第2話 王都へ

 街道を一人歩く。とりあえずは当てなどない旅路だからのんびりとした足取りで歩を進める。そんな俺と旅人や行商人、冒険者がともに歩き、すれ違い、時に追い抜いて行く。

「ふわああああああ」

 あくびが出てくる。今までこんなに気を抜いたことはなかったかもしれない。

 大貴族の嫡子としてなんだかんだ気を張って生きてきた。その期待と重圧に耐えてきたのだ。そこから解放されたのはある意味で幸せなことなんだろうか?


 宿場町が見えてきた。日も傾き始めているのでここで宿をとることにする。

 大きなキャラバンもいないし、最悪雑魚寝だって問題ない。騎士学校では身分は関係なく、軍の行軍訓練もこなしてきたのだ。

 

「これがカギです。どうぞごゆっくり! ……爆ぜろ」

 なんか物騒なことを言われた気がした。本来の予定であれば、シングルの部屋でいいはずなのだ。だが俺はダブルの部屋を取る羽目になっていた。

 そう、俺の腕にしがみついて離れないシーマがいなければ、だ。


 ほんの30分ほど前のことを思い出す。

 こういうところだとよくある話だが……ごろつきに絡まれた。

 

「よう兄ちゃん。まだ飲み足りねえんだよ。ちとごちそうしてくれねえかねえ?」

 酒臭い息を吐きながらにやにやと笑みを張り付けて話しかけてくる。左右に二人いて酔っぱらいながらも半包囲を試みるあたり、腐っても冒険者ということか。

 とりあえず剣は抜かずに対処できそうだ……と、相手のふらつく足取りを見て判断したその時、酔っ払いの背後からガニ股の股間を蹴り上げる者がいた。


「ルーク様に何をするにゃ!」

 情け容赦のかけらすらない一撃に、中央にいた酔っぱらいは声もなく悶絶し、倒れた。

 なんとなく気配は感じていたが……やっぱりついてきてたのか。

 シーマは腰からパスタを打つ時の麺棒を取り出し、的確に酔っ払いどもの急所を痛打していった。

 こいつ、俺のメイド兼護衛だったからなあ。そこらの騎士よりも腕っぷしは確かだ。


「うにゃああああああああああああああああああああん!」

 涙目のシーマが俺の胸に飛び込んでくる。尻尾がぶわっと広がり、興奮状態を表していた。

「ったく、やっぱついてきたのか」

「ふにゅううううううううううううううん!」

 がっちりと胴体をホールドされた。ずびずばと鼻をすする音がする。その音は女子としてどうなんだろうとか思うが、こうなったらしばらくは離れてくれない。

 さっきの騒ぎと相まって、やじ馬が集まってきた。

 俺はシーマを抱き上げ、宿屋で部屋を取ってそのままドアの向こうに逃げ込んだ。


 傍から見れば、いたいけな少女をお持ち帰りした鬼畜なんだろうか。とりあえずシーマは俺の膝の上で丸くなっていた。


「で、こんなところで何してるんだ?」

「ふみゅ……」

「シーマ、帰るんだ」

「ルーク様はニャーのことはいらないにゃ?」

「そうは言わない。けど俺はもう貴族の坊ちゃんじゃないからな。お前の主人でも、ない」

「ニャーの主人はニャーが決めるにゃ!」

 シーマはどちらかというとおっとりした口調で話す。けどこの時の言葉は刃のように鋭かった。

「だからってなんで俺だよ。お前の力ならいくらでも引き合いはあるだろうに」

「ふん、あんな落ち目の家なんかもうどうでもいいニャ」

「落ち目って、親父が聞いたらブチ切れるぞ?」

「だってルーク様のことを全くわかってないにゃ! ルーク様なら必ずや手柄を立てて、あんな家よりもっとでっかい家を立てるにゃ!」

「いやいやいやいや、買いかぶりすぎだろ」

 ってか家を立てるって、屋敷じゃなくて新たな貴族家を立てるってことか? おいおい。

「ニャーの野生の直感を甘く見ないことにゃ!」

「やれやれ、とりあえず王都の屋敷に送り届けるからな?」

「にゃっふー! 大丈夫! それまでになし崩しにするにゃ!」

「俺の前でそれを言うなよ……」


 こうして、シーマは俺にくっついてくることになった。それ自体はまあいい。だが俺は王都についてシーマの存在に感謝することになるのだった……。


「ルーク様! 無駄遣いはいけませんニャ!」

 ビシバシとダメ出しをしてくる。ギルドに登録した。その時にもひと騒動あったのだが、今は割愛する。

 ギルドのあっせんで宿屋に部屋を借りた。シーマと別の部屋にしようとしたが本人の盛大な反対でとん挫した。何とかツインの部屋で納得させたが、たまに寝ぼけて? 布団に潜り込んでくる。

 部屋の選択や、手続きなどはシーマが一通りこなしてくれた。実家からもらった金はこの時様々なものをそろえるのにかなり消えた。シーマがうまく買い物をしてくれなかったら無一文になっていた可能性がある。

 依頼についても、怪しげなものをチェックしてくれた。ギルド受付嬢とたまににらみ合っているが、基本的に関係は良好だ。


 うん、俺に生活能力がないことを自覚させてくれた。それだけでも感謝してしたりない。


 そして、俺の運命が大きく転がりだす日を迎えるのだった……。

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