第79話「夢六夜(ゆめろくや)」
ん? ああ……ここは夢の中か……
猪熊の「アレ」に触れたことなど、別に誰にも打ち明けていないし、何も言われていないのに、一人で勝手に、ちょまま、あわわわしているうちに寝落ちてしまったらしい。
「はい、どーもー、こんにちはー! 今日はもう待ち切れなくて、昼寝なのに出てきちゃいましたー!!」
そんなわけで、作中の月末恒例の「自称・天神さま」登場回である。
過去2ヶ月はてるてる坊主になったり、美少女化したり、とにかく奇をてらっていた、自称・天神さまだが、今月は普通に着物を着ていて、特にコスプレなどはしていなかった。
「あれ? 気づかない?」
自称・天神さまは、一応神様らしいので、俺が何もしゃべらなくても、この「地の文」が読めて、意思疏通ができるらしい。
でも俺はお人好しなので、ちゃんと口を開いて、会話してあげることにしていた。
「気づかない? って、何がですか?」
「今月もちゃんとコスプレしてきたんだけどなー……ほら、この衣装に見覚えなーい?」
相変わらず、おっさんのくせに女子みたいな口調でしゃべって、気持ち悪いことこの上ない、自称・天神さま。
「でも、あともう少しすれば、おっさんが乙女キャラを演じるドラマがめっちゃヒットするんだけどな……」
「え?」
「いや、こっちの話……でさぁ、本当に気づかないの?」
「うーん……」
仕方がないので、改めて、自称・天神さまの着ている着物をよく見てみる。
思えば貴族が着ているにしては地味でみすぼらしい着物だし、何より頭に被っているのが
七月に……幞頭を被っている有名な男と言えば、ただ一人……
「彦星?」
「ピンポーン! そう、七月と言えば七夕だから、彦星のコスプレしてみましたー!」
なぜか、自称・天神さまは飛び跳ねて、小躍りしながら、正解発表した。
「いや、わかりづらいわ! 普段の格好と大差ないし!!」
「だって、しょうがないじゃない。わしとしても本当は、お主好みの巨乳織姫のコスで出てくるつもりだったんじゃけど、お主が寝落ちる前に衝撃の事実が発覚したから、急遽変更したんじゃよ」
「あ? 衝撃の事実?」
「いやー、せっかく『モテモテ学園生活』を用意してやったのに、誰とも付き合わずに夏休みを迎えちゃったのなんでだろうーって思っとったんじゃけど、納得したわー」
「そ……それって、まさか……」
「まさか、お主、ゲイだったとはねー! それならば納得! そりゃあ、ゲイだったら、いろんな女にグイグイ迫られても断るに決まってるよねー! ごめんごめーん!!」
「だから違う言うとろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は「もう誤解を誤解のまま放置したりはしない」と決めているので、自分でもビックリするほどの大声を出して、ゲイであることを否定した。
「え? 違うの?」
「ち・が・うううううううううううっ!!」
「いや、そんな、RPGのラスボスの断末魔みたいな声、出さなくても……」
「わかりづらい例えだなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
誤解がとけるまで、俺の声が小さくなることはなかった。
だってしょうがないじゃない、こう見えて俺は女の子のことがだーい好きなんだもの……でなきゃエロゲなんかやらないし、エロ漫画も読まないっての……
「いや、そこまで怒らなくても……軽い冗談なのに……」
「冗談ですむ問題じゃないだろう! 俺の恋愛対象は女子だけなのに、ゲイ呼ばわりされたら、シャレにならんわ!!」
「でも今日、猪熊のこと見て、ときめいてたよね」
「う……」
だってしょうがないじゃない、最初に見た時は女子だと思っていたんだもの……
「そりゃあ今はまだ若いからわからないかもしれないけど、人間、ある程度の年になると、見た目がかわいい女子だったら、別に『アレ』がついててもいいかなーとか思うにな……」
「ならねーよ、俺は! そんな大人にはっ!!」
「みんな若い時はそう思うんだけどねぇ……気がついたらなぜかニューハーフヘルスのホームページを見ているおっさんに……」
「いや、なんの話だよ!!」
「なんにせよ、お主はゲイの『セクシャル・ヒーリング』が好きと……」
「いや、好きじゃねーよ!」
「え? 好きじゃないの? マーヴィン・ゲイの『セクシャル・ヒーリング』」
「あ? マーヴィン・ゲイ?」
「あれ? 『レッツ・ゲット・イット・オン』の方が好きだった?」
「いや、俺がマーヴィン・ゲイの曲で一番好きなのは『スタボーン・カインド・オブ・フェロウ』だわ!」
「フッフフッフー」
「セイ、イェイェイイェイ、セイ、イェイェイイェイ」
「ワンモアターイム、ベイビー!」
「セイ、イェイェイイェイ、セイ、イェイェイイェイ」
「アー……って、なんだこれ!!」
