味さを引き立たせる。


 対面には一人佇む魔物の騎士。

 まだ距離が離れているためか微動だにしないが、そこにいるだけで重厚な威圧感が伝わってくる。

 ひやりとした汗がしたたり落ちる。

 下地は魔導書のような本を開き、お得意なのかわからないが銃を作り出す。

 末永は白銀の髪を揺らしながらミスリルの長槍をくるくると回しながら構えた。

 スザクは飄々と歩みを進める。

 しかし、その動きは体をリラックスさせ最適な行動をとるための一動作。

 大西は猛り狂う真っ赤な闘志を燃やし戦闘能力を上げていく。

 東雲は魔法陣の起動準備に入る。

 俺はミスリルの剣に光炎のスキルを付与し、限りなく研ぎ澄まされた一刀を生み出した。

 そして桜田は能力向上のために補助魔法を発動する。

 準備は整った。


 ひとまずは打ち合わせ通り遠距離から攻撃を放ち様子を見る。

 幸いエクスキューショナーの攻撃は剣を主体としている。

 遠距離攻撃もあるそうなのだが、HPが少ない時にしか発動しないらしい。

 だったらその暇も与えず、倒してしまえばよいだけのこと。

 ……頭ではそう考えている。

 だが、その裏には嫌な違和感があった。

 いつも確信するあれだ。

 だが、ここを通らなければならないのもまた一つの確信。


 鎧が擦れギギギと音を立てながら魔物の騎士はこちらに敵意を向ける。

 だがまだまだ剣が届くには遠すぎる。

 そして戦いの火蓋は切って落とされた。


「ファイヤーランス!」


 劫火の槍がエクスキューショナーに放たれ、周囲のレンガ状の壁を赤く照らす。

 その攻撃が秘めた力は相当なレベルのものだった。

 攻撃魔法に特化している東雲のお得意技と言ってもいいだろう。


 魔物の騎士は攻撃に反応し、東雲をターゲットとして認識した。

 とてつもなく速い動きで接近する鎧の魔物にファイヤーランスが着弾。

 ゴオオと火柱を上げ、より一層燃え上がる。

 あのスピードなら回避もできたはず……。

 そう思ったのも束の間。

 纏わりつく炎を払いのけ、飛び出てくる騎士。

 その手にはいつの間にか盾を掴んでおり、それで攻撃を防いだようだった。


 炎から現れた魔物に光炎を宿したミスリルの刃を向けるが軽々と避けられる。

 そしてターゲットが東雲から俺へと切り替わった。

 避けられるとは思っていたが……想像以上に早い!

 魔物の切り替えしが応酬する。

 上下左右から乱舞される斬撃の嵐。

 そして腹部にドンっと鈍い痛みが走る。


 血の気が引いて意識が飛びそうになる。

 足の力が抜け、ガクンと膝をつく。

 ……くそっ剣じゃない。

 途切れそうになる意識を必死につなぎ留め、何が起こったか脳が答えを求めぐるぐると回転した。

 盾の攻撃か……?

 振りかぶる魔物の剣が再び動きだす。

 だめだ、来る……。

 来ることがわかっているのに体が動かない。


 次の瞬間、ドンっとエクスキューショナーの周りの地面が陥没した。

 これは桜田の……。

 敵単体の周囲に重力場を形成し、動きを鈍らせることができる魔法だ。


 横目に末永が見え、彼女は自慢の槍で横に薙ぐ。

 軽々とその薙ぎ払いを片手で受け止め、柄の部分で末永が逆に薙ぎ払われる。

 直撃する瞬間、防御魔法のエフィクトが発生し間に合ったかのように思えたが、それはバリンと崩壊し腹部に直撃した。


 無我夢中で意識を覚醒させる。

 下地の弾丸が魔物を襲うが、器用に盾を使い弾いている。

 これが魔物だって言うのか……?

 ただ、力が強いとかそういうんじゃない。

 そこに立っているのは紛れもなく歴戦の戦士のそれだった。

 技術も卓越している一人の騎士に他ならない。

 先ほど攻撃で落としてしまった剣を取り、再び斬りかかる。

 

 今度は盾ではなく剣でいなされる。

 するりと受け流される瞬間、光炎の魔法を発動し、鎧ごと燃やし尽くす。

 ああ……やっぱり、これだけの攻撃は効かないか……。

 鈍い声のようなものが聞こえ、魔物の刃が返ってきた。

 剣が届くかと思った次の瞬間、奴との距離が大きく開いた。


「どうだコラァ!!」


 体の底に響くような鈍い音。

 大西の攻撃が奴を捉えたようだった。

 そしてスピードに任せた、スザクの攻撃が追い打ちをかける。

 2、3発攻撃を与えることが出来たが、盾によるカウンターでスザクも俺と同じ道をたどる。

 なんなんだこの強さは。

 間髪入れず、大西は大振りの一撃をお見舞いしようとする。

 ダメだ……。

 大西の攻撃は、威力は高いが単体だと避け易い。

 それだと恰好の的になってしまう。

 東雲の攻撃かと思われる氷柱が現れる。

 それすらもひらりと躱し、大西に剣が振るわれた。


「真似させてもらう」


 大西の攻撃に合わせて大振りとなった剣を下地が盾で弾く。

 ビリビリと伝わる振動に少しではあるがエクスキューショナーに隙が生まれる。

 そして大西渾身の一撃が奴の頭蓋に直撃した。

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