第52話「ご想像にお任せします」

 茶封筒からナナの描いた漫画の原稿を取り出した俺だが、目は原稿ではなく、テーブルの上に乗っている、ナナの推定1メートルの爆乳に釘づけだった。


 以前「なぜおっぱいをテーブルの上に乗せるのか?」と、ナナに問うてみたことがあるが、その方が休めて楽だかららしい。


 両方合わせて4キロか5キロぐらいあるのをずっとぶら下げているのはしんどいので、休める時は何かに乗せて休みたいらしいのだ。


 でも女子の前でこれをやると「嫌味か!」とかツッコまれるので、したくてもできないらしいが、俺がそんなこと言うわけないので、俺の前ではなんの気兼ねもなく乗せて休めることができるらしい……


「あのさぁ……おっぱいじゃなくて原稿見てくれない?」


 例によって、俺のおっぱいガン見は、一瞬でナナにバレた。


「ご、ごめん……」


「まったく……」


 呆れ顔のナナに見守られながら、俺はナナの描いたモノクロの漫画を読んだ。


「これって全部手で描いたの?」


「まさか……パソコンで描いたのをプリントアウトして、持ってきたのよ」


「ふーん……」


 レズでカノジョもいるナナが描く漫画はもちろん百合漫画で、男子は一人も出てこなかった。


 もちろんそんなことに驚いたりはしない、むしろナナが普通の恋愛漫画やBL漫画、冒険漫画やアクション漫画を描いて見せてきた方が驚いたことだろう。


 ツイッターでバズるぐらいだから、もちろん画力は高く、作画崩壊しているような奇妙なコマもまったくなく、なんの違和感も抱かずにすんなりと読むことができた。


 まあ、俺は絵心が皆無なので、絵に関してはそんなに偉そうなことは言えないのだが……でも、いつも読んでるプロの漫画家の絵と比べても、ナナの絵はまったく遜色なかった。


 ストーリーの方は、近年ありがちな設定とタイトルだけで勝負の、奇をてらっているような作品ではなく、女の子同士が出会って、片一方が思い切って告白して付き合って、キスして、エッチする王道中の王道百合作品だった……ん? エッチ?


 思えばその前のキスシーンが、ファーストキスのはずなのに、いきなりディープキスの時点で怪しかったが、そのあとは、さしもの俺もちょっと引いてしまうぐらいの濃厚な百合エッチシーンで、しかも二人が裸で抱き合って、幸せの余韻にひたっているところがラストシーンだった。


 もちろんエッチシーンにおいて女子二人は素っ裸で、乳首や乳輪もぼかしたりせず、はっきりと描かれていた。


 正直、なにゆえにナナが、こんな濃厚エッチシーンのある百合漫画を描いて俺に見せてきたのか、意図がまったくわからず、戸惑うことしかできなかった。


「どうだった?」


 俺が原稿を最後まで読んだのを見たナナが、笑顔で感想を問うてきたし、まあ、この絵柄ならネットではおおむね好意的な感想が並ぶと思うが、俺はナナとは幼なじみなので、忌憚なき、率直な感想を申し述べねばならなかった。


「あの……ナナさん、おたく、高校生ですよね」


「何よ、急に? わかりきったこと聞かないでよ」


「これって18禁なんじゃないの? 高校生が読んだり描いたりしてはいけないやつなのでは?」


「18禁なわけないでしょう、性器を描いてないんだから」


「せ、性器!?」


 ナナは、突然のパワーワードに驚き戸惑う俺のことなど完全に無視して話を続けた。


「おっぱいや乳首しか描いてないなら、登場人物が作中でエッチしてても全年齢作品なのよ。それぐらい知ってるでしょう?」


「いや、知ってるけれども……でも、やっぱりいきなりこれをあげるのは攻めすぎだよ。いろいろ誤解されると思うから、せめてエッチシーンはカットして、その前のキスシーンをラストシーンにした方がいいよ」


 俺は的確なアドバイスをしたつもりだが、


「でもエッチシーンをカットしたら、バズらないと思うんだけどな……」


 ナナは納得してくれなかったので、俺は説得を続けなければならなかった。


「いやいや、ナナの画力なら、別にエッチシーンがなくても、ネットで話題になるよ」


「そうかな? でも、やっぱりエロは強いと思うんだけど……」


「いやいや、エロがなくても話題になる作品はなるって、ちゃんと工夫をこらせばね」


「工夫って何よ?」


 俺はナナを前に、ネットで検索したら出てきた知識の数々を、さも自分が思いついたかのような口調で、ナナに披露した。


「まずはアカウント名。『Nana♥️』なんて名前じゃあ、世界中に同じ名前の人だらけで目立たないし、検索にも引っかからないから、もっと目立つ名前にした方がいい。それこそプロデビューした時にそのまま使えるようなペンネームを今のうちから考えとくべきだ」


「なるほど」


 ナナは俺の話をちゃんと聞いてくれた……俺の話をまったく聞かず、自分の話ばっかりするどっかの女子たちとは違う……


「それと、今はほとんど何も書いてないプロフィールのところに、せめて『現役女子高生です』って書け。『現役JKです』でも可」


「え? なんで?」


「世の中に『現役女子高生』以上のパワーワードなど存在していないからだ」


「ふーん……やっぱりそうなの?」


「ああ、そうだよ。ナナの画力で、『現役女子高生』で、描く漫画が百合漫画ならそれだけで話題になる、絶対に。性描写なんて必要ない」


「でも正直、私が一番描きたくて、実際一番気合い入れて描いたのはエッチシーンなんだけどな……」


 いや、そう言われて、俺はどうリアクションすればいいんだよ?


