第26話 殺戮者
転移した先、等身大の大きさをしたクリスタルの前に降り立つ。
転移用のクリスタルは第五拠点城壁の内側に存在しているため、こちら側の被害はほとんどなかった。
慌ただしく通信をかけてきた兵士が嘘のようだ。
第五拠点はデモンズロードを横断するように巨大な城壁が建てられており、その中央に砦が築かれている。
砦の中心には堅牢な作りの門があるが、現在は大きく開かれており兵士たちが出陣していったことが伺える。
怖いけど行くしかない。
そのうち他の聖騎士も駆けつけてくれる。
そうすればどんな脅威にだって対応できることだろう。
何せ今まで魔物の襲撃を耐え続けてきたのだから。
そう易々負けるはずがない。
額から冷や汗が流れ落ちる。
煌びやかな鞘からミスリルの剣を抜くと、門を潜り戦場へ。
外側の門までは約50メートルほどある長い回廊が続く。
時折何者かが戦っている音が聞こえてきた。
剣と剣が交わる音だろうか。
壊滅状態とは聞いていたが、まだまだ善戦してるじゃないか。
とは思ったものの、聖騎士団は500人はいるはず……それなのに戦闘音がこれだけ?
剣を構え、足を速め、第五拠点の外側へ。
月下に佇むのは一人の道化。
大きく鋭い鎌には真っ赤な液体がべたりと張り付き、ボタボタとしたたり落ちている。
空に掲げた右腕には頭蓋をわしづかみにされた人影が。
この光景をみたものはこう思ったことだろう。
死神だと。
第五拠点を防衛していた聖騎士団は今はどこにもいなかった。
あるのは変わり果てた肉塊のみ。
ほとんどの者が体を引き裂かれ、切断され、引きちぎられ、見るも無残な姿になっていた。
胴体から首が消えている者、上半身が消え下半身だけになっている者、体の中心から真っ二つにされている者、果ては原型を留めない程バラバラにされている者、様々であった。
……どうしてこんなことになっているのだろう。
今すぐここから逃げ出したい。
そんな気持ちがあふれ出す。
だけど、体が動かない。
剣がカランと地面に落ち、地面が急に無くなったかのように足がガクんと力を失った。
怖い怖いこわい。
私も目の前の兵士たちのようにバラバラにされるのだろうか。
こんなことならば聖騎士になんてなるんじゃなかった。
「はぁ~せっかく異世界に来たっていうのにまったく期待はずれだなぁ~。 少しは楽しませてくれるかと思ったんだけど……そこのキミもこの人たちみたいに無駄なことをしに来たのかい? 弱いものを甚振る趣味はないんだよねぇ僕」
「……あぁ……」
道化が私に話しかけてくる。
言葉が出ない。
私にはすでに戦う意思など残っていなかった。
今まで作り上げてきた聖騎士という立場を捨ててでもこの現状から解放されたい。
そんな思考が脳内を駆け巡る。
「もしかして僕が怖いのかい? まぁキミが何もしなければ手出しはしないよ。 僕は平和主義者だからさ! この人たちだってそうさ、僕は強いやつと戦いたいだけなのに挑んでくるんだもんなぁ~それならば受けて立たないと失礼ってもんでしょ?」
「ば、バケ……モ……の……」
右手に収まっていた人影がピクリと動いた。
指の隙間からは憎い敵を見据え、射抜かんばかりのまなざしを向ける。
……あれは聖騎士のカイルだった。
実力的には私よりも数段上。
そんな彼が赤子のようにもてあそばれている。
「おや? まだ生きていたんだね」
「……そこにいるのは……ロイスか? ……応援を……呼んで来い! ……このままでは……王都が滅……ぶ……」
卵の殻を割るように頭がペキャリと割れる。
それがカイルの最後の言葉だった。
私がもし戦ったとすれば、末路もあのようになるのだろう。
「あぁ……、あぁ……」
言葉が出ない。
体も動かない。
しかし、脳裏には鮮烈に書き込まれ続けるこの映像。
「ふふっ君は分別をわきまえているようだね。 他の人たちは躍起になって襲ってきたのに……。 ある程度の実力差があるかどうかくらいはわかって欲しいものだよねぇ~全く。 ところで応援を呼んでくるならご自由にどうぞ! その方が強い人が来るかもしれないしね!」
奴がこちらに歩いてくる。
無論、私は金縛りにあったかのように動けなかった。
思考だけがぐるぐると回っていく。
死が迫ってくるようなこの感覚。
「んん? ……この反応は? ゆっくり進んでいこうかと思ったけどちょっと面白いものを見つけちゃった!」
何のことを言っているのだ?
