第88話 成長する勇者達

 筋肉質な肉体に骨が沸き上がったような浅黒い体。

 不気味で禍々しい怪物は機敏な動きで放たれた銃弾を回避する。


「散開」


 右手に銃を持ち、左手に魔導書のようなものを持つ不思議な戦闘スタイルをしているのは下地だ。

 持っている本のページがパラパラとめくられ、また新たな事象を発現させる。

 銃弾を回避した後に打ち出したもう一方の弾丸が網のように広がり魔物に纏わりつく。

 この世のものとは思えない奇声を発し、その呪縛を打ち破る怪物。

 末永はその一瞬の隙を逃すことなく、長槍のリーチを生かした渾身の突きを放つ。

 空気をはじくほどの勢いで繰り出された攻撃は確実にヒットするかに思われたが、怪物は寸前のところで体をのけ反り回避した。


 彼女が通り過ぎる瞬間、アークデーモンは末永の足を掴み、地面へと勢いよく叩きつけた。

 しかし、その攻撃は末永を捉えることはなかった。

 叩きつけられる寸前に体を捻り強烈な蹴撃を後頭部に与えたのだ。

 さすがの屈強な怪物でも頭蓋へのダメージは思いのほか大きいように見えた。

 よろめくアークデーモンに遠距離から光炎の熱線を浴びせると体表面がジュワっと焼け爛れる。


「グガガガッガガ!」

「アイスフィールド!」


 アークデーモンの上下に魔法陣が発生し、氷柱が現れる。

 一瞬にして凍り付いた魔物は身動き一つとれないことだろう。


「アークデーモンにウィークポイント発動! スザク、大西止めさしちゃって!」


 スザクと大西の拳が氷柱を挟むようにして打ち出される。

 巨大な氷塊はピシりと音を立て、全体にひびが入りガラガラと崩れ落ちた。

 ダンジョン内に静けさが戻り、皆がふぅと一息つく。

 その後、自らの力が上がっていくようなそんな不思議な感覚が訪れる。

 これがレベルアップというものだ。

 普段は少しずつ上がっていくものなのだが、アークデーモンやアークドラゴン級になると相当な経験値が入り急激な成長が起きるのだという。

 勇者メンバー各々が順調にレベルアップし、なんとかこの階層の敵と渡り合えるまでになってきた。

 攻撃を受けるとダメージは大きかったが、戦場すべてを観測している桜田がピンポイントで防御魔法を発動し、致命傷を回避してくれた。

 もし、傷を負ったとしても下地とロイスさんが回復魔法を発動してくれ、すぐに回復。

 自分で言うのもなんだが、とてもバランスの良いパーティになっているのではないかと思う。

 まだまだ、ラウム王国の騎士達には及ばないが、この調子で行けばもしかしたら追い越すことも出来るかもしれない。

 そんなヴィジョンが思い浮かんでくる。

 まるで自分の体じゃないみたいだ。


「大活躍だね飛騨君」

「正直ここまで動けるようになるなんて思ってもみなかった。 桜田の魔法も他の皆も十分に対応できてるし、これなら思った以上に早くダンジョン攻略できるかもしれない」

「勇者様方の成長率には驚くばかりですね。 元々無理な目標を立てていたのですが、本当に一日で中間まで到達できたようですね」

「おっ、あれがこの階層の出口か」


 スザクが指さした方向に巨大な門が見えた。


「最初はヒヤヒヤしたが、案外何とかなるもんだな。 いや、これもロイスさんのおかげだな……。 そこんとこ覚えとけよ!」

「……大西ってもしかして馬鹿なの?」

「あんだと下地!? ロイスさんを馬鹿にしてんのか!?」

「……いえ、そういうわけじゃないんだけど言葉を理解しているのかしら」

「お、大西君、落ち着いて……」

「心酔されるのは悪くないですが、こういうのは気持ち悪いですねさっさと消えてください」

「そ、そんなロイスさん……」


 膝から崩れ落ちる大西。

 なんとなく少しかわいそうだった。


「周辺に魔物もいないようですし、さっさと30階層まで降りてしまいますか」


 一日目の目標地点が見えたということもあってみんなの気持ちが少し軽くなる。


「30階層に降りたら休憩ポイントとワープポイントがあります。 ワープポイントの登録を済ませたのちエクスキューショナーの討伐を行います。 本来であればワープポイントで戻るのがいいのですが……」

「それがいいと思うのだアリオーシュ! こんなジメジメしたところに長居はしたくないんじゃ!」

「そ、そうだ! 早く戻ろう師匠!」

「……ロイスさんはなんか怪しいですね」

「べ、別に怪しくなんかないぞ!」

「ですが、一気に下層へ行くとなるとそうもいかないんですよ」

「皆さんは山に登ったことがありますか?」

「まぁ……富士山に登ったくらいなら」


 スザクが返答する。

 日本の最高峰富士山。

 誰もが人生で1度は昇ってみたい、と、思ったことはあるのではないだろうか。


「私はないかなぁ」

「俺も特には」

「ん……」

「わ、わたしもないですぅ」

「簡単に言うと山を登るときには空気が薄くなるので急に上ると高山病になります。 まぁ、我々のように鍛えていれば山を駆けあがる程度造作もないのですが。 ただ、ダンジョンは少し毛色が違うんです。 強い魔力で満たされているダンジョン、特に30階層より下はその濃度が濃くなります。 体を慣らしていないとうまく動くことができなくなるんですよ。 と、いうことで城には戻れません」

「私は戻ってもいいのだろう!? 師匠!?」

「我もフカフカのベットで寝たいのじゃ!」

「ロイスさん、ラフタル様は戻っても問題ないですが、我々は運命共同体ですよ? それでも戻るのですか?」


 清々しい笑顔を向けられるロイスさんとラフタルさん。

 あの二人のわがままもあの圧倒的な笑顔に敗北する。

 そしてたどり着いた巨大な鉄の扉を開く。

 重厚な扉の先に続く階段。

 下層へと繋がる道だ。

 俺たちは一歩ずつさらに深く進んでいく。

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