第50話「夢四夜(ゆめよんや)」

「サトシ様、そこにいらっしゃる二条さんに聞いたんですけれども、あの松永サアヤと仲直りしたそうですね……」


 まさかの、見た目は「イケメン女子」に変貌を遂げてしまったが、中身は何も変わっていなかったサアヤさんと和解した翌日、登校するなり、前の席のクレナお嬢に話しかけられた。


 クレナお嬢は俺と話す時はいつも、椅子に後ろ向きに座り、背もたれに両手をつきながら話していた。


 俺が追い出してしまったあの日から、クレナお嬢は俺によそよそしく接するようになっていたので、話しかけられたのは久しぶりだった。


 読者の皆様がお忘れだといけないので一応書いておくが、パーラーの本名は「二条ヒトミ」である。


「しかも二条さんがおっしゃるには、あの松永サアヤとお友達になったとか、本当ですの?」


 パーラーは本当に、聞かれればなんでもしゃべる女のようだった。


「まあ……本当だよね」


「松永サアヤとだけ友達だなんてズルいですわ! わたくしとも友達になってくださいませ!!」


 お嬢は必死の絶叫で懇願してきたが、


「え? 俺とお嬢はとっくの昔に友達じゃん」


 俺は「何を今さら」という思いから、そっけない返事をしてしまった。


「え? そうなんですの?」


「いや、友達じゃなかったら、一緒に野球見に行かないでしょう」


「そ、そうですわね……わたくしといたしましたことが、そんな簡単なことにも気づきませんでしたなんて……」


 クレナお嬢は顔を赤らめたのち、そっぽを向いた。


 自分としてはまったくなんの気もなしに言った言葉が、クレナお嬢の心に刺さってしまったらしい。


 しばらく横を向いて、息を整えていたクレナお嬢だが、再び俺の方に向き直し、話を続けた。


「でもサトシ様。わたくし、強欲な女ですので、友達では満足できませんの。二条さんいわく、今のサトシ様は恋愛したい気分じゃないらしいので自重いたしますけれども、サトシ様が再び恋愛したい気分になった時にはわたくし、必ずや松永サアヤよりも先にサトシ様のことを落としてみせますわ!!」


 クレナお嬢はドヤ顔だったが、俺はどういうリアクションをすればいいのかまったくわからず、おそらくは苦笑いをしていた。


「覚悟してくださいませ、サトシ様。わたくし、本気ですのよ。本気ですからどんな手を使ってでもサトシ様のことを落とし、未来の旦那にしてみせますわ! 絶対負けません! あんな不良Fカップにはね!! ホホホ……ホホホ……オーッホッホッホッホッホッ!!」


 クレナお嬢は、今時珍しいお嬢様高笑いをしたのち、椅子に普通に座り直して、俺に背を向けた。


「いやー、池川くん、本当にモテる男ってのは大変ですね、うらやましいなー、この、このー!」


 パーラーはからかってくるけど、本当にうらやましいのかな? この状況……


 自分の好きな女の子にグイグイ迫られるのなら嬉しいんだろうけど、特になんとも思っていない、本当に友達程度にしか思っていない女の子二人に自分の取り合いをされるっていうのは、実際そうなってみると、どう対処すればよいのやらわからず、戸惑うばかりなのだが……


助兵衛すけべえ、ちゃんとどっちが好きなのかはっきりさせないといずれ死者が出ることになるわよ……」


 マッチの物騒な言葉に、俺はツッコむ気にもなれなかった。


「鬱展開には絶対なりません」って書いてあるのに死者なんか出るわけねぇだろ……いや、フリじゃないよ、マジで。


 マッチ特有のブラックジョークだから、本気で受け取るとバカにされるよ……「都会じゃないんだから、恋愛沙汰で殺人事件なんか起こるわけないでしょ、バカじゃないの?」ってさ……