奴は何かに気づいたようだったが、私にはまったくわからなかった。
「じゃあ僕は反応のあった方向に行ってみるとするよ! もし、応援を呼べそうな人がいたら、ぜひとも呼んでちょうだいね!」
そんな言葉を残し、地面が爆ぜ、めくり上がる。
奴の背中には真っ黒な翼が生え、第五拠点の上空をいとも簡単に飛んで行った。
緊張の糸が解けていく。
生き延びたこの瞬間に安堵する。
しかし同時に虚無感が襲ってきた。
恐らくアレには誰も太刀打ちできない。
出来たとして時間稼ぎぐらいが関の山であろう。
一方的に蹂躙する天災のようなものだった。
*
少し時間を置き、救援が駆けつけてきた。
「ちっ! 遅かったか!?」
サラサラとした黄金色の髪が揺れ、蒼穹の瞳が怒りの炎に染まる。
私の兄上であるマグナスは青味がかった鎧をカタカタと揺らし、神の祝福を受けているとされる神剣バルムンクをきつく握りしめる。
「ロイス、ここでなにがあった?」
「私が来たときには既にこのような状況に……」
「カイルがいたのだろう!? ……まさかカイルが居てこの状況ということなのか?」
「最後まで戦ってはいたようなのですが、敵の強さが圧倒的でした」
「……信じられない話だが目の前の光景を見ると納得しないわけにはいかないな。 敵は見たか? 」
「兄上! あいつとは戦ってはいけない! 今すぐ王都から逃げなければ!」
あんな奴に勝てるわけがない。
私よりも強いカイルがまるで歯が立たなかった。
兄上がいくら強いといってもそういう次元ではないのだ。
あいつは触れてはいけないパンドラの箱。
「逃げるだと? ロイスそれは本気でいってるのか?」
「私は本気です! あいつは強すぎる!」
「聖騎士の風上にもおけないな。 我々が戦わずして誰が民を守るのだ? ましてやここは人類防衛の要。 そんな俺たちが逃げてどうする? 人類を滅亡させる気か!」
「……私は……そんなつもり……」
「我々は逃げてはならないのだ! 民のため、世界のため、どんなに困難な戦いでも守らねばならない! それが聖騎士というものだ!」
「ですが……兄上……」
兄上がいうことは正しい。
私たちはこの国の人、この世界を守るために日夜戦ってきたのだ。
ここで逃げたら魔物が蔓延り、世界が滅亡へと進んでいくことだろう。
だけど、正しいことと無謀なことは違うと思う。
恐らくあいつの強さを間近で見ていないからだろう。
私はどうすれば……。
「な、なんなのじゃこれは!?」
「……いったいなにがあったんですか?」
ブラックナイト達が遅れてやってくる。
「マグナス様いったいどうなっているんですか?」
「アリオーシュか。 さぁな俺も今来たばかりだ。 ロイスに事情を聴いてるんだが、逃げろの一点張りなんだよ」
「ロイス様、お尋ねしてもよろしいですか?」
「し……アリオーシュ様……奴は、奴は強すぎる! 行っても皆殺しにされるだけだ!」
思わず師匠と呼びそうになったが、アリオーシュ様は私の師匠だった人だ。
昔は聖騎士として仕えていたが、急にブラックナイトへと転向したのだ。
その理由は教えてくれていないが、ラフタルのせいに違いない。
……今はそんなことを考えている場合じゃないか。
「ロイス貴様、我のアリオーシュを愚弄する気か! アリオーシュならそんな輩一発なのじゃ!」
「あんたのアリオーシュ様じゃないでしょ! ラフタル!!」
「はぁ? アリオーシュは我に仕えているのだから、アリオーシュは我のものじゃ!」
やはりラフタルとは気が合わない。
師匠は確かにとてつもなく強い。
現状、この国でトップが誰かと問われれば師匠を差し置いて候補に挙がる人はいないだろう。
それでもあの不気味な、底の知れないあいつだけは戦ってはいけない。
そんな気がする。
「まぁ二人とも落ち着いてください。 ロイス様の発言からすると、ひとまず敵は一人なのですね?」
「は、はい」
「そして、この惨状を作り出せるほどの実力者。 そして、カイル様もそいつにやられた。 現状を見ると撤退を考えなければならない程の相手にほかなりません。 ですが、撤退しても敵は消えない。 いずれは戦わなければなりません」
「アリオーシュの言う通りだロイス。 逃げても現実は襲ってくる。 戦力が整っている今、叩いておかないと取り返しのつかないことになる」
「そうですね・……。 マグナス様の話も最もなのですが、もしかしたらもっとうまく行く方法があるかもしれません」
「良い方法ですか?」
アレは工夫してどうこうできるレベルには見えなかった。
それとも何か師匠には秘策があるのだろうか。
「ええ、本当に皆殺しをするような奴であればロイス様、あなたはなぜ生き伸びれたのですか?」
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