四の八

「さあ、これで終止符だ」

 カシンは大きく振りかぶるように身構えると、右手に凝結させたアルマ弾を、紫に向けて放つ。

 その視界の隅に、何かが輝いた。

 はっとそちらを見やる。

 刹那。

 全身に凄まじい衝撃を受け、地上へと叩きつけられ、大地を穿ち、それでも勢いはおとろえることなく、地面を一直線に削りとりながら百メートルほども滑っていった。

 放ったアルマ弾は狙いをまったくれ、池の反対側にある山の頂を崩落させた。

 うめきながら、立ち上がるカシンの前に、ピンク色の光の塊が舞い降りた。

「おのれ」

 カシンの全身に怒りが駆け巡っていた。

「おのれ、藤林の娘がっ!」

 なにか、はるかな憎しみをあぐりにぶつけるように、叫ぶのだった。

「私は、お前なんかに、負けないっ」あぐりは己に向けられた憎悪を跳ね返すように叫んだ。

 カシンはたちあがる。そして、引きつった笑みを浮かべる。

「図に乗るなよ、小娘」

 カシンがあぐりにむけて飛ぶ。

 あぐりも同時に飛ぶ。

 ふたりは激突した。

 あぐりはパンチの連打を間断なく打ち込む。

 カシンも、その攻撃に応じるように、パンチをくりだす。

 拳と拳が、いくつもの軌跡を描き、ふたりの中間で激突し、火花が舞うようにアルマがはじける。

 ふっとカシンがあぐりのパンチをいなす。いなしつつ、あぐりの顎をめがけて爪先を蹴りあげた。

 あぐりは体を軽くそらせる。カシンの足が顎の先をかするように走る。

 空振りの隙を逃さず、あぐりは蹴りをカシンの脇腹へと打ち込む。

 ふっとんでいくカシン。だが、空中でくるくると体を回転させ、勢いを殺し、地面に着地すると、即座にあぐりに向けて突進する。

 あぐりもカシンめがけて跳躍する。

 腕と腕が交差し、互いの頬に打ち込まれる。

 凄まじい衝撃波が広がり、衝撃音が轟く。

 だが、力負けしたのは、あぐりであった。斜め上空へと吹っ飛ばされる。

 それを追うカシン。態勢を立て直し、あぐりはふたたびかたきへ向けて突撃する。

 こぶしと拳がぶつかりあう。

 衝撃波が木々をゆさぶり、衝撃音が大地を振動させる。

 今度は両者が相手の力にはじかれる。

 そしてまた、激突。激突。激突。

 玖惹池くじゃくいけの畔から、反対側の畔へ、周囲の山の上に、鞍祢山あんねさんの頂へ、さらに上空へ。

 激突するたびに凄まじい衝撃波が広がり、衝撃音を響かせる。

 あぐりが吠える。

 渾身の突撃がカシンのパワーを凌駕した。

 ふっとばされたカシンは、瓦礫と化した洋館の、背後にある山腹に激突した。

 その山の側面には、隕石が落下したようなクレーターが穿たれた。

 あぐりは、もとの池畔へと着地した。

 カシンは土砂を押しのけ、上空へと飛び上がる。

 ふたりは、百メートルほどの距離を挟み、怒りのまなざしを交差させた。


 楯岡紫は、池に浮かび、半ば気を失っていた。

 だが、その眠りは、凄まじい衝撃音の連続によって覚まされた。

「あれは……」

 開いた目にうつったのは、激闘を続けるあぐりの姿だった。

「こりゃあ、うかうかしてたら、いいところを持っていかれるな」

 紫は跳ねた。

 水面に立つと、みずからの周囲に竜巻を発生させ、全身にまとわりつく水気をふきとばした。


「まったく……」

 体の大半を土砂にうずめ、小町はつぶやいた。

「このまま逝ってしまったら、あっちでお父さんにあわせる顔がないわね」

 小町は体を回転させ土砂を弾き飛ばしながら、空中へと躍り上がる。


 カシンとにらみ合うあぐりの左右に、紫と小町が並び立つ。

 あぐりは、ふたりに交互に振り向き、うなずいた。

 ふたりもうなずいた。


「おのれ」

 カシンは、池畔に降り立ち、怒りで顔をひきつらせた。

 ――かつてもそうだった。

 四百年まえのあの時も、彼女たちの先祖はカシンに屈せず、立ち向かってきた。けっしてあきらめなかった。

 やはり、あの娘たちの一族は、私にとって災厄だ。絶対に、今ここで打ち砕いておかなくてはいけない。絶対に――。

 カシンは咆哮した。

 そして、もはやびりびりに破れ、体にまとわりついているだけのジャケットの残骸を脱ぎ去り、ベストの襟元からネクタイを引きちぎった。ワイシャツの首のボタンがはじけ飛ぶ。

 そして、身構えると、全身から紫がかった黒いオーラを噴出させた。

「こい、小娘どもっ!」

「ぶっとばしてやるっ!」紫が叫ぶ。

「私たちは最強っ!」小町が叫ぶ。

「絶対負けないっ!」あぐりが叫ぶ。

 三人の少女は、仇敵めがけ突撃する! ! !

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