第75話 宿屋にて

 ドンドンとドアを叩く音が宿屋の一室に鳴り響く。

 軽快なリズムと同時に聞こえてくる元気な声。

 訪ねてくる人は考えても一人しか思いつかない。


「如月ー! 帰ってきたぞードアを開けてくれー!」

「鍵かかってないから勝手に入ってくれ。 今ちょうどいいところなんだ」


 ガチャリとノブを回し現れたのはロイスという名の聖騎士だ。

 長い黄金色の髪にカチューシャをつけた姿は凛としていて美しい。

 普段の言動から考えれば中身と外見が合っていない気もするがこれは心の内に秘めておこう。

 一応ラウム王国に12人しかいないという聖騎士の一人だというのだから驚きだ。


 そんな彼女は両手に大きな紙袋を抱えていた。

 中には果物やら、パンやら、乾燥した干し肉が入っている。

 加えてフェリシアに着せるための服などもあった。


「悪いなロイス。 俺も一緒に行ってやりたいところだったんだけど、早くこれを完成させなきゃ」

「ジン様わたしのことはそんなにお気になさらなくても……」

「フェリシアそれはちがうぞ! 私たちはやりたいからやっているのだ!」

「意見が合うのものなんか癪だがロイスの言う通り」

「癪とはなんだ癪とは?」

「……まぁなんだ……言葉の綾ってやつだ。 そんなことより、あとはこれを嵌めれば……」


 銀色の光沢をした金属の塊。

 フェリシアの体に合うように足の造形を再現したものだ。

 そう、俺は義足のアーティファクトを作成していた。

 これさえあればフェリシアは自由に立って歩けるようになる。

 幸い自分の左手に手本となる義手が合って助かった。

 部品を加工し、動作する部分を組み立て足の形に変形させる。

 思ったよりもスムーズにできたと思う。


 ふかふかのベットの上に座るフェリシアに足を見せるように促す。

 傷は既にふさがっているが大腿部から下がきれいさっぱり無くなっている。

 だけどこれがうまくいけば以前と同じように歩くことが出来るようになるだろう。

 生身の足の方もアーティファクトを設置できるよう金属で覆いしっかりと固めてある。

 割と厚めに金属で覆うことができたので、ここにくぼみを作り本体と接続する。

 接合部がカチリ、とハマる音がした。


「……どうだ?」

「わからないです……」

「うーん、やっぱり魔法が使えないと難しいのかなぁ」

「魔力の使い方なら私が教えてやってもいいが?」


 ふと頭によぎる訓練の光景。

 あぁ……出会った頃は怖かったな。

 俺は武闘派じゃないっていうのに筋トレばっかりだった気がする。

 おかげさまで体を鍛える重要性、みたいなものはわかったけど。

 そんなペースでフェリシアを訓練させるわけには行かない。


「ロイスの訓練は怖いからなぁー」

「こわいのは嫌です……」

「私は怖くないぞ!? 如月に剣を教えてた時も優しく教えていたではないか!?」

「あ……あれでやさしかったんですねロイスさん」

「どうして急に敬語になるのだ!?」

「いや、なんでもないです……」


 無自覚なこと程怖いものはないな……。

 それはさておき、アーティファクトのことを考えなければならない。

 自分で動かしたときは大したMPも必要とせず動かすことが出来た。

 恐らくだが、ほとんどMPを持たない人間でも動かすことは可能だろう。

 数値で言うのであれば、1日に1MPを消費するかしないかぐらいだ。

 ……以前の自分だとギリギリだけどな。

 となるとやっぱり何らかのきっかけが必要なのかもしれない。

 生まれたての赤ちゃんは歩くことはできないし、自転車に初めて乗る人だってすぐに乗りこなすことは難しい。

 そんな当たり前のことなのだろう。

 コツさえつかめば簡単なことだ。


 ベットの上に座るフェリシアに右手とミスリルの義手でできた左手を差し出す。


「あ……えっと……どうすれば?」

「俺の手を取れ、感覚で動かし方を教えてやる」

「は、はい」

「本当にそんなので大丈夫なのか? 訓練といったら汗水を流してだな……」

「肉体を鍛える場合にはそれでもいいんだけどな。 でも魔法は違うんだ。 マナ……お前たちの言うところのMPというものをどう使うかが重要なんだ」


 フェリシアが保有しているマナに直接干渉し、流れを制御する。

 やはりマナの保有量は問題なさそうだ。

 悲しいことに俺よりも多くもっていると思う。

 思わずため息をつきそうになるが我慢する。

 フェリシアの心情を考えると不安にさせるだろうからな。


 淀みなく流れる力を、義足のアーティファクトに伝える。

 感覚としては自分の足に力を入れる感じだ。

 普段は無意識に動かせるが、感覚がわからないとな。


「わっ! わっ!?」


 感覚のなかった足が急に動き出した感じだろうな。

 フェリシアが年相応のかわいらしい声を上げる。


「よしじゃあ立つぞ」

「は、はい」


 ゆっくりと動き出す義足。

 彼女の小さな体を乗せ、立ち上がる。


「た、立てた! 立てました!」

「驚いた……本当に動くのだな」

「俺も少し不安だったけどうまく言ってよかった」

「……ありがとうございます」


 フェリシアが抱き着いてくる。


「私、助けられてからもずっと悩んでいたんです。 助けられても何にもできないんじゃないかって」


 少し涙ぐんだ声で語り掛けてくる。


「いっそ死んだ方がましだったとも思っていました。 でも、ジン様やロイスさんがこんなに優しくしてくれるなんて……」

「あんまり気にするな。 自己満足みたいなもんだしフェリシアみたいな境遇の人を放っておけなかったんだ」

「私も本当はそうだったのだぞ!?」

「でもロイスは俺を止めようとしてたよな?」

「それは違うんだ聞いてくれフェリシア! あそこのダンジョンは本当に危険だった、だから私は如月を止めようとしたのだ!」


 涙ぐんでいたフェリシアがふふっと笑う。


「いえ、こうして助けてくれただけで私は本当に感謝しています。 一生かけても感謝しきれません。 どうやってこの恩を返していけばいいのか……」

「恩とかそういうのはいいんだ。 それよりもう大丈夫みたいだな」

「え?」


 いつのまにか自力で地面に足を付けているフェリシア。

 ここまで自然に立つことが出来るなら大丈夫そうだな。


「どうだ違和感はないか?」

「違和感どころか、足が無くなったことまで忘れるような感じです」

「頑張って作った甲斐があるってもんだ」

「改めてみると本当にすごい出来だな。 これなら売り物とかにもできるんじゃないか?」

「売るために作ったわけじゃないけどな。 とりあえずこれで今まで通り生活できるはずだ」


 立派な足もある。

 奴隷からも解放された彼女は自由になったんだ。

 しかし、笑顔だったフェリシアの顔に少し曇りが見えた。


「はい、ありがとうございます。 ……ですが、私はどうしたらいいんでしょうか。 少し話しましたが、故郷も壊滅していますし、長い間奴隷として過ごしていたので帰る場所もありません……」

「フェリシア自身がやりたいことはないのか?」


 俺の問いかけにフェリシアは頭を下げ、俯いた。

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