電波系聖女にいきなり勇者認定されて魔王を倒しに行く羽目になった

響恭也

第1話 人生最大の出会い

 魔王が復活した。そんな噂が流れている王都。俺はギルドで仕事を受けようと張り紙を眺めていた。

 カランとドアベルが鳴り、誰かが入ってきた。俺はひたすら目の前の依頼書とにらめっこしている。周囲がざわめいているが、そんなもんは気にしていなかった。


「あなた、お名前を聞かせていただけますかしら?」

 鈴を転がしたような声というのはこういうのを言うのだろうか。こんな声の主に呼ばれた色男は誰だよ? と周囲を見渡す。

 俺の隣近所にいた冒険者はいつのまにかその場を離れ、そして俺の目の前には絶世の美女がいた。

 北の大地の氷をそのまま封じ込めたようなアイスブルーの瞳は俺の方をじっと見ている。

「……ルーク、だけど」


 すると彼女の顔が視界から消えた。銀糸のような髪が一瞬だけ視界にだけ残るような勢いでひざまずいたのだ。

「神のお告げがありました。ルーク様、貴方は勇者です」

「……は?」

「わが名は聖女アナスタシア。この身を貴方様に捧げます。そして魔王を打倒いたしましょう!」

 俺の周囲にいる冒険者たちは、残念なものを見る目で彼女、アナスタシアを見ていた。当然俺も胡乱極まりない目線を彼女に向けていたのだった。



 クルツバッハ辺境伯家は尚武の気風を至上としている。

 俺、ルーク・ヴァルター・フォン・クルツバッハは、辺境伯家の長男で、跡取りとして遇されていた。

 そして俺は先月まで王都の騎士学校に通っていた……のだが実にまずいことが起きた。

 どの科目でも主席を取ることができなかったのだ。剣術はマリオンに僅差で敗れた。魔法は魔術構築の速度や精度では負けていなかったが、生まれ持っての魔力量でエルフの魔法使いクラウスに負けた。

 もともと戦術や学問なんかはそれほど得意じゃなくて、一応上位には食い込んではいたんだけどな。


 そして卒業後、実家の騎士団で見習いをしつつ日々を過ごしていたんだが……その日はついにやってきた。


「ルーク様、旦那様がお呼びですにゃ」

 俺付きのメイド、シーマが訓練場までやってきてそう告げた。なんというか、すごく嫌な予感がした。

「お、おう。親父、なんか言ってた?」

「ふみゅー、特にこれとは。ただすごーくどんよりとした空気が漂っていましたにゃ」

 猫耳をピコピコさせつつ、尻尾がふらりふらりと揺れる。ああ、これ絶対ろくでもないことになるな。

 シーマの動揺が見て取れる当たり、親父は結構ガチな状態なんだろう。

 理由は……たぶんどの教科でも主席は取れなかったからな。でもまあ、俺にも言い分はある。一応剣術と魔法は2位だったのだ。そして、総合点では1位だった。そこらへんを汲んで……くれないものかねえ?


 重厚なドアの前に衛兵が直立している。ピクリとも動かないのは苛烈な訓練の成果だろうか。

「ルークだ、父上に呼ばれてきた。取次ぎを」

「はっ!」

 兵が一人ノッカーを使って扉を叩く。

「どうした?」

 扉の奥から壮年の男性、というか親父の声がした。

「はっ! ルーク様が来られました。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「うむ、そしてルークが入ったら人払いをしてくれ」

「かしこまりました!」

 衛兵は慇懃な礼をし、扉を開けて俺を迎え入れた。領主の執務室では、眉間にしわを寄せたわが父、アウグストがデスクに向かっている。


「しばし待て」

 デスクの前で直立する俺を一瞥すると、手元の書類に目を走らせ、ペンをとって書き込みを行い、二つある箱の片方にそれを投入した。

 そして続けざまに書類を手にし、目を通した後サインをしてもう一つの箱に入れた。

 そうした作業をしばらく繰り返した後、ベルを鳴らす。


「お呼びでしょうか?」

「書類の回収を、あと茶をくれぬか?」

「かしこまりました」

 侍従とのやり取りの後、俺はようやくデスク横のソファーに座ることができた。


「お待たせいたしました」

 侍従がカップにお茶を注ぐ。ふんわりとした香りが立ち上り鼻をくすぐる。騎士学校ではやたら塩味のきついスープと、粘土を乾燥させたような固いパンと、とにかく味付けはしたと主張する塩辛い干し肉が主食だった。

 ほぼ同時にカップを手に取り、同じようなしぐさで口をつける。このあたり親子だなと感じるところで、少しなごんでしまった。


 鋭い眼光をこちらに向け、まるで敵を見るかのようなまなざしで親父が口を開いた。

「さて、ルークよ。お前に言い渡すことがある」

「はい、父上。いかようなことでしょうか?」

 この辺で俺は最前線の砦詰めかと思っていた。修行にはちょうどよかろうと、それくらいのことはやるであろう親父だった。

 しかしそのあとに告げられたセリフは俺の予想のはるか斜め上をいくものだった。


「貴様を廃嫡する。同時に当家の籍から外す」

「さようです……はあっ!?」

「未熟者が。常に沈着たれと我は貴様に教えてきたのだがな。そんなことだから斯様な体たらくを晒すのだ」

「いえ、しかしですね。成績のことだったら私にも言い分が」

「言い訳とな。つくづく我は貴様の育て方を誤った。失態を挽回するのではなく言い繕う気か」

「総合成績では主席でした!」

「だが剣術でも魔法でも貴様の上を行ったものが居たではないか?」

「ええ、ですが」

「くどい! 貴様の体たらくは当家のありようにそぐわぬ。王家の藩屏たる辺境伯家にはふさわしくない!」

「……」

「よって貴様を廃嫡する。どこへなりとも行くがよい」

「……承知しました」

 そう告げると親父は手を振った。下がれってことらしい。


 翌日、一般兵の装備……ただし紋章はない。胸当てと剣、あと金貨数枚を持たされて、俺は裏口からクルツバッハ家を後にした。


「さて、どうすっかなあ。とりあえず王都に行って冒険者にでもなるか」

 背後からついてきている人影に気づかないふりをして、大声で行く先を告げた。そして、領都クルツバッハを出て、一路王都ルントシュテットへと歩き出すのだった。

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