ガールズバンドのボーカルの天然小悪魔先輩との、男女逆転ラブコメはエモすぎる!!
ハイパーユリカ
高校一年生四月「ふられた所が恋のはじまり」
第1話「ふられた気持ち」
「ごめんなさい!」
俺、
ナナの言葉を聞いた途端、それまで暖かった風が急に冷たくなったように感じた。
なぜに突然、告白してしまったのだろう?
自分でも自分の行動の理由を説明することができない。
幼き頃よりの、胸に秘めたる恋。
壊したくない、美しき友情。
明かすつもりはなかった。
それなのに……
どうして急に……
気がついたら、俺は震えながら駆け出していた。
「あ、ちょっと! サトシ!」
ナナの叫びは聞こえていたが、俺は振り向きもせずに逃げ出した。
「ちょっと待ってよ! 話はまだ終わってないのに!!」
春風楼の板張りの床を大きな音を立てながら走り、傾斜のきつい階段を、自分でも驚くべきスピードで駆け降りて、一目散に防府天満宮の出入口たる大階段へと走っていき、手すりにも掴まらずに、石造りの大階段を駆け降りた。
一歩間違えたら、転倒して死んでいたかもしれない。
それならそれで別にいいと思った。
ふられた俺には生きる資格などないと、本気でそう思っていた。
しかし俺は大階段を無事に降り切ってしまった。
残念ながら、けつまづいて転落死することはなかった。
仕方がないので、駐輪場に停めてあった自分の自転車に飛び乗り、ありったけの力を脚にこめてペダルを漕ぎ、猛スピードで防府天満宮を後にした。
別に幼なじみにふられただけで、何も悪いことをしていないのに、罪を犯して警察から逃げている小悪党のような気分になっていた。
「このまま日本一周の旅に出て、どこぞの道の駅のホームページに載るのも悪くない」
そんな間抜けなことを思いながら自転車を猛スピードで走らせていたら、信号のない交差点で、危うく軽自動車に
轢いてくれればよかったのに、軽自動車の運転手は、ご丁寧に急ブレーキを踏んでくださったものだから、またしても俺は生き延びてしまった。
もう、生きていてもなんにもないというのに……
そうやってネガティブなことを考えながら、自転車を漕ぎ続けていると、いつの間にやら
別に電車に乗る用事もないし、さっさと家に逃げ帰ってしまおうと思っていた矢先、俺の耳に歌声が聞こえてきた。
女性の歌声だ。
興味本位で、歌声の聞こえた方を見てみたら、防府駅の高架下で、一人の女の子が、何名かの観客の前で歌っていた。
「ストリートミュージシャンだ……」
今時、ストリートミュージシャンとは珍しい。
たしかに俺が子供の頃は、アコギ片手に、防府駅の高架下で歌っているあんちゃんが何人かいたものだが、近頃はまったく見かけなくなった。
そりゃあそうだろう。
今時、ミュージシャンを目指すならば、駅の高架下で歌うよりも、動画を撮って、ネットにアップした方が手っ取り早いはずである。
わざわざ逮捕されるリスクを負ってまで、高架下で歌う意味なんてなかろう。
まして防府駅のような、日本のどこにでもある地方都市の代表駅に、音楽関係者が降り立つわけもなく、本当になんの意味もない。
それなのに、この女の子は高架下で歌っている。
そしてその歌は、間違いなくうまかった。
決して素人のカラオケレベルではない。
間違いなくプロの歌声だった。
いや、下手なプロよりもうまい。
お前、何様だよと言われるのを覚悟の上で申せば、必ずや世に出ると断言することのできる歌声だった。
気がついた時には、俺は自転車から降りて、手で押して、高架下まで歩いて行き、他の観客の後ろの方で、彼女の歌を聞いていた。
彼女が歌っていたのは、何年か前にヒットした、失恋の歌だった。
現代の邦楽にあまり興味のない俺でも聞いたことのある曲だったが、曲のタイトルや、アーティスト名は思い出せなかった。
それでも、その曲の歌詞と、女の子のうますぎる歌は、ふられた直後の俺の心には、ものすごく響いた。
とてつもなく、心を揺さぶられた。
「これがうわさの『エモい』というやつなのか」と思わずにはいられなかった。
女の子が歌い終えた時、他の観客は拍手をしたり、歓声を送ったりしていたが、俺は黙って立ち尽くしていた。
「みんな、ありがとう! 今日はこれで終わりだけど、また今度歌いに来るからね」
女の子はそう言って、せいぜい五人程度しかいない観客と握手をし始めた。
少ない観客の中には男性だけではなく、女性もいた。
俺が知らないだけで、この女の子はご当地アイドルか何かなのだろうか?
アイドルにしちゃあ、歌がうますぎだと思うが……
「そこの自転車の君もありがとう」
などと考えていると、女の子はなぜか俺の目の前にやってきて、俺とも握手しようとした。
「あれ? ひょっとして君、泣いてる?」
女の子にそう言われて、俺は初めて自分が涙を流していることに気づいた。
「そんなに感動してくれたんだぁ、嬉しいなぁ」
女の子は満面の笑顔でそう言ったが、俺は恥ずかしくなってしまった。
「あ……う……あ……」
「ん?」
まさか女の子に話しかけられると思っていなかったし、男のくせに初対面の女の子の前で涙を流しているなんて、いたたまれなくなった俺は、女の子と握手することもなく、再び自転車に乗り、自宅に帰るために、ペダルを漕ぎ始めた。
「あ、ちょっと、君……」
女の子の声は聞こえていたが、俺は振り返ったりはしなかった。
今日は逃げてばかりの一日で、ツインターボにでもなった気分だった。
自宅に帰るために自転車を漕ぐ俺が、頭の中に思い浮かべていたのは、自分のことをふったナナのことではなく、高架下で歌っていた、あの女の子のことだった。
髪は肩まであり、吸い込まれそうなほど瞳が大きく、でも顔は小さくて、細身なのに、おっぱいは大きかった。
ルックスだけなら、防府市どころか、山口県でも一二を争う美女なのではないかと思った。
それなのに、歌がうまかった。
あの時、俺の瞳から流れていた涙こそが、彼女の歌声が「本物」だったということを証明している。
まさか、この防府市にあんな逸材が眠っているとは知らなんだ。
まさに
また、どこかで会えたりしないだろうか?
たしか「また今度歌いに来るから」とか言っていたし、また防府駅に行けば会えるのかもしれない。
よし……
また今度、暇な時に防府駅に行って、また彼女に会おう。
そして、突然逃げ出した非礼を詫び、改めてその歌声を褒めちぎることにしよう。
ふられた気持ちを癒してくれた、素晴らしい歌声を持った女の子に花束を……
ふられた悲しみを忘れるには、他の女の子のことを考えるのが一番ということなのか、自宅に帰り着いた時には俺はもう、「死にたい」なんぞとは思わなくなっていた。
我ながら現金だと思うが、男なんてそんなものと諦めるしかなかった。
二階建てのよくある木造一軒家の自宅に入った俺は、居間にある、冬はこたつになるテーブルの側に置いてある座椅子に座り、テーブルの上に突っ伏して目を閉じた。
そして、勝ち目のない告白を衝動的にしてしまったことを反省しているうちに、気がつけば寝てしまっていた。
それはまさに「ふて寝」と呼ぶにふさわしいものであった。
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