第42話 錬金術と後悔
アークトゥルスと名乗る銀髪のイケメン。
詳しい話を聞くと彼は錬金術師なのだそうだ。
錬金術といえば金属でないものから希少な金属を作る試みのこと。
ただ、今思うと胡散臭い話である。
簡単に貴重なものが手に入れば苦労はない。
例えば木や石ころからは金はできないし、その逆もまた然りだ。
厳密にいうと錬金術じみたことは可能である。
物体を形成しているのは陽子と中性子の塊である原子核と電子だ。
これらの結合状態を意図的に改変することができれば目的の物体を作成することはできる。
現代風にいうと量子化学の分野でではあるのだけどね。
アークトゥルスが使っていた錬金術は存在している物質を変形させるというところだろうか。
隆起させた地面は元々この世界に存在していたものだし、レールガンのような攻撃もそうだ。
地中から鉄を抽出し弾丸を形成。
同じく砲身を作成し、電気を流し電磁誘導の力で加速させる。
その電気も物体の構成次第では発生させることができるだろう。
しかし、電磁気学の考えがこの世界に根付いているとも思えない。
だからこそ彼の技術はとても不可解なものに思えたのだ。
魔法はエーテルの力を利用し、水や電気、火や光などを作ることができる。
こちらは物体がなかったとしても使える技術だ。
対して錬金術は無から有は作れない。
土の槍を作るためにはその原料がなければならない。
一見、魔法とくらべて効率が悪いような気もするがそうでもないようだ。
下地がダンジョンで使っていた地面から棘を作るようなスキル。
あれは魔法でも錬金術でも同じことができると考えていいだろう。
魔法の場合、エーテルから物体へ変化させ棘を生む。
錬金術の場合、地面を隆起させ棘を生むというような感じかな。
この場合、魔法はエーテルからの変換が必要になるが、錬金術は違う。
元々物体が存在しているため素材の変換が必要ない。
つまり、魔法よりも一工程有利になるというわけだ。
まぁ実際のところ魔法の発動スピードはその術者の能力によっても大きく変化する。
だから、どちらが優れているか、と、問われるとわからない部分も多い。
それと俺の左腕を作ってくれるという話だが、それも錬金術という技術があるから出来ることなのかもしれない。
実際に魔法でも同じようなまねごとはできそうな気はする。
しかし、物体を直接操作できる錬金術と比べて複雑な式を幾重にも構築しなくてはならなそうだ。
そういう意味では現物に緻密な作業を加えることができる錬金術にはもってこい。
アーティファクトを作成するということに関しては非常に優れた技術と言うべきだろう。
俺も詳しく学んでみたいところだな。
とりあえず腕のことは彼にまかせよう。
戦闘面でも知識面でも優れた人のようだったし。
信頼してもいいかな。
そんなことを考えていると冒険者の彼女が話かけてきた。
真っ赤な髪にポニーテールがお似合いの彼女。
ファンタジーな冒険者風の服を着こなす。
金属製の杖をもっているところを見ると魔法使いなのだろう。
先ほどの光景を思い出す。
重厚な鋼の万力になすすべなく押しつぶされた彼女。
しかし、現実はそれが嘘だったかのように続いている。
まぎれもなく彼女は生き返ったのだ。
時間を巻き戻すかのように、あの光景が夢だったかのように。
「……さっきは変なことを言ったな。 謝るよ」
変なこと……か?
もしかして俺に戦えみたいなことを言ったことかな?
デネブっていうやつは俺を目当てにきたようなものだし、むしろこちらが誤るべきな気がする。
まぁ俺が悪いわけではなのだが、なんとなく後味が悪い。
その理由は人が死んだからだろう。
しかも極悪人でもなければ犯罪者でもない。
正義感にあふれた冒険者だったからだ。
街の人々を守るために立ち上がった彼らが無残にも切り捨てられた。
今思うと、自分たちが敵わない敵にも臆することなく挑んだこと。
それだけでも彼らは尊敬に値する。
打算的な俺とは違ったのだ。
元々いた世界ではどちらかというと裏側で生きてきた。
だから人の生死は何度も見てきたし、それが当たり前だと思っていた。
何かの目的があって悪事に手を染めるもの、真理を求めて禁忌に手を染めるもの。
そんな人々は粛清されるべきだし、死んで当然だと思う。
だが彼らは違う。
街の人を守ろうと立ち上がった。
そういう人たちが死ぬのはおかしいと思う。
あの時はあまり意識していなかったが、俺なら斬られる前に止められたかもしれない。
……いや、出来ただろう。
そう考えると後悔の念が強くなってきた。
なぜただ見てるだけだったのだろうか?
なぜ剣が振るわれるまで何もしなかったのだろうか?
俺なら彼らを助けることができた。
力を見せるのを控えていた?
他人だから死んでもいいと思っていた?
そんなことはただの言い訳に過ぎない。
死んだらそこで終わりなのだ。
言い訳もなにも通らない。
彼女が続ける。
「冒険者として生きていくからには生死は自己責任だってわかっていたんだけど、仲間が死んで感情的になっちゃいました」
「いや、俺の方こそすまない。 助けに入ってやれなかった……」
こう答えるしかなかった。
本当は助けられたのだろう?
どうして助けなかったの?
そう自分に問いかけたい。
「あなたも名のある冒険者なんでしょ? それでも敵わないような敵はいくらでもいるし、命惜しさにしり込みすることだってある。 死んでしまったのは自分が未熟だっただけだよ」
「でも、俺は……」
「そんな顔すんなよ! あんたの動きを見させてもらったけどすごかった。 もし何か後悔してるなら、それを糧として生きて行けばいいんじゃないかな? 人生ってそういうもんだよ?」
彼女の元気な声が体中に染みわたっていく。
起きてしまったことはしょうがない。
大事なのはこれからどう生きていくかだ。
幸い彼らもなぜか生き返っている。
もし、また同じようなことがあれば全力で助けよう。
異世界だからとか、いきなり召喚されて信用できないとかそんなことは関係ない。
人の命はかぎりあるもの。
替えは効かないのだから。
「ああ、あと一つ忠告だけど……あの錬金術師は信用しないほうがいいよ」
「錬金術師ってアークトゥルスのことか?」
「そうだ、何でもヤバイことやっているって噂だ」
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