第23話 VS カノープス3

 そこには見たこともない数値のステータスが書かれていた。

 壊れてるんじゃなかろうな?

 しかし、これが本当だとしたら遊んでいる場合ではない。

 魔力はいいとして、その他のステータスが尋常ではなかった。

 桁が違うとはまさにこのこと。

 俺が反応できないレベルの攻撃を繰り出した時からおかしいとは感じていたのだ。

 地力が違いすぎると。


 大鎌の切り上げがビュンと空を斬る。

 立ち上がったところへの息つく暇もない攻撃。

 のけ反りその強襲を回避する。

 バク転をするような体勢となった体を利用し、全身を弓のようにしならせ蹴撃を加える。

 チッっとカノープスの頬を掠めた。


 少し反撃するごとに奴の顔は狂気に満ちた表情を浮かべる。

 口が裂けるみたいに奴の口角がどんどんと上がっていく。


「意外としぶといねお兄さん?」

「しぶとさには定評があるからな」

「……立ってるのもやっとなのかと思ったけど、それも魔法とやらのせいなのかなぁ?」

「余裕こいているのも今の内だぜ? ここからが本番だ」

「見たところボロボロなんだけど、どこからそんな自信が出てくるんだろ?」


 カノープスは再度、鎌を構える。

 いや、構えようとした。

 しかし、その大鎌は床にカランと音を立てて落下する。


「……あれ?」


 カノープスの視線の先にはひじから先が無くなった右腕があった。

 肉と骨の断面があらわになり、数秒おいて赤い液体がジュワッと流れ始める。


「どうした? 魔界の住人さん?」


 俺はカノープスの顔に掌を添える。

 恐らくやつは火や水、風や土といった一般的な属性に対して耐性を持つことができるのであろう。

 嫌な感じをしていたあの目が原因な気がする。

 視認することで特別なスキルが発動し、対象の属性を無効化。

 物語で出てくるようなファンタジー世界や、この世界、そして俺の元居た世界にも代表的な属性というものがある。

 もし俺が放つ魔法すべてを解析して無効化するのであればグラヴィティポイントも無効化されなければならない。この魔法だけは何の制約もなく効いていたのだ。

 つまり、属性を伴わない魔法は奴に通じる。

 そしてそれは現代魔法にとってお得意の分野だ。

 もう自分の保有しているエーテルも底を付きかけている。

 それならばいつものスタイルを使うまでのこと。

 白く透明な魔法陣。

 空気中のエーテルを吸収し放つ、単純な力の塊だ。


「インパクト!」

「なんだかわからないけど僕の力の前には無力だよ!」


 緑色の瞳が輝き俺の手を見つめる。

 金属の鎧をバットで殴ったような鈍い音。

 今まで怯みもしなかったカノープスが首をガクんと弾かれ吹き飛んだ。

 衝撃に身をゆだね、左手で受け身を取り一回転。

 倒れることなくストンと優雅に着地する。


 口元から赤い血が流れる

 それを袖で拭うカノープス。

 残された手を額に当て、壊れたおもちゃのように高笑いを始めた。


「……素晴らしい、素晴らしいよお兄さん! 僕の魔眼を持ってしてもお兄さんのその攻撃がなんなのかまったく見当がつかないんだ! しかもこの腕。 どうやって斬ったんだい? この僕が、魔界の頂点に立つこの僕が、どうして気づかない? あらゆる存在をなぎ倒し、ねじ伏せ、破壊してきたこの僕が!!」


 カノープスの右手から落ちた鎌が緑色のオーラを発し高速で飛翔する。

 不可解な軌道を描き、残った左手に収まった。

 上昇していく力は留まるところを知らない。

 弱いものだとすぐに心を折られていたことだろう。

 そしてあることに気が付いた。

 あふれ出るエネルギーに違和感があったのだ。

 エーテルが作用していると思っていたのだがどうやら違う。

 体力を力に変える闘気とエーテルが混合されている。

 先ほどの紙に書かれていた魔闘気と関連したものなのかもしれない。

 二つの力が合わさることで途方もない力が発現する。

 それが魔闘気というものなのか?

 この世界にも特有な概念が存在した。

 個人個人に存在するレベルというものだ。

 もし、奴が別の世界から来たものだとしたら、奴の世界特有の概念が存在することだって考えられる。


 カノープスは左手にある大鎌を電動丸ノコのように超高速回転させる。

 高まるオーラは大気を揺らし俺の体にビリビリと響いてくる。

 空気を歪めるほどの初速。

 もはや目で追いかけることすら困難であった。

 しかもグラヴィティポイントの超重力はまだ健在のはず。

 本当に恐れ入る。


 ギィンっと火花を散らし鎌の攻撃が炸裂する。

 しかしその攻撃は先ほどと同じく空中で静止した。

 防御魔法なんか比にならない。

 超高純度に圧縮されたバリア。

 魔力操作によりその圧縮密度は極限まで高められる。

 最強の盾である。


 そして、その用途は防御だけに非ず。

 あらゆる物体を分離する超平面を作り出すことで、すべてを切断する最強の矛となる。

 一定範囲内に自在に出現させることができる防御不可の攻撃。


 超重力に囚われても軽々と動き回っていたカノープス。

 やつが膝を折る。


「……少し、見えて来たよキミの世界」


 乖離した左足。

 右腕もなくなり不安定になりながらもあいつの闘志は折れていない。

 左腕を斬り飛ばす。

 狂気をはらんでいるような瞳にまた歓喜の光が宿る。

 ダメージを追っているはずなのに、圧倒的にこちらが有利なのに、奴の瞳を見ると、うすら寒さを感じる。内包するエネルギーがさらに膨れ上がっているのだ。

 まだ、底があるのか?