 とにかく、ナナにエッチシーン公開を諦めさせるために説得を続けるしかなかった。


「でも今はコンプライアンスがどうとかいう時代だし、ネットの世界で成功した人を妬んで足を引っ張ってやろうとする人も多いらしいから、女子高生は女子高生らしい作品をあげるべきで、エッチシーンを公表するのは高校を卒業するまで我慢した方がいいよ」


「そうなの?」


「そうだよ。見ている人に通報されてアカウント消されちゃったら終わりだろう。高校生のうちは健全な、誰が見ても不快に思わないような作品をあげるべき……」


「健全だからエッチシーン描いちゃうんだけどな……」


 だから、どうリアクションしろと……?


「ナナはせっかく絵がうまいんだから、高校生のうちからエロに走るなんてもったいないよ。高校生のうちは普通の絵で勝負するべきだし、ナナの画力ならそれでも充分通用するはずだよ」


「でも……まあ、そっか。サトシがそこまで言うなら、そうするよ。エッチシーンはカットする」


「そ……そうか、よかった、フゥー」


 俺はナナが自分の説得を受け入れてくれたことにホッとして、安堵のため息をついた。


「ところで、サトシさぁ、この間、18禁の百合エロ漫画買ったって言ってたじゃん。貸してくんない?」


 しかし、ナナは再び俺の心を震わせるようなことを言ってきた。


 ナナの言う百合エロ漫画とは、たまたま近所の本屋に売っていた、世にも珍しい百合商業エロ漫画で、しかも出ている女の子が巨乳だったものだから、つい誘惑に負けて買ってしまい、ナナのことを思いながら読んでいたら興奮し、相当回数使用してしまったものである。


 学校帰りに制服姿でレジに持って行ったら売ってもらえなかったのだろうが、土曜日に私服姿で買いに行ったら、特になんの問題もなく買えてしまい、ついナナにラインで自慢してしまったのである、「俺、百合エロ漫画買っちまったよ」と……ことここに至れば、調子に乗って購入を自慢してしまったことを悔いている。


「ねえ、貸してよ、いいでしょ。絶対借りパクしないから、返すから」


「か……貸してもいいけど、いいの?」


「いいのって何が?」


「もしナナが百合エロ漫画なんか読んでることがお母さんにバレて、それを貸したのが俺だということもバレたら、お互いえらいことになるのでは?」


「ハハハハハ、私がそんなヘマするわけないじゃん。絶対バレないところに隠すから貸してよ、ねっ」


「で……でも……」


 俺が貸すのをためらっているのは、今晩使おうと思っていたからで、「バレたら云々」なんてのはただの建前である。


「お願い、貸してよ。私は買いたくても買えないんだよ、さすがにお店で買うのは恥ずかしいし、ネットで買ったらそれこそお母さんの検閲に引っかかっちゃいそうだし、サトシに借りるしかないんだよ、ねっ、お願い」


「わかったよ……部屋にあるから持ってくるよ」


 ナナが珍しく俺に甘えてくるものだから、気をよくした俺は、今晩使うのを諦めて貸すことにした。


 俺が2階の自分の部屋から持ってきた、OLものの百合エロ漫画をナナに渡すと、ナナは迷わず読み始めた。


「うわー、やっぱり18禁は性器が描いてあるからえちえちだねー。うわ、すごーい、こんなプレイあるんだー。うわ、これ、すごいテクニック……」


 ナナは細部まで熱心に百合エロ漫画を読んでいた、土曜日の真っ昼間に……男の目の前で……


「もう、こんなの……読んでるだけで濡れちゃうよぉ……」


「え?」


 ナナの思いもよらぬ言葉に、俺はどっかの艦長みたく目が点になってしまった。


「あ、ごめん。つい自分の部屋にいる感覚で一人言、言っちゃってた」


 ナナは特に悪びれることも恥ずかしがることもなく、百合エロ漫画を読み続けていた。


 そんなナナを見て興奮してしまったのかなんなのか、俺の口が突然、勝手に動き始めた。


「あ……あのー、こんなことをいきなり聞くのはどうかと思うけど……」


「何よ?」


 ナナは百合エロ漫画からいっさい視線をそらすことなく、返事をした。


「ナナは福原ふくばらさんとすでにこういう……百合エロ漫画みたいな関係になっちゃってるのかなー……なんて……」


 自分でも「何聞いてんだ? バカじゃねーの?」と思わずにいられなかったが、一度開いた口を閉ざすことは誰にもできなかった。


 でもどうせ、こんなこと聞いてもナナは「バカなこと聞いてんじゃないわよ、サトシ。セクハラよ、セクハラ」などと言いながら、怒ってくるものとばかり思っていた。


 ところが実際は……俺が貸した百合エロ漫画で顔を隠しながら、こう言ったのだ。


「ご……ご想像にお任せします……」


 な、なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


 事実上、福原さんとすでにそういうことをしているとお認めになられたナナの発言に、俺は心の中で絶叫せずにはいられなかった。


 な、なんということだ……まさか「初体験」でナナに先を越されてしまうとは……それだけは絶対に俺の方が先だと思っていたのに……ていうか、福原さんはあんなメガネかけて真面目そうな顔をしておきながら、ナナのこのテーブルの上に乗っている爆乳をああしたり、こうしたり……? マジか……


「と、とにかく、これは借りていくね! それとサトシのアドバイス通りにこの漫画、エッチシーンはカットして、キスシーンをラストシーンにしてネットにあげてみるから、その結果を見て、また来週辺り相談に乗ってね、それじゃあ……」


 俺がよからぬ妄想にふけっているうちに、ナナは百合エロ漫画を原稿と一緒に茶封筒に入れて、いそいそと自分の家に帰っていった。


 まさかの事実発覚に、俺はしばらく居間から動くことができずにいた。


 最近こんなんばっかりだな……

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