第24話 降伏

 虚を突かれ一瞬思考が追い付かなくなる。

 少し離れたところにカノープスは降り立ち地面を焦がす。

 蓄えられていたエネルギーも徐々に弱くなり沈静化。

 止めどなく攻撃を繰り出してきた奴が、 閃光のように突進してきた奴が嘘のように静かになる。

 聞き間違いじゃないよな?

 そう、奴は言ったのだ自分の負けだと。


「冗談言ってるのか?」

「やだなぁ~お兄さん! 降参だっていってるでしょ?」


 漆黒の翼と尻尾が無くなり代わりに消えた左腕が再生されていく。

 そして戦闘態勢を解除し最初に見た姿に戻っていった。

 不気味な鎌はボロボロに刃こぼれしていたが、その傷すらも戻っていく。

 不思議だ。


「どうしてだ? 今のままだったら俺も倒せたかもしれないんだぞ?」

「ふふっ。 なんとなくだけど僕って勘が鋭いんだよね。 このまま突っ込んでいたら死んでいた。 そんな気がするんだ。 てゆうか、さっき僕の腕を斬り落とした攻撃? あれを無数に発動していたらいくら僕でも避けようがなかったよ。 僕が第三形態になるときかな? あんな攻撃やられたらお手上げさ!」

「第三形態とか言われても俺はそんなの知らんぞ……」

「えぇ~? そんなこともしらないのかぁ~。 やっぱ世界が違うと色々違うなぁ」


 肩にトントンと鎌を当て、少し考え事をするような仕草を見せるカノープス。

 先ほどの狂気に満ちた笑顔はどこへやら。

 今は無邪気な少年に見える。


「魔族って言うのは形態変化をすることで戦闘能力を上げたり、傷を再生させたりすることができるんだよ。 上位魔族になればなるほどその回数は増えたりするんだけど、まぁ精々3回が限度なのさ。 最後に僕が光の球になった時かな? あれが第三形態への移行の瞬間だったんだけど、本当に焦ったよあの攻撃。 生身でくらってたら一瞬であの世行きだっただろうね」


 あぁあの時のことか。

 確かにみじん切りとまでいかないものの到底生物が生きていられるような生易しい攻撃をしたつもりはない。

 俺もあの時は焦った。

 あれだけのバラバラに分断したにもかかわらず、あいつは無傷で現れたのだから。


「それで降参ってわけか」

「そうそう! 今回ばっかりは潔く負けたことにしておいてあげる!」


 突然の変化に追いついていけない。

 だが、奴のペースに乗せられてはダメだ。

 まだ警戒は解くわけにはいかない。

 何をしでかすかわからないからな。

 カノープスに向けた左手を下ろさず会話を続ける。

 無論、手を翳さなくても魔法は発動できるのだが、何事にも雰囲気というものが大事だ。

 今回は潔く負けを認めるとは……。

 どうゆう風の吹き回しだよ。

 しかし今回な~。

 ……今回?

 

「今回……ってことはまたやってくるってことか?」

「え? あたりまえでしょ?」

「いやいやおかしいだろ!? 付きまとうなよ!」

「いやいやー! 何言ってるのさ! せっかく僕の生きがいを見つけたのに!? これだけは譲れないね!」

「譲れないとかじゃねーよ! なんでお前みたいな馬鹿げた戦闘狂に付きまとわれなきゃならない!? そもそも平和主義者って言ってた最初の言葉は何だったんだよ!? 完全な破壊主義者じゃねーか! 周りを見てみろよ!?」