なぜか俺は自称・天神さまと一緒に、「スタボーン・カインド・オブ・フェロウ」のイントロをハモっていた……ていうか、なんで洋楽歌えるんだよ、この自称・天神さまはよ……
なんにせよ、女の子大好きな俺のことをゲイだなんて、「悲しいうわさ」を流すのはやめてくれたまえじゃないか……
「さて、お主がゲイだなんて冗談はこれぐらいにして、お主、あの黒ギャルにずいぶん入れ込んどるようじゃのう……」
「いや、いきなり話題、変えやがったな……」
「でもやめた方がいいと思うよぉ……」
「え? なんでだよ?」
「やっぱり高校生と社会人の恋愛って難しいと思うんだよねー」
「なんで、まだ何もしてないうちからそんなこと言うんだよ?」
「いや、わしはお主のことを思ってね……」
「俺が誰と付き合おうと俺の自由だろう! 神様だからってガタガタ言ってんじゃねぇ!!」
いくら夢の中とは言え、こんなに声を荒らげるだなんて、自分でもビックリだった。
やはり普段から蓄積されているストレスとかあるんだろうか? 自覚症状はまったくないんだけれども……
「うん……まあ、そりゃあそうなんだけどぉ……そんなキツい言い方しなくてもよくなーい?」
「それは申し訳ないですけど、カレンさんはようやく出会えた、俺の理想の女性なんじゃないかと思っているんです。だからあんたがなんと言おうとも、八月の俺はカレンさんとの仲を深めていくつもりですからね」
ああ、そうか……せっかく出会えたカレンさんとの仲を深めることを反対されたから、怒っていたのか……俺はいつの間にやら、そんなにもカレンさんのことを好きになっていたということか……まだ出会ってから一月も経っていないのにそんな風に思うってことはつまり、これこそが「真実の恋」なのかもしれないね?
「あっ、そう……お主がそこまで言うなら、わしはもう止めんよ。その道をゆけば、お主は大人の階段を登ることになるわけじゃしの……だがな、わしはちゃんと止めたからな! 止めたのに、お主が無視したんじゃからな! 来月になってから文句言うんじゃないぞ、絶対に!!」
「え? 来月、俺に何か起こるの?」
「あっ、今月はもうゲームセット。サヨナラ」
自称・天神さまはまたしても大事なところで浮上し、いずこかへと帰ろうとし出した。
「いや、お前、またしても肝心なとこで逃げる気かい!」
「だって、賽銭が1円玉1枚だけだったんだもーん! 1万円札入れてくれてれば、未来のことを教えてやらんこともなかったんだけどねぇ……」
「いや、ちょっと待てよ! 来月の俺にいったい何が起こ……」
「それじゃあね、バイバイキーン!」
「いや、先月はいかりや長介で、今月はばいきんまんかよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺が自称・天神さまを捕まえようと必死に手を伸ばしても、その手が自称・天神さまに届くことは決してなかった。
結局、今月も肝心なことは言わずに去っていく、自称・天神さまであった。
「うーん……うーん……」
「坊っちゃん、大丈夫ですか!? 坊っちゃん」
「う……うーん……チカさん?」
居間の畳の上で寝落ちてしていた俺のことを起こしてくれたのはチカさんだった。
チカさんがいるということはつまり、もう夜ってことか……
「坊っちゃん。大丈夫ですか? だいぶうなされてましたよ。それに汗びっしょり。ほら、これで拭いてください」
「あ、ありがとう……」
俺はチカさんの差し出してくれたタオルで、汗びっしょりの顔や体を拭いた。
そんな俺の顔を、チカさんが心配そうにのぞき込む。
「坊っちゃん、どこか体の具合が悪いんですか?」
「いや……ちょっと、悪夢を見ただけで、別に体調は悪くないよ……」
「本当ですか? 熱中症とかじゃないですか?」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫だから」
「そうですか。でも心配ですから、今日はもうエアコンつけますね」
チカさんがリモコンで、居間のエアコンのスイッチを入れて、しばらくしたら部屋が涼しくなって、汗も引いた。
それにしても……
来月の俺に、いったい何が待ち構えているというのだ?
せっかく出会えたカレンさんが、実は悪い女だとでもいうのか?
いや、そんなことはないだろう……ないはず……な……いのか?
肝心なところで逃げ出す、自称・天神さまのせいで、俺はせっかく見つけた「幸せへの道」を歩むために必要な地図をなくしてしまった気分だった。
このまま進んでしまっては、道に迷ってしまうのか?
しかし、地図を失った今、元いた道に帰る自信もない……
結局はなるようにしかならない……ならば俺は、自分の信じた道を歩むのみだ……
あんな、うさんくさい奴の言うことに惑わされてたまるかい……
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