 クレナお嬢に謎の宣言をされた日の放課後、俺はあのおっさんに課せられた「月1参拝」のノルマを達成するため、防府天満宮ほうふてんまんぐうを訪れた。


 5月はまだもう1週あるが、来週は中間テストで参拝どころではなさそうなので、早めに行っておくことにした、中退したくないので……


 俺が通うヤマダ学園から防府天満宮はとても近く、自転車に乗っている俺は10分もかからずに到着することができた。


 平日の夕方の防府天満宮は閑散としていて、参拝に支障はまったくなかった。


 先月、1円玉1枚しか賽銭を入れなかったら、あいつに嫌味を言われたので、今月は奮発して10円玉を入れてやった。


 これで文句を言われることがあったら、いくら温厚な俺でも、ついつい手が出てしまうことだろうよ……


 この日は特に誰に会うこともなく参拝を終えて帰宅し、いつも通りの夜を過ごし、気合いを入れてから眠りについた。


 俺は寝る前からすでに、戦う気満々だったのだ……






「はい、どうも、こんにちはー!! あ、夜だからこんばんはかー、アハハハハ!!」


 その日の夢の中に出てきたのは馬だった。


 それもサラブレッド。


 サラブレッドなのに日本語をばっちりしゃべっていたし、何より声が津○健○郎なのだから、そのサラブレッドの正体があの「自称・天神さま」なのは火を見るよりも明らかだった。


「あのー、先月は美少女化してたのに、なぜ今月は馬に……?」


 俺は一応、質問してみた。


「だって、今週末はダービー、めでたいなーって」


「に……日本ダービーの週だから、馬になって出てきたと?」


「うん、そうだよー。ところでさー、わし、一応神様だからどの馬が今年のダービー勝つかわかるのよ、教えてあげようか?」


「え? 何が勝つんですか?」


 俺はうさんくさいとは思いつつも、興味はあったので、一応聞いてみることにした。


「それはね……アドミラブル」


「え、レイデオロじゃなくて?」


 レイデオロとは親父が2歳の時から「この世代で一番強いのはこの馬」と、高く評価していた馬のことである。


「うん、アドミラブル……多分ね……」


「いや、多分て……」


 自称・天神さまはレイデオロの名前を聞くと、急に弱気になり、いつものように突然、話題を変えた。


「そんなことよりさー、いよいよサアヤ、クレナとの三角関係って構図がはっきりしてきたねー」


「いや、三角関係って言っても、俺が一方的に好かれてるだけで……」


「うわ、何、そのモテない男たちの反感を買いそうなセリフ……うわー、ちょっとばっかしモテるからって調子乗ってるわ、この男……バチが当たればいいのに!! リア充爆発しろ!!」


「いや、俺だってモテない普通の男だったのに、誰かさんのせいでこんなことになっちゃったんでしょうが!! 誰かさんが余計なことしなけりゃ、サアヤさんが俺のこと好きになることも、クレナお嬢が俺の前の席になることもなかったんだよっ!!」


「誰かさんって誰のことかねー? おせっかいな人もいるもんだねー……」


「だからお前のことじゃ言うとろうがー!!」


「『お前』て……仮にも神様のわしをお前呼ばわりとか引くわー」


「うるせーよ、今日のお前、見た目馬で全然神様らしくねーじゃねーかよ! それに神様なら『お前』と呼ばれたぐらいでいちいち文句言うな! お前はめんどくさい女子か!?」


「ホント、女子のこと『お前』って呼ぶ男とかマジでないわー、ホント、最悪ー……」


「だからそのちょくちょく出てくる、女子のモノマネ、やめい! うぜーんだよ、渋い声のおっさんによる女子のモノマネはよぉっ!! って、そうだ……そんなことより、ひとつだけ聞きたいことがあるんだよ、あんたに!!」


「何よ?」


「あんたまた、俺の体いじったな?」


 俺の問いに、さっきまでベラベラしゃべっていた自称・天神さまが急に黙り込んだ。


「ごまかしても無駄だぞ! ゴールデンウィークが終わってから突然、本来聞こえないはずの声が聞こえるようになったんだよ!! お前絶対、何かしただろう!?」


「うん、したねー。君にスキル『ビッグイヤー』を授けてやったんだよー……」


「あ? スキル? ビッグイヤー?」


「そうよー、英語で『地獄耳』のこと『ビッグイヤー』って言うの。『デビルイヤー』でも『ヘルズイヤー』でもないわよ、『ビッグイヤー』」


 自称・天神さまはいつも突然オネエ口調になるが、やっぱり今日もなった。


 なぜなるのか、理由はまったくもって不明である。


「なぜ俺を地獄耳にしたってんだ?」


「なぜって……それで女の子の本音とかわかるようになれば、攻略もしやすくなるかと思って……」


「なんで頼んでないのに、そんなスキル勝手につけるわけー!?」


「だってこのスキル持ってても別に困らないでしょー、どうでもいいことや、聞こえたらショックなことは聞こえないように、自動でブロックしてくれる、デメリットなし、便利なだけの素晴らしいスキルなのよー。このスキル、見つけるの大変だったんだからねー」