 カノープスの遥か後方には吹き飛んだ王城が見えている。

 放射熱により森林一帯が炎に包まれゴオゴオと燃えていた。

 これを見せつけられて平和主義者という方がおかしいというものだ。

 ましてや俺の体もボロボロ。

 骨折した箇所もいくつかあるみたいだし、体中のあちこちからギシギシと悲鳴が聞こえる。


「いやー……まぁ戦いが始まったら建物も地形も壊れるものだよね? しょうがないんじゃないかな?」

「そんなわけあるかよ!?」

「むぅ~じゃあどうしたらいいのかな? 魔族の情報も提供しているし、この親切な僕に何をしろと?」

「いやだから、今後も俺に付きまとうなよ!」

「それはできないよ!!」


 だめだ、このままでは平行線だ。

 この調子だと、またあの馬鹿げた戦闘力で攻撃を仕掛けてくるに違いない。

 それだけは避けねばならないぞ。

 少し考えてるうちに一つの名案が浮かぶ。


「わかった……じゃあ、お前に魔法を掛ける」

「むむ? 悪いけど僕が死ぬような攻撃はよしてくれよ? 僕だって一応考えて戦っているんだ。 この距離ならたぶんだけどお兄さんからも逃げられる。 前提としてこの会話自体が成り立ってないんだからね?」

「安心しろ殺傷能力はゼロだ。 これを解いたら逃げも隠れもせずまた戦ってやるよ」

「本当かなぁ~怪しいと思ったら僕は逃げちゃうからね?」


 カノープスの正面に幾何学模様を配した魔法陣を構成する。

 空中に描かれた半透明のその円はぼうっと光り、地面に吸い込まれるように設置された。

 奴の目もそれに合わせて緑色に光る。

 問題がないか確認しているようだった。


「うーん……安全かどうかなんてよくわからないな」

「安全かどうかなんて些末な問題だ。 お前のような馬鹿げた力の奴にはな……。 ちなみにその魔法陣はお前に制約を刻むものだ」

「せいやく?」

「簡単に言えばお前の行動を阻害するものだな」

「えーやだよ! そんなの!」

「魔法を知りたかったんだろ? だったら丁度いい。 その制約を解くには魔法を極めなくてはならないんだ。 それが解けるくらいになればお前も自由に魔法が使えるくらいにはなっているはず。 そもそも、お前を殺すような類の術式でもない」


 無論、易々解除できるような代物でもないがな。

 この世界には存在しない理の塊、オーパーツともいうべきものになるだろう。

 現代魔法の粋を集めたとっておきだ。

 容赦はしないぞ……くくく。


「なんだか胡散臭いなぁ。 それで、その制約ってなんなんだい?」

「簡単な話だ。 お前が人を殺せないようにする」

「……え? それだけ?」

「……それだけって魔族は俺たちを滅ぼしに来たんだろ? お前にとっちゃあ死活問題だろ?」

「いやいやだって僕は平和主義者だっていったじゃないか? 戦闘好きの」

「戦闘好きの平和主義者なんかいねーよ!」

「いるじゃないか! 今ここに!」


 なんだか頭が痛くなってきた。

 だが、なんとか口車に乗せることができた。

 この魔法があればあいつは人間に手出しはできない。

 万事解決だ。


「それで、あとはどうすればいいのかな?」

「こんなにもすんなり聞いてくれるとは思っていなかったぞ……」

「弱いものが死のうが生きようが僕に興味はないからね!」

「単純な性格で助かったぜ。 じゃあその魔法陣に血を一滴垂らしてくれ」


 ガリッっと親指を齧り血を滴らせる。

 重力に従い落ちていく赤い血液。

 それが魔法陣に接触すると発光した。


「こうかな?」

「そうだ。 あとは掌をその中央においてくれ」


 カノープスはしゃがみ込み右手を魔法陣の中心におく。

 淡い光は輝きを増していき、その光はカノープスを包み込む。


「おー」


 と一言、間延びしたような声をだす。

 一定時間その光は奴の周囲を漂い、しばらくすると魔法陣とともに消え去った。


「これで終わり?」

「そうだな。 これでお前は俺に手出しできなくなったわけだ」

「見たところ何も変わらないようだけど?」


 自分の体をまじまじと見るカノープス。

 無論変化はない。

 魔術的な理を埋め込んだだけに過ぎないのだから。


 その瞬間であった。

 突如として天から輝く光が降り注ぐ。

 咄嗟にバリアを展開する。

 極太のレーザー光線のような白。

 まさに天罰と言ってもいいだろう。

 周囲を真昼のように照らすその光は槍の如く着弾する。

 カノープスがいた空間は一面真っ白に染まった。

 

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