 緑色の魔闘気がカノープスを包みこむ。

 恒星のように輝く球体となり、その余波だけで周囲の石畳を蒸発させていく。

 空気が焦げ、放射熱はそれ自体が攻撃の一つになるほど。

 光で前が見えない。

 右手で光を遮るがそれもあまり意味をなさなかった。


 俺は球体に向かって攻撃する。

 無論容赦はなしだ。

 バリアによる次元分離。

 平面で球体を半分に。

 さらに追加で1/4、1/8、1/16……計1/1024に切断した。


 あの球体に変化はない。

 しかも光の球が動き始めた。

 切断したはずの左足が現れる。

 放射するエネルギーにより、地面がその機能を果たすことなく溶け落ちる。

 奴は自身が発する推進力で空に浮かんでいた。

 形容するなら恒星を圧縮して人の形を成したもののようだった。


 黒い翼が生え、小さかった二本の角が大きく成長。

 同じく黒色のドラゴンのような鱗を伴った尻尾が出現している。


「これならどうだい?」


 先ほどと同じく鎌を高速回転させている。

 気づいたときには既に着弾していた。

 俺の周囲に貼ったバリアは壊れなかった。

 しかし、あまりの火力の高さにバリアを伝わり、空気を伝わり、体に伝わる。

 城の上部はその一振りで吹き飛び、バリアを張った俺ごとゴルフボールのように飛ばされた。


 ……うっそだろ。

 バリアの強度自体は問題ない。

 こんな方法で俺にダメージを与える方法があるとは思いもしなかった。

 伝わった力は本来の攻撃の数千分の一か数万分の一。

 城から離れた森の中に墜落。

 口の中からは血の味がした。


 緑色の輝く光が流れ星のように追いかけてくる。

 いくら奴がはやくても、遠くからくるやつに攻撃を与えられないはずがない。

 奴の首目掛けてバリアによる平面攻撃。

 すると奴の目がまた光り出す。

 バリアが出現する瞬間、クンっと首をひねり俺の攻撃を避けたのだ。


 カノープスが地面を抉り、溶けた土くれや岩石が波のように広がる。

 そして、再度、鎌による斬撃。

 振動系の魔法を使い、伝わるダメージを相殺するが、それでも完全に防ぐことはできなかった。

 さらに、怒涛の連続攻撃により俺へのダメージが追加されていく。


 直接攻撃がダメなら、精神系の魔法がいいか!?


「ソートシーズ!」


 思考能力を麻痺させ相手の行動を阻害する魔法。

 顔をすこし歪め、頭を押さえるカノープス。

 よし効いてる!

 そして、その隙に再度平面攻撃を仕掛ける。

 銀色の髪がはらりと舞う。

 避けられたか!


「なるほどね。 その透明な壁は極限まで圧縮されているんだね? だから、そんなわけのわからない防御力を持っている。 違うかい? じゃあ僕もこうすれば君のそれを壊すことができるかな?」


 カノープスの力の波動が弱まっていく。

 否、弱まっているのではなく鎌にそのエネルギーが集められているのだ。

 切っ先に荒れ狂っていた力が集約される。

 ……あれはまずい。

 咄嗟に後方へ飛びのくとカノープスの一閃が通過する。

 同じ原理で高められた力がぶつかり合った。

 俺の渾身のバリアにひびが入り崩壊する。

 あまった力が俺を容赦なく吹き飛ばした。

 点で力を圧縮しているカノープスに対し、球で平面を作っている俺とでは相性が悪い。

 同じ力量であればもしかしたら耐えれていたかもしれないが、あいつの能力は常軌を逸脱しているのだ。


 ……だが、あいつの行動は諸刃の剣。

 保有しているほとんどの力をあの鎌に注ぎ込んでいる。

 つまり、俺の攻撃も効きやすくなっているということだ。

 バリアの構築によりカノープスの左腕を再度消滅させる。


 森の木々をへし折り吹っ飛ばされる俺。

 奴が追いかけてくる。

 ガンッとひときわ大きな木にぶつかりその勢いを止めた。

 あぁ……肋骨が何本か折れた気がする。

 腕は無事だったが、左足が折れたか?


 こうなったら面ではなく相手の周囲にバリアの面を展開し、収縮させて圧殺するしかない。

 極限まで相手の攻撃を引きつけ防御力や回避能力が下がったところで発動させるのだ。

 球体の面が迫ってくるのだから避けようがない。

 その場合、バリア自体を破壊するようやつは行動するだろう。

 しかし、攻撃用に使うバリアはわざわざ相手の攻撃を受ける必要はない。

 攻撃に合わせてそこだけ形態を変化させ斬撃を受けないようにすればいい。

 成功してもあいつの攻撃の余波が襲い致命傷になりかねないが、倒すにはこれしかない。

 こちらも命がけなのだ。


 鎌を構え迫るカノープス。

 緑色の瞳が夜の闇に怪しく浮かぶ。

 戦闘に飢えた獣のようだった。

 俺は右手を相手に向けバリアの展開準備を済ませる。

 だが、奴は急にスピードを落とし、突然こう告白した。


「……それはいけないな。 わかった僕の負けだよお兄さん」

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