「だから余計なことをするなと言うとろうに!!」


「そんなことよりさー、わしの予定では、もう来月にはお主にカノジョができてさー、夏休みまでの間には童貞卒業させてあげる予定だったんだけどー……」


 俺の追及をかわすためか、自称・天神さまはまたまた急に話題を変えた。


 そして、その変わった話題の中に、看過できない言葉があった。


「え? 童貞卒業?」


「お主が無駄にブチギレて三角関係みたくなっちゃった上に、『今は恋愛はいいや』とか言い出すもんだから、予定がズレ込んで、延期になっちゃったんじゃよー……残念だったねー……」


「え、いや、ちょっと待って、童貞卒業が延期とかどういうこと?」


「それじゃあ早いけど今月はもうこれで……また来月会おう」


 自称・天神さまは都合が悪くなるとすぐ帰ろうとするタイプの奴だった。


「あ、いや、ちょっと待てよ! せめて人の質問に答えてから帰れよっ!!」


「ん? モエピのこと? 押せばチャンスはあるんじゃない?」


 自称・天神さまの答えはまったく明後日の方向から返ってきた。


「いや、別にモエピのことなんか聞いてない……って……え?」


「サアヤ、クレナとの三角関係と思わせといて第三の女のモエピと付き合うとか意外な展開じゃのー、グレアム・グリーンもビックリじゃ」


「え? 何グリーン?」


「じゃあ、また来月ねー、バイバーイ!!」


「いや、逃げんなよ、お前!!」


「無理! だってわし逃げ馬じゃもーん!! あ、そうじゃ、最後にこれだけは言っとくぞ!!」


「な、なんですか?」


 俺は何も言われずに去られるボケに備えて、ツッコミを用意していたが……


「来月は賽銭、できれば10円玉じゃなくて100円玉を入れてね! あ、できればでいいんだけどね、できれば……」


 ツッコミではなく、事前の宣言通り、殴りに行くことになってしまった。


「ああっ、くそっ、殴りたいのに殴れない……」


 しかし、すでに空中に浮遊していた自称・天神さまは、完全に俺のリーチの外にいて、殴りたくても殴ることはできなかった。


「ダービーで当てて儲ければいいじゃない。そのお金をお賽銭箱に入れてね、サ・ト・シ……」


 いつものように、悪夢から目覚めた俺の顔は汗でビショビショだった。






 その週末の日曜日、俺は親父に頼み込んで、日本ダービーのアドミラブルの単勝を1万円分、買ってもらった。


 使わずに残しておいたお年玉を親父に託して、代わりに購入してきてもらったのだ。


 アドミラブルの単勝は3.4倍で、当たれば34000円も手に入ることになっていて、俺はそのお金で何を買うかを夢想していた。


 なんたって、曲がりなりにも神様のあいつが「アドミラブルが勝つ」と言っていたのだから、当たらないわけはないと思って、テレビで親父と一緒にレースを見ていた。


 しかし、勝ったのはレイデオロで、アドミラブルは3着だった。


 ゴールシーンを見て、「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」と絶叫する俺に、親父は半笑いで「残念だったな」などと声をかけながら、小郡おごおりで一緒に買ってきたらしい、自分のレイデオロの単勝1万円分を見せびらかしてきた。


「やっぱルメールなんだよ、今は黙ってルメール買っときゃ儲かるんだって! ハッハッハッ!!」


 レイデオロの単勝は5.3倍で、親父は53000円も手に入れて高笑いをしていた。


 ドチクショォォォォォォォォォッ!!


 やっぱりあんなペテン師の言うことなんか信じるんじゃなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 こうして俺は1万円という、高校生にとっては大金を失ったショックを抱えながら、中間テストに挑むことになってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る